やさしい夫が横暴男に豹変した日~高次脳機能障害の悪夢~(宮城朗子著、ユサブル)は、中途障害の夫に悩む妻を描いた漫画です。ただ、高次脳機能障害で別人のようにキレやすくなった夫の描き方が、センセーショナリズムのそしりは免れないと思います。
『やさしい夫が横暴男に豹変した日~高次脳機能障害の悪夢~』は、宮城朗子さんの漫画でユサブルから上梓されています。
人生の選択を迫られた女たちVol.1 (スキャンダラス・レディース・シリーズ)というシリーズ名がついています。
本書は、2022年11月28日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれている、Kindle版をもとにご紹介しています。
タイトル通り、交通事故に巻き込まれ、中途障害で高次脳機能障害になってしまった夫が、怒りっぽくなってしまい、一時は離婚も考えたが、それは障害によるものであり、人格が変わったわけではないことを知り、また気を取り直すという話です。
高次脳機能障害とは、脳の損傷により、記憶、注意、遂行機能、社会的行動などにあらわれる障害をいいます。
脳の損傷や脳症によって脳の機能を失い、自分の意思で自分の体をコントロール出来なくなったしまう昏睡、もしくは寝たきり状態を遷延性意識障害といいます。
植物状態とか、植物人間とか言いますよね。
幸いそこから「回復」できて体が動くようになっても、後遺症として様々な障害を残す場合があります。
かんたんにいうと、それが高次脳機能障害です。
高次脳機能障害は、寝たきりのような、第三者から見て“わかりやすい”障害ではないことが特徴です。
手の機能が失われたわけではないのに、手を使わなくなるとか、他者から見て可視化しにくい後遺症が残ります。
感情の抑制が効かなくなることもあります。
高次脳機能障害については、これまでもこのブログでは、関連書籍をご紹介してきました。
『がんばれ朋之!18歳、植物状態からの生還265日の記録』は、びまん性軸索損傷による遷延性意識障害から社会復帰した実話です。
オートバイの交通事故で頭をうった松本朋之さんの回復の経過を、担当医の宮城和男さん(当時王子生協病院)がまとめたものです。
高次脳機能障害のリハビリがわかる本(橋本圭司著、講談社)は、脳損傷後に現れる後遺症への効果的なリハビリを徹底解説した書籍です。
損傷した脳は元通りにはならないので、「元に戻そうと思わないこと」が大切なこととといいます。
『1人でもできるリハビリテーション』(橋本圭司著、法研)は、 脳卒中・脳損傷・高次脳機能障害から改善をめざすリハビリの書籍です。
リハビリとはなにか、何を目指すものかなど、考え方や目的などを含めて新たな認識を得ることができます。
中途障害になっても夫は夫であることに気づく
漫画の主役は、主婦・泉ちひろ(29歳)。
脱サラして、昔からの夢だったパン屋を営む夫・伸生を手伝い、実母・ひとり息子の優太とともに、忙しいながらも幸せな日々を送っていました。
そんなある日、朝の早いパン屋なのに、ちひろは寝坊してしまいました。
子供にも妻にも声を荒げることはない伸生は、文句も言わず、朝ごはん抜きで慌ててでかけましたが、やはり慌てたのです。
交通事故にあってしまいました。
脇見運転のラック横転に巻き込まれたもので、一方的な被害者ですから、慌てなくても事故に巻き込まれたのかもしれませんが……。
全身打撲、頭部外傷、右腕裂傷、左足剥離骨折……
医師からは、植物状態の可能性も宣告されますが、1週間の昏睡後、伸生は目を覚まし、1ヶ月後には退院できるところまでこぎつけます。
幸い意識が戻り、植物状態の危機は免れ、なんとか退院までこぎつけたものの、急に不機嫌になることがあり、どうも様子がおかしい。
それまでの、“ふかふかの食パンみたいに”穏やかでやさしかった性格が一変し、キレやすく乱暴な言動ばかりをする横暴男になってしまったのです。
パン作りの手順や知識も、ことごとく消失してしまったようで、本人はすっかり自信を失って自暴自棄になっています。
医師の診断は『高次脳機能障害』
「キレ」についていけなくなったちひろは、実母に言われて離婚を意識するようになりましたが……。
詳細は本書をご覧ください。
高次脳機能障害者は、四六時中キレているわけではない
まず本書に対して一言しておくと、本作ではまるで高次脳機能障害者は、四六時中キレているように描かれていますが、そんなことはありません。
コンデイションにもよりますし、日常的な「きっかけ」にもよります。
疲れているときとか、怒りっぽくなることはあるかもしれません。
でも、いつも怒っていたら、本人も疲れて続かないでしょう。
たんに、感情の抑制が効かないだけですから、「抑制が効かない」場面以外はキレることはありません。
本作は、センセーショナリズムを強調するあまり、ともすれば悪意を感じてしまいかねません。
もちろん、作者にそんな意図はないと思いますが。
ただ、高次脳機能障害に対する「悪意の誤解」をさせてしまう可能性はあるということです。
高次脳機能障害の特徴は、そもそも「怒る」「キレる」だけではありません。
ですから、「キレる」ことをしつこく描くぐらいなら、そちらを描いてほしかったですね。
たとえば、整形外科医の山田規畝子さんは、小学校6年で脳出血、32歳で脳溢血、37歳で脳出血と3回倒れ、2度目に倒れた時に高次脳機能障害と診断されました。
脳出血や脳梗塞になってしまった家族の方に読んでもらいたいお勧めの本です。山田規畝子さんが脳出血で書かれた本です。失語症になった本人と一緒に家族に読んでもらえるとうれしいです。 pic.twitter.com/IypvcaMSbq
— とらちゃん (@_007343716298) March 24, 2022
3度目のカムバックで「化け物」といわれているそうですが、2度目に倒れた後も病院に勤務し、3度目に倒れた後も書籍を上梓したり、講演活動を行ったりしています。
つまり、話もできるし、文章も書けます。
書籍も出されていますが、一冊書ききるというのは、健常者だってなかなかむずかしいでしょう。
なんだ。だったら何の問題もないじゃないか、と思いますか。
そんなことはないのです。
実は細かいところに障害が残っているといいます。
たとえば、ズボン(下着と区別するためにパンツとは書きません)の前後がわからない。
遠近感がわからない。
感情のコントロールが出来ないことがある。
体の左側が動かない。トイレットペーパーが左側にあると右手が届かないので困る。
包丁は使えず知覚が弱くて切ってもわからないのでハサミを使う。
物の形の意味がわからない。「洋式トイレの便座を上げたままにしておくだけで私ならそれに気づかずそのまま座ってトイレにお尻がはまってしまうだろう」と息子さんにいわれたそうです。
つまり、生活の中には、ヘルパーをつけることができる半介助、もしくは全介助の局面があるのだろうと思います。
山田規畝子さんが障害者手帳を持っているかどうかは定かではないのですが、見た目はっきりと分かる障害でないと、身体障害者手帳は出ません(つまり2級以上の障がい者の手当の申請にも支障をきたす)
私の長男も、一酸化炭素中毒から、いったんは遷延性意識障害の診断が出て、そこから諦めずに段階的リハビリを行って、高次脳機能障害まで「回復」しました。
が、現時点でも他人を真似る模写が苦手です。
つまり、“教える人が見本を見せて理解させる”というレッスンが奏効しにくいので、できるようになるまでの試行錯誤にかなりの時間がかかります。これも高次脳機能障害の典型的な症状です。
トイレは便座を上げ下げして用をたしますし、体の機能に不自由なところはありませんが、逆に山田規畝子さんが出来ることで、長男ができないこともあるのかもしれません。
なんでもないように見えるこの一葉に辿り着くまでにどれだけ苦労したか。もちろん箸の持ち方もずいぶんトレーニングを繰り返しています。ちなみに食べているのはリンガーハットの麺2倍増量。ここだけは以前と同じで一切リハビリしていません(笑)
高次脳機能障害の「障害」は、共通の部分もあれば、人によって違いもあるということです。
ですからなかなか理解されにくい、助けてもらいにくい障害です。
いずれにしても、そういうことを描いてこその「高次脳機能障害の漫画」だと思うので、本作はその点、大変残念です。
以上、やさしい夫が横暴男に豹変した日~高次脳機能障害の悪夢~(宮城朗子著、ユサブル)は、中途障害の夫に悩む妻を描いた漫画、でした。
やさしい夫が横暴男に豹変した日~高次脳機能障害の悪夢~人生の選択を迫られた女たちVol.1 (スキャンダラス・レディース・シリーズ) – 宮城 朗子
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