中春こまわり君(山上たつひこ、フリースタイル)は、かつて一世を風靡した昭和のナンセンスギャグ漫画『がきデカ』の未来版です。あの山田こまわり君が髪をオールバックにしたサラリーマンとして、妻子のために働き、ミステリアスな事件を解決しています。
『中春こまわり君』は、山上たつひこさんがフリースタイルから上梓。
漫画家生活50周年記念として、2022年11月18日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
いうまでもなく、主人公は、あの、山田こまわり君。
『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で、1974年44号から1980年52号まで連載された『がきデカ』の主人公です。
喜劇の表現で言えば、従来のギャグ漫画が、ストーリーの意味で笑わせるシットコム型だったのに比べて、『がきデカ』は、徹底的にスラップスティックのドタバタギャグを貫きました。
しかも、他の少年誌のギャグ漫画とは違い、絵は劇画調なのです。
同作は、足掛け7年にわたる連載後、月1連載で全12話の“完結編”『がきデカファイナル』を連載して終了しました。
それが、2009年になって突如、30歳を過ぎた山田こまわりくんが、当時のメンバーとともに復活。
翌年には単行本化され、今回読み放題リストに加わったわけです。
しかし、あれだけの徹底したナンセンスギャグのキャラクターを、30歳を過ぎた妻子持ちとなった山田こまわりくんにどこまで継承させるか注目されましたが、ナンセンスの部分は維持しつつも、年齢相応の分別や人を見抜く目も身に着け、他者の揉め事に関与して解決していくという、大変な成長を遂げました。
人間ドラマの中に往年の面影を留めるギャグ
『中春こまわり君』の登場人物です。
山田こまわりくんは、金冠生生電器の営業部に勤務する38歳。
妻の圭子は35歳。
布袋様のような頭の形をした父親がいます。
こまわりくんの両親は健在です。
だた、父親の頭頂部は寂しくなりました。
1人息子の昇は、漫画の連載中に小学生から中学生に進学します。
漫画にありがちな、時間の変化がないパラレルワールドではないのです。
あの同級生の西城良夫も、何と同じ職場です。
モモ子という妻と一男一女に恵まれています。
犬の栃の嵐は、孫の栃の光が日本料理の店でオーナー兼板前をやっています。
犬が前脚で刺し身をさばいているところを見ながら、こまわりくんが
「よう、保健所が営業許可出したなあ、この店」といえば、栃の光が
「またー、ははは」と返します。
別の客からは、
「オヤジ、フィラリアの薬、飲んでるか」と、いたわりの声をかけられます。
ありえないですが、なんか笑えます。
奥の部屋では、寝たきりの栃の嵐(33歳、人間の年齢で言えば148歳)が、ボケ症状で唸っています。
栃の嵐は、事業で成功して、こまわりくんの両親が金を借りていましたね。
たぶん、その儲かったお金で店を出したのでしょう。
のれそれ商店街では、同級生の福島が魚屋を頑張っています。
モモちゃんも、2人の子供に恵まれています。
一方、木の内ジュンは苦労しています。
若い人はご存知ないでしょうが…若き日の風吹ジュンの魅力といったらもう??
「がきデカ」のジュンちゃんのモデルになったほど。 #半分青い pic.twitter.com/Q6SxjmyTRR— ヘルベルト?フォン?スダヤン (@suda_yan) April 2, 2018
そう、あの、木の内モモと双子で、風吹ジュンさんがモデルという、ジュンです。
経歴詐称で博打打ちの、たちの悪い男に引っかかって利用されているのです。
まあ、結局その男は刑務所に行くことになるのですが。
明石でタクシー運転手をしていましたが、突然やめてしまいました。
ジュンの母親は、そんな娘を夫と比べて軽蔑しています。
機械メーカーの技術者だったジュンの父親は、中近東に単身赴任して砂漠でなくなりました。
ラクダの喧嘩を止めようとして、ラクダに踏み殺されたのです。
「わたしの主人は、砂漠でラクダに踏まれて死んだ。でも、立派な死よ。お人好しだったけど、社会の成員として死んだ。でもジュンは、社会のどこもつながりのないままこうなった。わたしの手の届くところにあの子はいない。手の施しようがないのよ」
こまわりくんは、ジュン母の言い分に対して心のなかでこう考えます。
「ラクダの足の下で死ぬのが社会的死であり、無職で博打打ちの性格破綻者の男に身を捧げ、悲劇の結末を迎えるのが没社会死だとは誰も言っていない。死は死であり、そこには意味づけ評価づけがあるだけのことである。オレに言えるのは、ジュンをほっておくわけにはいかないということだ。あいつの人生に結論をもたせるのはまだ早い」
えーっ、こまわりくんがそんな事言うのーって、『がきデカ』の読者は思うでしょうね。
べつにこまわりくんと切り離して、新たなキャラクターでもいいんじゃないって思うかもしれません。
いえいえ、こまわりくんの30年後だからいいのです。
人間は変わる。
万物は流転する。
諸行無常、諸法無我です。
1970年代に、青春学園ドラマで活躍した中村雅俊さんが、そのキャラクターを残しつつも管理職になった『俺はおまわり君』(1981年2月4日~9月16日、ユニオン映画/NTV)というドラマは、大当たりはしませんでしたが、個人的には面白いと思いました。
半年間の放送でしたが、もう少し回数が増えてストーリーがこなれれば、視聴率も上がったのではないかと思います。
若大将シリーズで一世を風靡した加山雄三さんは、『加山雄三のブラック・ジャック』(1981年、松竹/テレビ朝日)に主演。
賛否両論ありましたが、「若大将の20年後」というシチュエーションは、作品自体のカルト的人気もあり、たった1クールしか放送しなかった作品でしたが、DVD化されました。
話を戻すと、小ネタも随所にありますよ。
こまわりくんが、専務に呼ばれて食事をしているのですが、専務はうな重を腕で囲むようにして隠してコソコソ食べているのです。
「さっきから気になっていたのですが、どうしてそんなに隠すようにして召し上がるのですか。それ、ただのうな重でしょ」とこまわりくん。
すると、専務はさらにムキになってうな重を隠します。
「見、見るな。山田くん、これはもう習性になっていてね。わたしは自分の弁当を人に見られるのが恥ずかしいんだ」
学校時代、粗末な弁当が恥ずかしかったというのです。
「子供の頃のトラウマというやつですか。そういう母親に育てられると、子供は悲劇ですよねー」と、専務に寄り添ったつもりのこまわりくんに、「母の悪口を言うなー」と専務。
「わたしが恥ずかしかったのは、弁当そのものじゃない。母が笑いものになることが辛かったんだ」
いや、濃い話です。
新劇出身のコントのネタで、こういうネタってありそうですね。
シティボーイズ(大竹まこと、きたろう、斉木しげる)とか、キモサベ社中のネタっぽいですよね。
小学校の担任、あべ先生とは、通風の外来で待っていたときに偶然再会します。
清治さんとは別れ、お酒の量が少し多くなりがちな日々を過ごしていましたが、こまわりくんや西城くんと再会して元気が出てきます。
ことほどさように、『がきデカ』は徹底したナンセンスギャグでしたが、『中春こまわり君』は人間ドラマのストーリーの中に、往年の面影を留めるギャグをまぶしているという感じです。
『がきデカ』を知らない人にも面白い漫画ではありますが、きっと初めて読んだ人は、『がきデカ』も読んでみたくなると思います。
日常生活を独特のユーモアで描く
冒頭で、漫画家生活50周年記念と書きましたが、本作『中春こまわり君』や『がきデカ』以外にも、山上たつひこ作品が次々読み放題リストに登場しています。
このブログでは以前、『主婦の生活』(山上たつひこ作、小学館クリエイティブ)をご紹介しました。
夫の両親と同居する主婦昌代さんと、家族とのあれこれを描いた日常漫画です。
夫婦漫才(「ごめん下さい」改題、山上たつひこ、フリースタイル)は、若夫婦と老けた母の掛け合い漫才的日常生活を描いた漫画です。
いずれも、本作『中春こまわり君』とともに、日常生活を独特のユーモアで描く点で共通しており、おすすめできる一冊です。
以上、中春こまわり君(山上たつひこ、フリースタイル)は、かつて一世を風靡した昭和のナンセンスギャグ漫画『がきデカ』の未来版です。でした。