ブラックジャックによろしく(佐藤秀峰作、佐藤漫画製作所)は、研修医が経験する医学的テーマや医師と患者の距離感を描いた漫画です。医学・医療の問題点や議論すべて点への接近を行う一方で、主人公のキャラクターやストーリー展開には賛否両論のようです。
『ブラックジャックによろしく』は、佐藤秀峰さんが佐藤漫画製作所から上梓しています。
13巻までが正編、それ以降の9巻は「新」がつきます。
ストーリーは、名門永禄大学を卒業した斉藤英二郎が、同大学附属病院の研修医として各科をまわり、それぞれの医学・医療的課題点、矛盾、患者や家族との葛藤などを経験する話です。
2002年~2006年までモーニング(講談社)、2007年~2010年までビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載されました。
2003年にTBS系列でテレビドラマ化もされています。
主人公の「正義感」に賛否両論
タイトルがいきなり気を引きますね。
何しろ、医師漫画としては今も根強いファンを持つ、手塚治虫作『ブラックジャック』から名前を取っているのですから。
しかし、内容はどちらかというと、『白い巨塔』的なモチーフではないかと思います。
財前五郎によろしく、でもよかったのかな。
それはともかくとして、研修医視点で医療現場の「闇」に切り込んで行くストーリーは、インパクトが有りました。
一見すると、医師の志を高く持つ純粋な研修医が、医局の矛盾に切り込んでいく勇ましい話に見えるかも知れません。
しかし、よく読んでみると、そうとはいえないような気がしました。
論より証拠で、具体的な対決についてはお読みいただきたいのですが、いうなれば、研修医個人の理屈や正義感が、医局の「権威」や「利益」と対決するだけでなく、肝心の受け持ち患者とも対立します。
患者の利益を大切にするのはもちろんですが、医局が権威や体面や利益を守るのは当然と言えば当然です。
では、受け持つ患者に対して斉藤英二郎がそうかというと、結局自分の「こうあるべきだ」という考えでしつこく動き、医局を引っ掻き回している病院の「有名人」なのです。
つまり、エゴ。
これはまずいですよね。
患者には患者の事情や価値観がありますし、また一人の患者に入れ込むことで、他の患者の利益を侵害することだってあるわけです。
なのに、いつもそれでトラブルを起こし、交際しているNICUの看護師も泣かせ、破局します。
しかも、その割に、各科の指導医が彼を認めるというのも違和感ありあり。
普通、そんな迷惑な医師は歓迎もされないし、そもそも医局にいられないでしょう。
ネットのレビューを見ても、主人公のキャラ設定と他の登場人物による彼への評価には賛否両論ですね。
ですから、実際に読まれて、あなたはどうであるかが私は知りたいです。
自分が経験した「障害児」問題と「遷延性意識障害」
作品のテーマは、今の医学で議論されている、つまり価値観の違いで意見が分かれることにフォーカスしています。
何も知らない人からすると衝撃かも知れません。
私も「そうなのかー」と考えさせられることはありました。
が、中には、「違うんじゃない?」ということもあったし、すでに自分で経験済みなので、作者が狙ったほど重くは感じないこともありました。
障害のある子どもは要らないのか?
私にとっては経験済みだったこともあります。
ひとつは、双子の一人がダウン症だった話。
漫画によると、父親はさんざん悩み、いったんは夫婦別れまでして、でも最後は子供を受け入れるというストーリーを、長々と描いています。
このストーリー自体は、実際にありえることです。
ダウン症の赤ちゃんが生まれたからと、育児放棄した親に代わって、特別養子縁組に迎えるご家庭を特集したニュースが話題になったこともありますしね。
障害児の親に夫婦別れが多いのも、私の感覚ではリアリティがあります。
私は、人間には限界があるので、夫婦関係が破綻したり、シングルマザーでは育てきれずに施設に預けたりすることは責めるつもりはありません。
ただ、いずれにしても、この漫画のように、ずーっと引きずるほどの話とも思いません。
ちょっと大げさなんだよね。
作者自身に差別の気持ちがあるからじゃないのかって勘ぐったほどです。
たとえば、『セブンティウイザン~70才の初産~』ではありませんが、生むと決めているから、出生前診断とか羊水検査とか、事前検査は一切しないというご夫婦だってたくさんいますよ。
だって、考えてもご覧なさいって。
生まれた時はなんでもなくても、少し経ってから、発達障害がわかることだってあります。
健常児として生まれても、病気や怪我による中途障害で、体が不自由になったり、脳に障害を負ったりするかもしれません。
そうなったら、ダウン症どころではないんですよ。
寝たきりになるかもしれないんですよ。
他害で、人に手をかけてばかりで、いつもハラハラして……。
自閉で、言葉も出ないコミュニケーションも苦手になるかもしれない。
たとえ元気で育っても、大きくなってから、なにか事件を起こして社会にご迷惑をかけるだけでなく、賠償金を払うので、親は人生を棒に振るかもしれません。
そういう子にならない保証はどこにもありません。
子を生み育てるというのは、本来そういうリスクに満ちており、ダウン症が気に食わないといったところで、しょせんその中の一事象に過ぎません。
そういう覚悟のない無責任な人は、子を生もうなんて考えないことです。
健常者が、何事もなく成人して次の世代の子孫を残せるというのは、実は大変運のいいことなんです。
0歳児の平均余命(つまり平均寿命)が有数の長寿国だから、普通に長生きするのが当たり前と日本の大衆はおめでたく勘違いしているんでしょうね。
障害があってもなくても、人を育てる楽しさに変わりはありませんよ。
私は、火災で子供が火災で中途障害になりましたが、
では、もうそんな子供はいらなくなったかといったら、もちろんそんなことはありません。
そして、子供たちの関係で、障害児をたくさん見てきましたが、かりにその子たちが自分の子供でも別にいいよ、という思いもあります。
健常児を育てるときには、しない苦労は当然あります。
ても、それでも、子はいないよりいたほうが私は楽しいな。
繰り返しますが、そう思えない人は、子供がいてもいずれ子供とトラブルを起こすでしょう。
そんな薄情な親では、お子さんが可愛そうです。
それと、「障害のある子どもは不幸せに決まっている」というのも、何の根拠もない決めつけですからね。
遷延性意識障害
あと、主たるテーマではありませんが、患者が遷延性意識障害になった話がありました。
遷延性意識障害というのは、
3か月以上に渡って自分で自分の体を動かすことも、食事や排泄、発語などもできない状態のこと。
植物状態(植物人間)なんていわれますね。
ただし、遷延性意識障害というのは確定した障害ではなく、「そういう状態」という障害名です。
というのは、まれにそこから回復することがあるからです。
しかし、ほとんどの場合はそのままの状態が何年も続くため、病院からは追い出されます。
普通の病院は急性期を対象としていて、3ヶ月を超える入院は、診療報酬をカットされるのです。
ではどこへ行くかというと、いわゆる療養型病院。
一般病院よりも医師や看護師が少ない数で運営でき、医療費の削減を目的に設立されています。
積極的な治療などは期待できません。
たしかにね、家族からしたらそれは不安です。
手をかけてもらえなくなるわけですから。
ただし、遷延性意識障害という障害名にあるように、かりに急性期の病院にずっとお世話になれたとしても、しょせんそこで治る保証はありません。
というか、その見込は少ないです。
もとより、そういう患者に対して病院は「状態を診る」だけで、「予後を見通す」ことはできません。
ですから、急性期の病院を追い出されることは、その患者の「治る確率が下がる」ことではありません。
どこにお世話になっていても、回復するときはする、無理なものは無理です。
私の子供たちは、大変良心的な大学病院の小児科、およびソーシャルワーカーのお世話になりましたが、やはり私自身が、遷延性意識障害のオーソリティや、回復例などを調べまくり、その方々にお世話になれるようソーシャルワーカーに繋いでいただきました。
そういう努力がデキる人なら、自宅に連れ帰ってもいいと思いますし、病院任せにしているようなら、どんな立派な病院のお世話になっていても見込みはありません。
改めて自分の不幸な人生を再確認してしまった……
しかし、そうしてみると、これほど重い漫画の題材になるような経験を、私は2つもしているんですね。
漫画が重いだけでなく、自分や家族の不幸な人生を再確認することになり、二重に重い気持ちになりました。
しかし、とにかく話題になった漫画ですし、引き込まれるおもしろさはあると思います。
関心のある方は、ぜひ読まれてはいかがでしょうか。
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以上、ブラックジャックによろしく(佐藤秀峰作、佐藤漫画製作所)は、研修医が経験する医学的テーマや医師と患者の距離感を描いた漫画、でした。