ヴェニスの商人(原作/シェイクスピア、作画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、有名な傑作戯曲を漫画化しました。まんがで読破シリーズ第33巻は、ヴェニスを舞台に、正義とは何か、差別とは何か、法とは何かなどを考えさせてくれます。
『ヴェニスの商人』は、シェイクスピアの喜劇戯曲として、文学史上もおなじみの作品。
バラエティ・アートワークスが漫画化し、Teamバンミカスから上梓された、まんがで読破シリーズの第33巻です。
中世イタリアのヴェネツィア共和国と、創作された都市ベルモントを舞台に繰り広げられる、商取引と恋の喜劇です。
そう、『ヴェニスの商人』というと、肉1ポンドのエピソードがあまりにも有名ですが、実はそれだけでなく、3組のカップルの恋愛話が絡んだストーリーです。
この戯曲は、そもそも中世イタリアのデカメロン調の物語集『イル・ペコローネ(愚者)』と、ラテン語による短編集『ゲスタ・ローマーノールム』の2つの話をアレンジしたものと言われています。
バサーニオは、莫大な遺産の相続人・ベルモントの貴婦人であるポーシャに求婚するため、親友である貿易商のアントーニオに支度金の融資を請います。
友情に厚いアントーニオは、つばまで吐きかけて文字通り唾棄していたユダヤ人の高利貸し・シャイロックに借金を申し込みますが、意外にもシャイロックはあっさりそれを承諾。
ただし、返せなかったら肉1ポンドをよこせなどという、人命にかかわる内容の証文を求め、アントーニオはサインしました。
正義とは何か、差別とは何か、法とは何か。
シェイクスピアの作品中でもとくに人気の高い傑作戯曲を漫画化、とアマゾン販売ページでは記載されています。
本書は2022年12月10日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
悪役を逝ってに引き受けるユダヤ人の高利貸し
時は1596年の貿易都市・ヴェニス。
ユダヤ人の高利貸し・シャイロックが、取引所で困っている人の融資申し込みを断っているシーンから始まります。
「利子を倍にしてもいいから貸してくれ」
と、懇願している貿易商に、「ユダヤ人から借りる必要はない。強欲な金貸しに相談する前に、信頼できる友人に頼んだほうがいい」と止めたのは、やはり貿易商のアントーニオです。
アントーニオは、「犬畜生」と罵り、シャイロックにつばを吐きかけるなどの無礼を働いています。
現代では、イタリアだろうが日本だろうが通用しないシーンです。
しかも、シャイロックの娘・ジェシカは、婚約者ロレンゾを前にして、娘であることをはじています。
えーっ、実の娘なら父親をかばえよ。
父親を犠牲にして「名誉白人」ぶるなよ、と思えるシーンです。
「ロゼンゾ、早く私をシャイロックのもとから連れ出して。そうすれば私はキリスト教徒に改宗して、あなたの愛しい奥さんになれる」
この戯曲、今から見たら狂っています。
高等遊民(高学歴だが無職のお坊ちゃん)のバサーニオは、そのロゼンゾやグラシアーノ、さらにアントーニオとも親友です。
ま、要するにその4人は、上級国民コミュニティです。
バサーニオは、財産家の貴婦人・ポーシャと結婚したいのですが、カネを使い果たして借金を抱えています。
それでは求婚したくても格好がつかない、なんとかならないかと、実業家であるアントーニオに相談します。
アントーニオは、貿易商として収入のある自分の名前を出して(つまり連帯保証人にして)融資を受けるといい、と提案します。
一方、ポーシャは悩んでいます。
資産家だった父親の遺志として、金・銀・鉛3つの箱の中から、亡父の遺志を選び当てた人と結婚しろというのです。
もし、バサーニオがそれを選べなかったら……。
待女のネリッサは、まだ亡父が元気だった頃に出会ったバサーニオを推薦。
ポーシャも「たしかにあなたが褒めるだけの男性だった」と前向きです。
要するに、 バサーニオとポーシャはすでに相思相愛ということです。
さて、バサーニオはよりによって、アントーニオにとって因縁の相手であるシャイロックに融資を頼んでいます。
シャイロックは、意外にもそれを承諾。
「彼は大商人だ。世界中に貿易船をばらまいている。あんたが焦げ付いても、あの人なら返済できそうだ」
シャイロックは、金貸しとして冷静です。
好き嫌いよりも、ビジネスとして成立するかどうかをまず考えています。
ただし、やはり嫌いなことは嫌いなようです。
アントーニオがやってくると、「あなたには、今まで何度となく罵られてきた覚えがある。犬畜生だと言われ、唾も吐かれもした」と言い始めました。
アントーニオは、立場もわきまえず言い返します。
「私はこれからも、お前を犬と呼び、罵り唾を吐く。友人に貸すと思うな。敵に貸すと思え。そうすれば利息も、万一契約違反したときの違約金もとりやすいだろう」
こんなことを言って反感を買えば、自分が不利になるのに。
こんなお坊ちゃんがほんとに大貿易商なんでしょうかね。
シャイロックは、言います。
「3000ダカットは利息無しでお貸しする。ただ、冗談として文句もつけておきましょう。もし証文に記された契約に違反したら、債権者シャイロックは、債務者アントーニオの、身体の肉を1ポンド(約450グラム)好きな場所から切り取れるとする」
高等遊民バサーニオは仮面舞踏会を開くことにしましたが、金を借りたつながり、という建前でシャイロックも招待します。実はそれは罠でもありました。
シャイロックは、出かけるのに鍵を娘のジェシカに預けます。
しかし、それを利用して、ジェシカはシャイロックの財産の一部を持ち出して、ロレンゾとともに家を出てしまいます。まずは1カップル成立。
二重にがっかりするシャイロックですが、アントーニオの貿易船が難破したとの情報にほくそ笑みます。
ポーシャの豪邸には、連日のように求婚者が来ますが、なかなか亡父の遺志通りのものを選ばず、まだ結婚相手は決まっていません。
そんなとき、カネの工面をつけたバサーニオが、友人のグラシアーノと豪邸にやってきて、見事に亡父の遺志を当てて2カップル目が成立。
バサーニオはポーシャから、「これを手放したらただでは済まない」と念押しされて、婚約指輪をもらいます。
グラシアーノはグラシアーノで、侍女のネリッサと意気投合します。3カップル目が誕生しました。
一方、シャイロックは、アントーニオ相手に復讐に燃えています。
「貴様は俺を犬と呼んで馬鹿にしたな」
やっぱりそれを気にしてたんですね。
証文の有効性は裁判で判断されるため、それまでアントーニオは入獄されました。
このへんは、法に則って公平でいいですね。
証文を否定することは、国の信用が失われてしまう、だから自分は肉1ポンドを支払うしかあるまい、と諦めの境地のアントーニオ。
バサーニオは、ポーシャの豪邸で、獄中のアントーニオから事情を記した手紙を受け取ります。
バサーニオはポーシャに事情を話し、自分のせいで用立てた金なんだと告白しました。
いつのまにか、ポーシャの豪邸に来ていた娘のジェシカも言います。
「以前から父は言っていました。貸した金を返してもらうより、奴の肉をもらう方がいいと」
「借りた金の3倍でも10倍でもいい。私がお返しするわ。ダメよ無二の親友ならすぐに行かなくては」と、バサーニオに発破をかけるポーシャ。
彼女は、愛するバサーニオが敬愛するアントーニオに関心を持ち、その件に自分も首を突っ込みたいと考えました。
ロレンゾ夫妻に豪邸の留守番を頼み、内密に侍女のリレッサと裁判所に向かいます。
裁判当日、6000ダカットの大金を持参したバサーニオですが、シャイロックは全く取り合いません。
そんなとき、大公(裁判官)に、法学博士からの使者が来たとの伝達。
むずかしい一件だからと、大公が博士に裁定を仰ぐべく使いを出していたというのです。
使いの者は、こう言います。
「証文は有効。ただし、そこには「血」は含まれていないので、肉きっかり1ポンドは良いが1滴の血も流すな。それを守れなければ法を破ったことになるので、殺人とみなしてお前は死刑の上財産は没収。それを踏まえて実行せよ」
無理筋に、要求を諦めたシャイロックは、「わかった。申し出のあった6000ダカットで手を打つ」。
ここで流れが変わります。使者は言います。
「証文に書いてないことは無効。貸した元金もやらん。」
畳み掛けるように……
「ヴェニスの国法はこう定めている。市民でない者が市民の命を奪おうとした場合、財産の半分は被害者に与えられ、残りは没収。そして犯人の命は大公様に委ねられる」
こうなると無茶苦茶ですね。
胸クソが悪くなってきました。
本作を読んだことのない方でもお察しのことと思いますが、「使者」はもちろん、バサーニオとリレッサです。
なぜ、彼女たちが使者になったかというと、その後、恋愛関係のドラマツルギーが続くのですが、まあこんな感じで物語は続きます。
本作は漫画ですが、戯曲の原作を忠実に描いているので、いきなり原文を読まれる自信がないかたは、本作を読まれることをおすすめいたします。
公序良俗に反する法適用とユダヤ人差別
本書でポイントはふたつ。
ひとつは、タイトルの『ヴェニスの商人』は、肉を取られそうになった貿易商のアントーニオの方であり、肉を取ろうとした有名なユダヤ人シャイロックは、「金貸し」であり「商人」として扱われていないんですね。
なぜなら、貿易で栄えたヴェニスが舞台であり、アントーニオは船をいくつも使って貿易を行い、友人にカネを貸すほど儲かっていたわけです。
それと、少なくとも今の感覚ではありえない差別です。
まあ、変装した裁判の使者は創作ならではですが、それ以外にも、なんで金を貸したことは事実なのに、返してもらえないシャイロックが財産を没収されたり、貸した元金すら戻ってこなかったり、挙句の果てはキリスト教に改宗までさせられたりするのかです。
ユダヤ人差別のおぞましい価値観丸出しです。
ユダヤ人は意地汚い不道徳な人間のように描かれているのは、ユダヤ人でない日本人でも読んでいて不愉快です。
それに、法律の解釈や適用もおかしいですよね。
厳格に法を適用するというのなら、そもそも肉1ポンド云々というのは公序良俗に反した取り決めですから、その時点で無効です。
それに、生きた人間から肉をエグりとるのに、出血が1滴もないことはありえませんから、もう一休さんもびっくりの頓知で、たしかに「喜劇」の戯曲と言わざるを得ません。
そうしてみると、民族・人種差別はいけないとか、信教は自由だとかいう現代の倫理や法律というのは、当たり前のように感じていましたが、本当に素晴らしいことですね。
以上、ヴェニスの商人(原作/シェイクスピア、作画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、有名な傑作戯曲を漫画化しました、でした。