ロスト・ケア(葉真中顕著、光文社文庫)をご紹介します。介護問題をテーマに、現代社会の歪みや善悪の意味に迫るミステリー小説です。介護施設における高齢者の大量サツ人から、介護する側の視点による葛藤が描かれています。(文中敬称略)
『ロスト・ケア』は、葉真中顕による日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作であり、社会派のミステリーとして注目されています。
物語は、戦後例をみない43人もの殺人を犯した「彼=犯人」への死刑判決から始まります。
「彼=犯人」は、介護施設で高齢者の介護を行っています。
物語は、介護の壮絶さを描きます。つまり、介護者からの視点で、その葛藤を描きます。
津久井やまゆり園の犯人を思い出させる設定です。
安楽死などの問題提起も行っています。
残念ながら、一部には見事それに引っかかって、あとにも書きますが、「津久井やまゆり園の犯人」に同情するようなXのポストも出ています。
高齢化社会の抱える問題や介護の現場をリアルに描く
ロストケア
彼はなぜ 42人を殺したのか
人が人を殺すのは悪
国が人を殺すのは正義介護される側が寝たきりや認知症になる。
自分が分からなくなる前に、人としていられるうちに死にたいと言ったら?時に家族にとって、地獄の介護になってしまうこともある。
安全地帯にいる側は何とでも言える。 pic.twitter.com/K9nC4zZ17k
— アオノ月?? (@blue_kiwi_moon) August 10, 2024
本作は、映画化もされているので、原作を読む前に、映画でストーリーをご存じの方もおられるのではないでしょうか。
ロストケア
とてもつらい内容だった…
家での介護って経験者にしかわからない相当なキツさがある。生物的に年老いた親は子供に何かしら迷惑をかけてしまう現実がとてつもなくキツい。みんなただ幸せになりたいだけなのに。正解がわからない。これは皆で考えなくてはならない難しい問題だと思いました pic.twitter.com/4ZwcHNSwYe— マスネクーラは静かに暮らしたい (@maspurin) August 7, 2024
映画『ロストケア』は、本作の同名のサスペンス小説を基にした作品ですが、サスペンスと言うよりも、社会派として注目されています。
物語は、早朝の民家で老人と訪問介護センター所長のシ体が発見され、犯人として浮上したのは、シんだ所長が勤める訪問介護センターに勤める、誰からも慕われる介護士・斯波宗典(松山ケンイチ)でした。
彼は、献身的な介護士として介護家族に慕われる心優しい青年でした。
が、検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が勤める施設で老人の死亡率が異様に高いことに気付きます。
そこで何が起きているのか。
斯波は40人以上の被介護高齢者を殺害してきた、連続殺人犯でした。
真相を明らかにすべく奔走する彼女に、斯波は、老人たちを殺したのではなく救ったのだと主張します。
彼の言説を前に、大友は動揺します。
斯波の犯行動機に、日本中が衝撃を受けます。
彼は認知症によりすべてを忘れてしまった老人と、その介護に生活を破壊されている家族を救うため、犯行に及んだというのです。
この作品は、高齢化社会の抱える問題や介護の現場をリアルに描いており、楽死と尊厳死の合法化を訴えているようです。
また、介護士の過酷な仕事や孤独死をテーマにした重い作品としても評価されています。
まずは介護現場をもっと充実させたらどうなのか
冒頭の件に戻ります。
本作によって、津久井やまゆり園の犯人に同情してしまったリテラシーの低い人がいます。
ある意味、作者の術中にハマっちゃった人。
文芸作品は、人がなぜそうしたか、という心理に迫るもので、不倫や殺人犯の葛藤を描くものですが、「そうせずにはおれない」ということと、「だから正しい」ということは全く別ですから、善悪までもひっくり返すのは間違っています。
そもそも、本作は介護士として働いていますが、やまゆり園の犯人は、勤め続けられなくて脱落した落伍者です。エラソーに語る資格なしです。
しかも、やまゆり園の犯人は、「会話ができる知的障害者」と「会話ができない知的障害者」という線引を勝手にして、「会話ができないやつは役に立たないから生きててもしょうがない」と、殺しただけですからね。
会話ができないから生きててもしょうがない、なんて、誰が決めたんですか。
会話ができたって、ヤキモチと陰口しか言えない低級な人間はいいのか、と突っ込みたくなります。
こういう話になると、すぐ「安楽死」とかいう方向になりますが、「選択的夫婦別姓」にしてもそうですけど、制度として決まらないのは、決まらない理由があるのです。
要するに、国民的合意がない。
制度そのものに瑕疵があるか、国民的合意を得られる掘り下げたフェアな議論がなされていない、ということです。
たとえば、高齢者介護にしてもね、家族の介護は大変ですよ。
でも、大変であればあるほど、その介護の期間は、逆に「私はここまでヤッた。親孝行したんだ」という見送れる心づもりもできるし、「自分にとってこの親との関係はなんだっんだろう」と、親の評価や、親子関係の振り返りを行なう貴重な時間でもあるのです。
介護する人たちは、そのような「意味」を感じながら行っている人もいるわけです。
認知症になった・寝たきりになった・自力で食えなくなった⇒シんでください、としか思えない人とは、たぶんその点はわかり合えないでしょう。
そんな中で、かんたんに「殺しても良い制度」をこしらえるわけにはいかないのです。
私は思うに、尊厳死だの安楽死だのという以前に、さしあたって、介護現場が大切にされていない、ということを第一義的に問題にすべきだと思います。
簡単に言えば給料が安いとかね。多くのヘルパーは非正規だから、何かあっても補償がないですよね。
介護会社は零細なので、ケアマネージャーも十分に雇えない。ケアマネが適切な指揮をとることで、適材適所にヘルパーが派遣されたり、病院、患者、家族、ヘルパーの情報共有も行われたりして、介護現場もガラッと変わるんです。
そういうことを見ずに、ヘルパーが思い余って認知症の人をコロしました。さああなたの意見は?なんて、単細胞な人はすぐにひっかかって、先程のような「やまゆり園の犯人も苦しかったんだろう」なんて、現場を知りもしないくせにトンデモない同情をするんですよね。
殺してもいいか?、じゃなくて、生きとし生けるものの可能性を全面開花させる介護現場はどう実現すべきか、という問題提起のほうが、私は前向きで現実的だと思います。安楽死の話はそれからだと。
だから、こういう作品は、社会的に重要ですが、テーマがデリケートなだけに、受け手のリテラシーも求められると思います。
みなさんは、いかがお考えですか。
以上、ロスト・ケア(葉真中顕著、光文社文庫)をご紹介します。介護問題をテーマに、現代社会の歪みや善悪の意味に迫るミステリー小説、でした。
ロストケア – 松山ケンイチ, 長澤まさみ, 椎名幸太, 坂井真紀, 戸田菜穂, 前田哲, 有重陽一, 前田哲, 龍居由佳里