さぶ(原作/山本周五郎 漫画/青藤いろは、愛本出版)は、英二とさぶの友情と試練を通して「人間とは?」「生きるとは?」を想いめぐらす日本文学の傑作です。『赤ひげ診療譚』や『季節のない街(『どですかでん』として映画化)』でおなじみ山本周五郎の代表作です。
本作『さぶ 第一巻』(原作/山本周五郎 漫画/青藤いろは、愛本出版)は、2023年11月に発売されたばかり、できたてのほやほやKindleです。
「できたて」なので、まだ「第二巻」以降は発表されていません。
原作にできるだけ忠実に作られています。
本作は、2002年に公開された『SABU さぶ』として映画化されました。
藤原竜也と妻夫木聡が主演をつとめました。
翌年の2003年には、市川染五郎、萩原聖人、寺島しのぶ、雛形あきこ、江守徹らで、舞台化されています。
萩原聖人も、こういう役ではいい役者だと思いました。
例の事件、惜しかったですね。
さぶ/パンフあります! 市川染五郎、萩原聖人、寺島しのぶ、雛形あきこ、江守徹、波乃久里子、大和田伸也、山下規介、尾上紫、鴫原桂、石橋雅史、佐堂克実、山本周五郎、ジェームス三木さん。 http://t.co/1UBjwjV4WX pic.twitter.com/Oyers1mcG9
— 舞台パンフレット買取のストレートライフ【S】雑誌DVDもどうぞ。少しでも大歓迎! (@engekiya_red) November 18, 2014
それはともかくとして、本作は、kindleunlimitedの読み放題リストに含まれています。
仕事ができた栄二が冤罪に
「さぶ」は、江戸時代の下町・両国を舞台に、江戸の表具・経具の名店である芳古堂表具店で働く2人の青年の友情を描いています。
ストーリーは、栄二とさぶとの2人の青年を中心に展開します。
栄二は、めぐまれない「ほしのもと」で苦労しましたが、男前で器用な職人で、見た目もよく仕事もでき、順調に成長していきます。
客先の女性からもモテます。
一方、不器用ながら心根の優しいさぶです。
さぶは、奉公先で理不尽な仕打ちを受けて、ヒマを取ろうとするのを、栄二に止められたことがあります。
なぜか栄二とは深い友情で結ばれています。
2人は同い年なのです。
しかし、23歳になった栄二に思わぬ不運がやってきます。
やってもいない盗みの罪を着せられるのです。
栄二は自暴自棄になり、現在で言えば、懲役の作業所にあたる人足寄せ場に流れ着くことになります。
信じていた人たちに裏切られ、栄二は人間不信になり、別人のように荒んでしまいます。
人間すべてに不信感を抱いた栄二は、自分を不当に扱ったすべてに復讐することを誓います。
「努力は裏切らない」と信じ、真面目にやって実力でのし上がってきた栄二にとって、冤罪という道理のない仕打ちは、どうにも我慢がならなかったのでしょう。当然です。
それに対して、さぶは忍耐強く励まして支えます。
かつて自分を引き止めてくれたように。
そして、人足寄せ場での様々な出会いによって、栄二は「できない人」の気持ちが理解出来、人としてより豊かになっていきます。
そして、シャバに帰ってきて栄二。
話はそこで終わりませんでした。
濡れ衣を着せた犯人が、ラストでわかります。
青空文庫に入っているので、ネタバレしますよ。
罪をでっちあげたのは……
栄二の女房でした。
元得意先の女中・おすえでした。
栄二がモテるので、栄二のことを好きなおすえは、栄二を出入り禁止にして、他の女性と接点を持てなくさせようという幼稚な考えから、罪をでっちあげたのです。
えーっ、そんなことで?
酷い話です。
愛多ければ憎しみ至る
いや、現実離れした設定とも思えないところに戦慄が走ります。
この動機を読んだ時、私はいくつかの事件を思い出してしまいました。
まず、息子が生まれてその子ばかりかわいがったと言って、その子をコロしてしまったお手伝いさんを思い出してしまいました。
そう、高島忠夫・寿美花代さんのご長男をコロした……
やはりお手伝いさんでしたが、ファンである美空ひばりさんを独り占めしたいと硫酸をかけた事件がありました。
松田聖子さんが歌番組で歌っている最中に、殴りつけた男もいましたね。
残念ですが、決して架空の、ありえない話ではない設定なのです。
もっとも、物語の眼目は、それを知っても許した栄二にあります。
そして嗚咽が高くなり、声をあげておすえは泣きだした。栄二は左手でおすえを抱いたまま、右手で背中を撫で、頬と頬をすり合わせた。
「おめえはおれの女房だ」と彼は囁いた、「初めに云ったろう、おれの女房はこの世でおめえ一人だって、忘れたのか」
おすえの泣き声がもっと高くなり、彼はまた両手でおすえを抱き緊めた。
「おかしなことを云うようだが、笑わずに聞いてくれ」と栄二は静かに云った、「――おれは島へ送られてよかったと思ってる、寄場であしかけ三年、おれはいろいろなことを教えられた、ふつうの世間ではぶっつかることのない、人間どうしのつながりあいや、気持のうらはらや、生きてゆくことの辛さや苦しさ、そういうことを現に、身にしみて教えられたんだ、読本よみほんでも話でもない、なま身のこの躯で、じかにそういうことを教えられたんだ」
おすえは泣きやんだが、まだしゃくりあげは止まらなかった。
「寄場でのあしかけ三年は、しゃばでの十年よりためになった」と栄二は続けた、「――これが本当のおれの気持だ、嘘だなんて思わないでくれ、おれはいま、おめえに礼を云いたいくらいなんだよ」
罪人にした奴に礼なんか言うんですかね。
人情物語らしい結末ですね。
う~ん。
芥川龍之介先生だったら、許さないだろうなあ(笑)
衆生の清らかでない心の闇を、これでもかとえぐり出したことでしょう。
だって、ちょっとしたヤキモチのなせるほほえましい話ではないですからね。
忘れようとしても、心の底にその思いは沈殿していて、なにか不満や齟齬があると、「こいつはオレを人足寄せ場送りしたやつだ」ということを思っちゃいますよね。普通なら。
そうならなかったのは、心優しいさぶが支えたからだ、という話なのです。
ですから、2人の関係は、あくまでも栄二が兄貴分なのですが、タイトル通り、主人公は不器用だが心根の優しいさぶなのです。
本作はむしろ、その結末を知った上で、おすえの描き方に焦点を合わせて読むのも一興かと思います。
それにしても、みなさんなら、許しますか。