ザ・シェフ大合本版1~13(剣名舞/原作、加藤唯史/作画、ゴマブックス)は、かつての人気料理人漫画単行本の合冊版です。オリジナル単行本『ザ・シェフ』全41巻のうち、大合本1~12巻が3冊分収録(旧1~36巻)、13巻のみ4冊分収録(旧37~40巻)です。
『ザ・シェフ 大合本版』は、剣名舞さん原作、加藤唯史さん作画で、1985年~1993年に天才料理人を描いた1話完結のストーリー漫画の単行本を、さらに合冊したものです。
オリジナル単行本『ザ・シェフ』全41巻のうち、大合本1~12巻が3冊分収録(旧1~36巻)、13巻のみ4冊分収録(旧37~40巻)されていますが、なぜか最終巻の41巻が収録されていません。
内容は、法外な報酬を受け取って、臨時の料理人を請け負う天才シェフ・味沢匠(あじさわたくみ)を主人公が、各店で仕事をする話です。
「幻の料理人」と呼ばれたり、邪道呼ばわりされたりシます。
どうして、邪道なのかはわかりませんが、厨房の階級社会からドロップ・アウトしていることを指しているのかもしれません。
まあだとすれば、私なんかはとてもじゃないけど、料理人は務まりませんね。
同じ「法外な報酬」でも、たとえば『食キング』は、依頼人に料理人の真髄を思い出させて店を再興させる展開が中心でした。
が、本作『ザ・シェフ』は、たとえば店に客を呼んでほしい、という依頼があった場合、後先は考えず一時的に繁盛するやり方も採り入れます。
それは、「B級グルメ店復活請負人」と、「流れの臨時シェフ」の違いなのだろうと思います。
料理人版『ブラック・ジャック』を作者自ら自負しているようですが、「本家」はヒューマニズムを封印したのに比べ、本作はむしろヒューマンなドラマツルギーに仕上がっています。
「本家」の医師ならともかく、食べ物屋さんのような薄利多売で、法外な報酬が支払えるのか、なんて心配もしてしまいますが、それは私がフランス料理店の世界を知らないだけかもしれません。
本書は2022年11月15日、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
両親を失った過去
本作は、1話完結で物語が続いていきますが、以前登場した人物がまた登場することがあるので、物語にありがちなパラレルワールドではなく、時間軸は存在しているようです。
主人公の味沢匠については、Wikiによると、こう書かれています。
味沢の料理が誰をも魅了するのは、前述の雑誌記者により「画家の父から視覚を、ピアニストの母から聴覚を、香道家の祖母から嗅覚を、鍼灸師の祖父から触覚をとそれらの優れた資質とセンスを受け継ぎ、そこに自らが鍛えた味覚を加えて食べる者の全感覚を刺激する料理を作れるから」なのではないかと推測されている。ただ、なぜ流れの高額報酬料理人なのかはわかりません。
フランスに修行はしていますが、その実績と経験を元に、自分で店を開いたら良いのではないかと思います。
左腕の火傷は、当時の恋人(フランス人)が火事に巻き込まれ、かばったときの負傷。
恋人は、顔に大火傷を負ってそれを苦に投身自殺。
味沢匠は、彼女の死の贖罪のため、高級レストラン・リッツを辞めたのですが、それがどうして「流れ」になったのか。
たとえば『バラ色の人生』には、彼の「闇」の根拠の一つと思われるエピソードもあります。
フランスで、留学中の女性と知り合い、肉体関係までもつ間柄だったのに、彼女は「祖母病気」の知らせで帰国したきり戻って来ず、実は家のために金持ちと政略結婚していた。
数年後、その金持ちの依頼で臨時シェフを請け負ったときに彼女と再会。
彼女は夫婦仲も悪く、家を飛び出すが、味沢匠は行動をともにしなかった、という話です。
「覆水盆に返らず」ということですかね。
まあ、確かに許せない、女性は信用できない、いや、人は信用できない、という人生観に至ったのかもしれませんが、これも即流れのシェフにつながるのだろうか、と思います。
もうひとつは、大合本3巻のMENU1『匠の過去』に描かれています。
台風の日、小学生だった味沢匠は、画家の父、ピアニストの母とともに、フランス移住のため、マルセイユ行きの客船に載っていました。
その夜、客室から飛び出した飼い犬のタロを追った匠は、タロとともに豪雨と暴風にさらされる甲板に。
匠、タロだけでなく、探しに来た母も波にのまれて海に落とされます。
父親は急いで海に飛び込むものの、救出のゴムボートから手が離れてしまい行方不明に。
ボートも船から遠く流されてしまいます。
そして、母親も救出が間に合わず脱水で絶命。
匠は救出されたものの、両親は駆け落ち同然に結婚したため親戚づきあいがなく、その後は各地を転々としながら養護施設『希望の里』に引き取られました。
匠の陰翳は、このへんが根拠になっているんですね。
トンカツをキーワードにしたストーリー展開
ストーリーは、前述のようにヒューマンな展開です。
しかも、味沢匠は今で言うツンデレです。
たとえば、第2巻MENU5の『カツレツの記憶』。
味沢匠のマンションに、養護施設『希望の星』の園長と女の子・小麦ちゃんが訪ねてきます。
女の子は、山の中で迷子になっているところを施設に保護されたのですが、頭に怪我をシたらしく、それまでの記憶をなくしてしまったみたいだと園長は説明します。
しかも、名前と誕生日を書いた紙がポケットに入っていたから、捨てられたのは確かなようです。
女の子は、給食のとんかつを見たときに、トンカツを抱きかかえるようにして泣いていたので、もしかしたら女の子の家は、トンカツ店だったのかもしれない。
園長は、味沢匠ならその方面も詳しいのではないかと考えたといいます。
しかし、味沢匠は、「(女の子の親探しは)私はあまり気が進みませんね」と、木で鼻をくくったような返事。
「おそらく、その娘はどうにもならない事情があって捨てられたはずだ。それなのに、今更探してどうなるんです?かりに見つかったとしても、その娘自身や親がもっと苦しむことになるかもしれない」
なるほどです。
しかし、それでも動きたくなるのが人情というものです。
弟子の太一が、「あんなふうに言っても(味沢匠は)必ず協力してくれるんスから、すべて俺に任せてください」と、園長に言います。
で、実際に味沢匠は協力してくれました。
「先生。夕食はポークカツレツ作ろうと思うんスけど、……で、勉強のため、どこか店へ食べに行きたいなあって……」
もちろん、とんかつ店探しの食べ歩きに誘っているわけです。
味沢匠は、「やれやれ」と言いながら、とんかつ店まわりを承諾します。
お店では、食べながら味沢匠が、カツレツの歴史について語っています。
ま、ここはグルメ漫画として必要なシーンですね。
味沢匠は、トンカツにソースを掛けていません。
「ウスターソースの甘さは、肉の味を消してしまう。私はレモン汁をしぼり、塩を降って食べるのが最もうまいと思う」という話もしています。
それはともかくとして、あっちこっちの店を回っているうち、味沢匠をして「これまでの店の中では最高のトンカツ」の店にはいったときに、小麦ちゃんは店主料理人に「パパーっ」と抱きつきます。
慌て者の太一は、「どんな事情があったか知らねえが、こんなかわいい娘を捨てるなんて……」と店主料理人につかみかかりますが、料理人はパパではありませんでした。
「私は、大道寺という由緒ある血筋で大物実業家のお屋敷で専属のコックをしていたんです。そこで生まれたのが、この小麦ちゃんだったんですよ。父親はたしかに大道寺氏でしたが、母親はそこの使用人だったんです。そのためにずいぶん冷たく育てられましたね。それで、実の父親より私になついてしまいまして……」
大道寺の好物がカツレツだったので、週に何回かはカツレツを作り、それがきっかけで独立してとんかつ店を開いたのだそうです。
一年前に、小麦ちゃんの母子は屋敷を追い出され、母親は病死したとか。
そこで、味沢匠の一行は、大道寺の屋敷に行って小麦ちゃんを合わせますが、大道寺は表情一つ変えず「知らん」ととぼけます。
ま、味沢匠の懸念したとおりになったわけですね。
「あんまりだよ、小麦ちゃんが不憫すぎるよ。本当の父親を前にしてパパと呼べない小麦ちゃんが可愛そうだよ」と太一は憤ります。
そんなとき、とんかつ店の店主がやってきます。
「実は、女房とも相談したんですけど、私たちは子供もいないし、この際、小麦ちゃんを引き取って育ててみよ
うと思うんです」
捨てる神あれば、拾う神あり、といったところでしょうか。
「さあ、小麦ちゃん。今日からおじさんがキミのパパだよ」
「パパー」と抱きつく小麦ちゃん。
もらい泣きする太一。
泣きのハッピーエンドです。
以上、ザ・シェフ大合本版1~13(剣名舞/原作、加藤唯史/作画、ゴマブックス)は、かつての人気料理人漫画単行本の合冊版です。でした。