ゆうひが丘の総理大臣 やさしく咲く花…どんな花?の巻(望月あきら著、オフィス漫)は、大合本版(2)に収録された屈指の秀作です。タイトルは中村雅俊主演でドラマ化されていますが、本作はドラマ化されていない原作のみで見ることができます。
『ゆうひが丘の総理大臣』は、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で1977年12号~1980年16号まで連載されたマンガです。
単行本は全17巻です。
その17巻を、2冊に大合本したものが、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
中村雅俊さん主演でテレビドラマ化もされ、1978年10月11日~1979年10月10日まで、全40話が日本テレビ系列ほかで水曜日20:00から20:54まで放映されました。
『青春ド真中!』(1978年5月7日~9月24日)というドラマと、出演者もかぶるので比較されやすいのですが、両番組は放送日が違います。
『青春ド真中!』は、『青春とはなんだ』から始まる、日本テレビの青春学園ドラマシリーズのの流れを汲んだ作品であり、『ゆうひが丘の総理大臣』は、どちらかというと学園も含めた、大岩雄二郎の人間ドラマという感があります。
それはともかくとして、今日は原作の漫画の中の一作をご紹介します。
大合本版(2)に収録されている『やさしく咲く花…どんな花?の巻』です。
本作は、ドラマ化されていない、原作だけでお目にかかれるストーリーです。
それだけに、ドラマとは一味違った、原作特有のテイストを堪能できる仕上がりになっています。
日陰でこそ咲く花を日向に出してはいけない
朝のロードワークに勤しんでいる、ソーリこと大岩雄二郎。
走っているとき、横からザブっと水をかけられてしまいます。
「わーっ、ごめんなさい。こんな朝早く、人など通らないと思ったもので……って、ソーリ!」
水をかけたのは、教え子の原田名保子でした。
「うちのクラスの生徒じゃんかあ。制服着ていないと、感じが変わるもんだなあ。こんなに早く、掃除か?」
「は、はい……」
「えらいっ。見上げたもんだ。オレのクラスに生徒に、こんな真面目なやつがいるなんて。ホントに立派なやつというのは、カゲで人の10倍以上の努力はしているってことか」
「あ、いえ、そんな……。それはソーリご自身でしょ。だって、学校じゃボケーっとしちゃって、ぐうたらで何もしない人って感じだけど、ホントはちゃんと早朝マラソンで体を鍛えてる」
「いやいや、オレなんてダメ、まあお互いに頑張ろう。たはは、生徒に褒められちゃった」
また走り出すソーリ。
途中から、大宮、針山、山田の3悪ガキが合流します。
「おはよ、ソーリ。ファイト」
「おはよう。今朝も頑張ろう。……先行ってろ」
「何?」
「ションベン」
「おれもやろっ」
「おれもだど」
4人は、朝日に向かって放水開始。
「わーっ、気分いいなあ」
と言っている4人のいる道路の下には、駅前派出所のおまわりさん。
気が付いた4人は、一目散に逃げます。
学校では、花瓶にいけてある花が話題に。
「へーっ、今朝も新しい花じゃんか。それに、机の上も毎朝、きれいにふいてあるし、結構結構」と、ソーリ。
「問題ばかり引き起こす、わが3のDで、他のクラスにほこれるのはこれだけだもんな。この偉い人は誰だ?」
ざわざわしたものの、結局誰かわからず。
「まっ、いいや。悪いことをコソコソやられたんじゃ困るけど、いいことなら、いいじゃん。はーい、学活、終わり」
と、その場は引き取るソーリ。
生徒が教室を出ていくときに、原田に声をかけます。
「今朝は驚いたぞ。しかし、お前は相変わらず静かだな。気をつけてないとわかんないもんな。でも、授業だけでも、もっと積極的にやらなくちゃな」
「ごめんなさい」
ガクッとするソーリ。
「だからさあ、別に怒ってるわけじゃないんだって」
「はい」
教員室でも、ソーリは彼女のことを話題にします。
「……てなわけで、いい子なんだけど、どーもファイトがないんだよな」
「そうですねえ、原田さんは成績も中どころで、代わり映えしないですけどね」と櫻子先生。
「ぼくの社会科も同じです」と木念。
ドラマでは数学の先生でしたが、原作では多野木念は社会科の先生なのです。
ちなみに、妻帯者で娘もいます。
「ふーん。キャンプとか臨海学校にも参加してないなあ。あれ……?あいつの家は6丁目だから、スーパーの近くじゃなかったんだ。だったら、どうしてあんなところで掃除を……」
「バイトじゃないんですか。高校生だと偽ってやっている生徒もいるらしいですよ」と木念。
「いや、父親は役付きの公務員だし……。」
「変ですねえ」と櫻子先生。
ソーリは、原田名保子の家を家庭訪問することにしました。
「参加していない?まあ、そんなはずはありませんわ。とっても楽しかったって帰ってきましたし。どういうことでしょう」と訝る母親。
そんなとき、弟が帰ってきます。
「いいグローブとバットじゃんかあ」とソーリが褒めると、孝もまんざらでもなさそう。
「孝、どうしたの……そのグローブとバット」と母親。
「まあ、いいじゃんかー」と言葉を濁す孝。
母親も知らないものだったようです。
「ちょっと孝……。まあ父親にでも買ってもらったんでしょう。……あら、名保子のことでしたね。どこへ言ったんでしょう。帰ってきたら問いただして……」
何かを感じたのか、ソーリはここで引きます。
「いや、彼女なりの考えがあってのことでしょうから、しばらく様子を見ましょう」
すると、ここで母親は重大なことを打ち明けます。
「……先生、実は、あの子は私どもの実子ではないのです。だからでしょうか、時々困ることも。夫の兄の子でして、両親が交通事故で亡くなり、私どもで引き取ったわけです」
「そうすか……」
次の日の朝、ソーリは、花瓶の花や、教室の掃除が誰によるものかを確認するために早出します。
まあ、だいたい見当はついているんですけどね。
案の定、それを行っていたのは、原田名保子でした。
ソーリは、朝の学活で、さっそくそれを公表しようとします。
「縁の下の力持ちって、知ってるな。人目のつかないとこで、みんなのために力いっぱい頑張って、いつか花が咲くということだ。……原田、立て」
「……あ、あの、私」
いいからいいからと、ソーリは促します。
「そこにある花……」
「……ソーリ!」
「毎朝、みんなの机がきれいなのも……」
「やめて、ソーリ」
原田名保子は、精一杯、押し出すように声を出しますが、すでに泣き声になっています。
「みんな原田が……」
「やめてくださーい」
「いいからいいから。それだけじゃない。原田は……」
「やめて、お願い!」
見ると、原田名保子は、大粒の涙を流しています。
「お……おい」
「わあ~、泣~かした。ソーリが女の子を泣かした」と大宮。
いっけねえ。ヘマやっちゃったらしいぞ。
ソーリらしくないミステイクです。
別の日の朝。
例のスーパーで、原田名保子は掃除をしています。
「こんなに早くやってくれる人がいないんで、本当に助かるよ。はい、今月の給料」
「ありがとうございます」
その様子を目撃したソーリ。
「ソーリ。あの、わたし……」
「あっ、おれは、お前なんか知らないし、見たこともない。きっと高校生だろうな。だって、中学生はバイトしちゃいけないもんな。……あっ、そうだ。どこかの男の子が、バットとグローブ、すっごく喜んでいたっけな」
「ソーリ。ソーリ。ゴホッゴホッ」
何かを言おうとして咳をした原田名保子は、その日、学校を休みました。
「大岩先生。今、原田さんのお母さんから電話があって、熱があるから休みますって」と櫻子先生。
原田名保子は無理していたのか、次の日も、その次の日も欠席です。
すると、花瓶の花は枯れ、教室もだんだん汚れてきました。
「あの、原田さん、今日もお休みです」と、青田のり子。
ドラマでは、ロングヘアの小川ユキさんでしたが、原作では眼鏡でポニーテールです。
ソーリは、『若草物語』の話を始めます。
「『若草物語』の中で、作者のオルコットはこんなふうに言っている。
世の中には、いつも部屋の隅っこにいて、必要があるまで動かない。そんな女の子がいるもんだって。
普段は、彼女の存在などまるで気づかないんでが、ふといなくなったとき、彼女の存在の大きさに、はじめてみんな気づく。
原田って…若草物語に出てくる、三女の(エリザ)ベスのような女の子なんだ」
しばし沈黙の後、大宮次男が言います。
「俺たち、縁の下の力持ちの意味がわかったよ」
「原田さんが、そんなに私たちのことを思ってくれていたなんて」と青田のり子。
「みんなで、お見舞いにいきましょう」と麻丘陽子。
面長の彼女は、ドラマの小川菜摘さんとは少しイメージが違うかな。
「おーい、みんな。見舞金のカンパをたのむぜ」と大宮次男。
生徒たちは口々に、何をしよう、アレを持っていこうと提案し合います。
が、1回失敗しているソーリは、「おい、ちょっとまて。そういうことはやめよう」と戒めます。
「そいつは、原田にとって、一方的な押し付けにならないか。日陰でひっそり咲いていた花を、無理やり日向に出してみろ。たちまち枯れちゃうよ。人間には、生まれつきの性格がある。彼女に、どれが一番いい方法か、よーく考え、それから行動してこそ、本当の友情だろう」
ソーリも、学習したのです。
結局、生徒たちは普段どおりの生活をすることにしました。
次の日、原田名保子は、風邪が治って投降しましたが、3Dはいつもと変化なく、相変わらず騒がしい日々でした。
身の丈にあった生きがいが本人にとって何より
『若草物語』が引かれていますが、同作は、作者のオルコットの自伝といわれています。
三女の(エリザ)ベスは、薄幸なまま亡くなっています。
その彼女を例に出し、日陰で咲く花を日向に出してはいけない、というモチーフでまとめたところに、著者の厳しい人生観が感じられます。
薄幸な人が、脚光を浴びなかったとしても、それもまた人生なんだ、と言っているようですね。
カゲで努力していれば、いつか脚光を浴びる、なんて安易なまとめ方はせず、それどころか、逆にそれは本人にとってもいいことではない、という展開は、ハッピーエンドではないけれど、なるほどなあと思いました。
そこで、「それはアタシがやりました」なんて名乗るのはもちろん、誰かにバラされたとしても、それが原田名保子によるものだと公然としたら、彼女はそれを行う人ということなってしまい、本人は見返りも求めず自分の意志でやっているのに、「人気取りだ」「偽善だ」といった陰口も出てくるでしょう。
杉良太郎さんが、被災地の炊き出しをすると、必ずそういわれるじゃないですか。
大衆ってそんなもんなんですよ。
一人の生徒にそんなことさせていいのか、高校生でもないのにアルバイトしていいのか、なんて、PTAが騒いで邪魔をするかもしれません。
本人が、身の丈にあった生きがいをそこに見つけたのなら、黙って見守ることが周囲の思いやりではないか、という話ですね。
ドラマは、室生犀星をモチーフとしていましたが、
本作では『若草物語』を使ったというのは、なかなか興味深いと思い、ご紹介しました。
以上、ゆうひが丘の総理大臣 やさしく咲く花…どんな花?の巻(望月あきら著、オフィス漫)は、大合本版(2)に収録された屈指の秀作、でした。
ゆうひが丘の総理大臣【大合本版】(1) 1~9巻収録 (オフィス漫のまとめ買いコミック) – 望月あきら
ゆうひが丘の総理大臣【大合本版】(2) 10~17巻収録 (オフィス漫のまとめ買いコミック) – 望月あきら