ブラック・ジャック(手塚治虫著、手塚プロダクション)は、無免許ながら唯一無二の神業テクニックで知られる天才外科医の話です。1973年~1983年まで連載され単行本化されましたが、それがKindle版としてAmazonUnlimitedで読むことが出来ます。
『ブラック・ジャック』は、医学博士の学位を持つ手塚治虫が、劇画ブームになりつつあった漫画界でもう一花咲かせるべく上梓した起死回生の意欲作です。
『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で、1973年11月19日号~1983年10月14日号まで連載されたものが、当時少年チャンピオン・コミックスとして単行本にまとめられましたが、そのKindle版がAmazonUnlimitedにおいて、全25巻中10巻が読み放題リストに入っています。
今回も、少年チャンピオン・コミックスというシリーズ名はついていますが、発行元は手塚プロダクションになっています。
起死回生と描きましたが、漫画はヒットし、後年の手塚治虫の代表作と言ってもいいと思います。
無免許ながら、唯一無二の神業ともいえるテクニックで、誰も出来ない手術を高額報酬で引き受ける外科医ブラック・ジャックを主人公に、「医療と生命」をテーマとしたストーリーが毎回読み切りで展開されます。
なぜ、ブラック・ジャックというタイトルなのか。
本名が、間黒男(はざまくろお)というからです。
漫画は、何度もアニメ化されましたが、ドラマ化もされています。
たとえば、『加山雄三のブラックジャック』(1981年1月8日~4月9日)は、ドラマ化というより加山雄三のキャラクターに合わせた翻案作品ですが、タイトルやストーリーは原作を踏襲しています。
そこで、同じタイトルのストーリーについて、漫画と同作も比べてみたいと思います。
えらばれたマスク(原作)
第6巻(第52話)の『えらばれたマスク』を見ていきます。
ブラック・ジャックが電話に出ると、「黒男かい。わしだよ、懐かしいなあ」という声。
「おまえに手術してほしい患者がおるのだ。お前も知っているだろう、連花だ。わしの家内だよ。たのむ、ぜひお前のすばらしい腕で手術してほしいのだ」
ピノコが、電話のやり取りを聞いていました。
「黒男ってだえよのさ(誰なのさ)」
「ブラック・ジャックという言葉を日本語に直してごらん。ブラックは黒、ジャックは男。黒男だ」
「へんなの。ロゼットってしみぬきの広告みたい」
ここ、「しみぬき」だから良かったですが、表現次第では空白になっていたところですね。
それはともかくとして、ブラック・ジャックは、結局電話で指定された場所に向かいます。
「黒男。やっぱり来てくれたか」
「おとうさん」
電話の主は、ブラック・ジャックの実父だったのです。
一応、「おとうさん」と呼ぶんですね。
父親は20年も連絡を絶っていましたが、マカオで事業に成功したことを報告します。
しかし、「余計なこと」は一切話したくなかったのか、ブラック・ジャックは「患者にあわせてください」とだけ答えます。
父親が会わせた連花は、ハンセン氏病による皮疹が顔に出ていました。
「病気は治ったが、顔はこのとおりになってしまってな。おまえと仲直りできるチャンスだと思い、ぜひお前の手を借りたくて日本へやってきた」
「この手術がエサで、昔のことを忘れてくれって言うんですか」
「はっきり言おう。そうなんだ」
父親は言います。
連花は、子供が産めないので、ブラック・ジャックにはマカオに来てもらいたい。
そして、自分の没後、遺産は2人で分けてもらいたい、と。
しかし、それはブラック・ジャックには、乗れない話でした。
「おとうさん。おとうさんが女と海外に逃げてしまって、おかあさんがどんなに泣いて悲しんだか。私が子供の頃、どんなにあなたを憎んだか。お母さんが死ぬまでこの気持は続いたんだ。でもお母さんは、お父さんを許してやりましょう。いい人だったけど、きっと魔が差したんだよって。あんな立派な素敵なおかあさんをなぜ捨てんたんです」
父親は、それに対して何も答えませんでした。
「整形する顔のご注文は?」
「世界一の美女にしてほしい。お前ならできるだろう」
「7000万いただきましょう」
「よかろう。その代わり誓え、必ず世界一の美女にするのだ」
父親は小切手にサインします。
ブラック・ジャックは、無菌のビニールハウスをその場で作り、手術を行います。
「あとひとつだけ聞いておきたい。今でも、おかあさんを少しは愛していますか」
「黒男。わしはおまえの母親にすまないことをしたと思う。だが、今は愛してはいない。ワシが今、心を込めて愛しているのは家内だ。この連花ひとりなのだ。わかってくれ、愛情とは残酷なものだ」
ブラック・ジャックには酷な回答でしたが、私はこの父親は、たしかに悪い人ではないと思いました。
ここで調子良く、「お母さんが一番だ」などといったら、それは現妻を傷つけることになるでしょう。
黒男が愉快でないことは承知の上で、そう答えた父親の連花への気持ちは、本物だと思います。
ただし、そう答えてしまったことが、手術結果に影響します。
術後1ヶ月し、包帯を取ると、そこには、黒男の母親の顔をした連花があらわれました。
「なぜ、前の妻の顔なんかにしてしまったんだ。わしは世界一の美女にしろといったはずだぞ」
「わたしは、お母さんを世界一美しい人だったと信じていますのでね。これから一生、あなたはいやでもおかあさんと顔と向かい合って暮らすんだ。あのとき、ひとことでも、おかあさんを愛しているといえば、別の顔に変えるつもりだったのです。さよなら、おとうさん」
この期に及んでも、「おとうさん」と呼ぶブラック・ジャックの両親に対する思慕が、切ない思いがしました。
えらばれたマスク(加山雄三版)
まず、『加山雄三のブラック・ジャック』について簡単にご説明します。
もちろん、加山雄三さんがブラック・ジャック役ですが、ブラック・ジャックは、なぜか普段は坂東次郎という画商を装い、必要なときだけブラック・ジャックになります。
といっても、いつも画廊は留守にばかりしていて、画廊の秘書・ケイコ(秋吉久美子)に迷惑をかけっぱなし。
ブラック・ジャックとしての住処には、執事の遠藤嘉一郎(松村達雄)、ケン(大鹿伸一)、ピノコ(今井里恵)らがいます。
友人である倉持警部(藤岡琢也)は、坂東次郎の正体を知りませんが、いつも事件を持ち込みます。
この回も、香港から来日した富豪の剛助(山内明)が、ブラック・ジャックに会いたがっていることを伝えます。
坂東次郎(加山雄三)は、ブラック・ジャックの友達ということになっているので、倉持警部(藤岡琢也)はそのことを伝えますが、坂東次郎はとりあいません。
剛助(山内明)はかつて、ブラック・ジャックとその母親・康子(日色ともゑ)を捨てた過去があるので、ブラック・ジャックは今も実の父を許していないのです。
ブラック・ジャックは、代理人ということになっている坂東次郎(加山雄三)として、剛助(山内明)と会いますが、「ブラック・ジャックと親子の再会をしたい」という話は断ります。
ちなみに、坂東次郎の時は、顔の傷はありません。
つまり、ケイコ(秋吉久美子)も、倉持警部(藤岡琢也)も、剛助(山内明)も、坂東次郎=ブラック・ジャックとは思っていないわけです。
剛助(山内明)は、親子としての再会は諦めたが、皮膚がんの後遺症で、顔がボロボロになった元ミスユニバースの妻・蓮花の顔を整形し、世界一の美女に戻してくれ、といいます。
原作はハンセン氏病という設定でしたが、ドラマでは変えています。
ブラックジャックは、剛助(山内明)に、康子(日色ともゑ)を愛していたのかどうかを確認し、剛助の「もちろん」という答えを聞いたたうえで、手術を引き受けました。
ここも、原作とは違いますね。
昔、剛助の部下だったブラックジャックの執事・遠藤(松村達雄)は、剛助とブラックジャックの過去を知っていて、若旦那(ブラックジャック)の父親に対するその複雑な思いを剛助にぶつけています。
要するに、母親に対する愛おしみと、父親に対する恩恵と憎しみの入り混じった複雑な思いを、ドラマは描いているわけです。
そして、包帯を取る日になりますが、包帯の中から出てきた蓮花の顔は、康子(日色ともゑ)の顔に整形されていました。
剛助(山内明)は、約束が違うと怒りますが、坂東次郎はこう言います。
「ブラックジャックにとっては、あの顔が世界一の美女なんです。あなたにはわからないんですか」
蓮花自身もその顔を気に入りますが、剛助が坂東次郎の握手を拒んだことで、坂東次郎は剛助の心を改めて知り、怒りを抑えてその場を去ります。
ドラマは、原作にない坂東次郎という設定がありますが、うまくストーリーに織り込ませましたね。
原作と加山雄三版の違いについて
もっとも、この加山雄三版については、原作のイメージを壊した、という意見をネットでよく目にします。
しかし、原作とは名ばかりの、大胆な翻案が行われた映画やテレビドラマなどはこれまでにもいくつもあります。
本作だけを目の敵にすることもないでしょう。
原作は、当時すでに「過去の人」になりつつあった手塚治虫が、最後の勝負として、劇画ブームに対抗するためにあえてヒューマニズムを封印した経緯があります。
ドラマでそれを加えたのは、むしろ積極的な試みであったとみることもできます。
もとより、本作は「加山雄三の」とつくわけですから、いちいち原作を引き合いにせず、別物としての評価を与えても良かったのではないかと思いました。
みなさんは、いかが思われますか。
本書は、少年チャンピオン・コミックスというシリーズ名がついていますが、同じ頃に連載されていた『ゆうひがおかの総理大臣』についても、このブログではご紹介しました。
『ゆうひが丘の総理大臣』は、『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で1977年12号~1980年16号まで連載された、望月あきらによる日本の漫画作品です。
単行本は全17巻で、1978年にはテレビドラマ化されています。
やはりこちらも、「中村雅俊の」とタイトルに付けたほうがいいほど、だいたんな翻案化が行われています。
ドラマの『ゆうひが丘の総理大臣』の評判はいいので、『加山雄三のブラック・ジャック』だけがあれこれいわれるのは、なんか間尺に合わないでしょうね。
もっとも、DVD化されたということは、支持している人もいるということではあると思います。
以上、ブラック・ジャック(手塚治虫著、手塚プロダクション)は、無免許ながら唯一無二の神業テクニックで知られる天才外科医の話、でした。
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