『がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録』は、びまん性軸索損傷による遷延性意識障害から社会復帰した実話です。オートバイの交通事故で頭をうった松本朋之さんの回復の経過を、担当医の宮城和男さん(当時王子生協病院)がまとめたものです。
がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録とは……
『がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録』(宮城和男著、あけび書房)は、タイトル通り、オートバイの交通事故で頭をうち、脳がびまん性軸索損傷(DAI)という大怪我をしてしまった当時高専生の松本朋之さんの話です。
家族や友人の励ましや、医療スタッフの懸命な治療やリハビリによって、重い高次脳機能障害を残しながらも社会復帰したことを、当時の担当医の宮城和男さん(当時王子生協病院)がまとめています。
お母さんの和子さんの当時の日記も掲載されています。
車椅子で自動車の教習に向かう写真が話題になりました。
びまん性軸索損傷ですが、軸索というのは、脳細胞の中の指令を出すために長く伸びた繊維のことで、そこに断裂が生じることで脳細胞が壊死します。
脳損傷には、交通事故など外部損傷で起こる、脳挫傷やびまん性軸索損傷と、一酸化炭素中毒や心筋梗塞、脳卒中などによって脳に酸素が行かなくなって起こる低酸素脳症とがあります。
後者は脳細胞の損傷が画像(MRIなど)で見えるのですが、びまん性軸索損傷の場合、画像上は見えない所に損傷が起こるそうです。
まあ、見えても見えなくても脳障害は、現在の医学では状態を診断するだけで、回復のメカニズムや予後をきちんと見通せるわけではないのですが……。
だからこそ、患者家族は回復の情報を求めています。
遷延性意識障害になったときのために覚えておきたいこと
同書は大きく分けて
- どのような治療やリハビリをして回復に向かったか、
- 家族は現状をどのように受容していったか
- 医師は何を考えどう取り組んでいったか
という3つのポイントから書かれています。
どれも患者家族からすると知っておきたいことですが、何か回復のための働きかけをできる段階にあれば、一番知りたいのはやはり1番だと思います。
同書によるとまず、意識障害があり自力で動けないときでも、とにかくベッドに寝せっぱなしではなく、車椅子にのせて脳に刺激を与えることを行っています。
医療的にはTRH療法という、脳下垂体から分泌されるホルモンの産生を刺激する治療を行っています。
そして、意識障害の中でも追視(目の前で物を動かして視線が動くこと)を確認できるところにきたそうですが、それが事故後60日目だそうです。
脳をやられてしまうと、それまでに獲得したものを失ってしまうわけです。
そうすると、たとえば物を見るという行為もできなくなります。
眼と脳の連携が壊れてしまうのでしょう。
健常な人にとっては、当たり前の行為なのでわかりにくいかもしれませんが、脳にダメージを受けるというのはそういうことなのです。
朋之さんはその後まもなく、看護師がミスで膀胱のカテーテルを閉めたままにしたため、膀胱が膨れ上がって悲鳴を上げたそうです。これが事故後初めての発声。
医療ミスも怪我の功名か。でもたしかに痛そうです。
でもそれで目を冷まして回復、というわけではなく、やはり意識障害は続きます。
発声はあっても発語はなく、もちろん会話もない。手足も動かず、動いても目的をもった動きにならず。
こういう状態が3ヵ月続くと遷延性意識障害といいます。
遷延性意識障害はもう治療してもらえない!
そして、その3ヶ月目を前にして、病院では「これからのこと」が話し合われています。
院長は、「3ヶ月過ぎて、あまり変わらないようだったら転院するしかないんじゃない?」
著者の宮城和男さんも「大体同じように考えていた」と書いています。
なぜか。「病院の経営上も、長期入院すると採算がとれなくなる」からです。
患者には冷たいようですが、治った場合はもちろん、治らない場合でも、急性期の病院の仕事は、治療が終われば終わりとなります。
「転院する」といっても、なにか特別な治療をしてくれる病院に移るわけではなく、むしろそうした治療はない慢性疾患を対象とするリハビリ病院です。
でもそれでは、遷延性意識障害という特殊な状態について、治すための治療が十分にできません。
遷延性意識障害というのは、確定した状態ではなく、「慢性疾患」とも違います。
将来治るかもしれない可能性をもっているわけですが、その可能性が事実上断たれてしまうのです。
遷延性意識障害と診断された患者家族は、この「切り捨て」の時を大変恐れています。
詳細は、読んで頂くこととして、『がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録』には、
- 寝たきりにさせない(本人の意識に関係なく車椅子にのせて脳に刺激を与える)
- 積極的に風呂に入れる
- 理学療法士や作業療法士などとの関係を大切にする(治療者は医師だけではない)
- いわゆる老人病院(慢性疾患患者病院)には入れない
などが書かれています。
遷延性意識障害のお子さんを持つ親御さんにお読みいただきたい
このブログでは、多くの良書をご紹介してきましたが、中でも本書は、私にとって大変思い入れの深い書籍です。
今から10年前の5月26日、我が家は不慮の火災による一酸化炭素中毒で、妻は心肺停止、7歳と2歳の2人の男児はJCS300の深昏睡に陥りました。
妻は第三次救命救急患者として28日間の入院生活の末に生還、下の子も2語文が出ないなど後遺症を残しながらも1ヶ月で退院しました。
しかし、上の男児はダメージが残り、入院3ヶ月後に遷延性意識障害の診断が下りました。
当時は夢中だったので、どういう経緯かは忘れましたが、本書を知ったときはすぐに購入しました。
そして、できるところは真似をしました。
状態は、松本朋之さんよりも悪く、何より一酸化炭素中毒による脳障害のため、予後は厳しいものにならざるを得ませんでした。
その後の10年については、また改めて書くことにして、この間、時々ブログでそうした経験を綴ると、同じような状態にある子女の保護者の方々から、メールを頂くことがありました。
つまり、脳障害は情報が少ないのです。
そして、医師はなぜか、最悪のことしか言いません。
まあたぶん、いいことを言って、あとで患者に訴えられたら困るとでも思っているのでしょう。
その意味で、遷延性意識障害のお子さんをもつ親御さんは、その状態自体が深刻なだけでなく、精神的にも弱っていると思います。
そのような方には、まず本書をご覧いただきたいと思います。
以上、『がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録』は、びまん性軸索損傷による遷延性意識障害から社会復帰した実話、でした。