交通誘導員ヨレヨレ漫画日記(柏 耕一/原案、堀田孝之/脚本、植本勇/イラスト、 三五館シンシャ)は、73歳交通誘導員日記の漫画版です。全国55万人強の警備員の主流をなしている「交通誘導員」の手記を漫画化したものです。
本書は、現在73歳になる交通誘導員の日々の仕事を描いた「日記」です。
著者は、30年間編集プロダクションを経営。
幸せな家庭生活で子も3人成していました。
それが、経営悪化で税金未払いで「倒産寸前」(倒産はしていないらしい)と、本人の博打へのつぎ込みで経営も家計も破綻。
「2500万円払って離婚しろ」と妻になじられながら、69歳で交通誘導員の仕事を始めます。
日給9000円。月給18万円。
長女とは疎遠に、三女は嫁ぎましたが、次女は同居中。
生活を考えたら、2500万円の利息を支払うだけで精一杯ではないかと思います。
しかし、一発逆転。交通誘導員の日々を描いたところ10万部のベストセラーになり、漫画化もされました。
離婚もしていないようです。
交通誘導員とは、警備業法で定められた交通誘導警備業務の実行者で、人や車両などの動きをコントロールする仕事です。
商業施設、遊園地や公園、病院などの駐車場の出入口で、「歩行者の安全確保」を第一に、車両の混雑による事故防止に努めます。駐車場の空きスペースへの適切な案内などを行います。
建築現場への車両の出入り時、現場前の通行人の誘導も交通誘導員の仕事です。
一方、警備員は、民家や施設警備、貴重品運搬警備、身辺警備などを行います。
人や車など、動くものが主体の警備は交通誘導員。
施設や建物などが主体の警備は警備員の仕事です。
本書によると、交通誘導員の仕事は、60代以上が4割を占めるそうです。
定年後、何もない人の「第二の人生」としての選択肢なのかもしれませんね。
不満そうな態度が伝わります
中のストーリーは、神楽坂で30年、編集プロダクションの経営を行ってきた著者の、交通誘導員の仕事や同僚に対する、驚き、怒り、少しの喜びなどを表現したノンフィクション私小説です。
たとえば、現場作業員に、いきなり「おい、看板」と言われます。
「はあ?看板?」
「さっさと看板を持っていけよ。車両通行止め」
すると著者は、「怒鳴ることはないだろうに」と心のなかで文句を言いながら持っていきます。
えーっと私は思いました。
それで手が出たり、意地悪をサれたりシたらともかく、ちょっと語気が荒いぐらいで文句を言ってたら、彼らと仕事なんでできないですよ。
これは、編プロ社長を30年やってきたプライドのなせる文句なのです。
しょせん、同僚に対しても、肉体労働者の現場作業員に対しても、「お前ごときに怒鳴られたくない」というプライドがあるのです。
「いつもお世話様です」の枕詞から始まる、丁寧なメールのやりとりに慣れきっているのでしょう。
そう云う態度を取ると、相手に伝わりますから、相手は傘にかかって攻めてきます。
自分たち(交通誘導員)の隊長に、「看板の前で立哨(不審者等の警戒監視を行う)していてください」と言われたのでそうしていると、先の作業員に、「こんな人の通らないところでなに突っ立ってんだ」と言われます。
「隊長の指示です」
「ばかやろう、ここを仕切っているのはオレだ。」
「すみません」(ガマンガマンという心の声)
著者が誘導している時に、誤って転ぶと、それを笑う現場作業員。
著者は、「ここまで露骨な『いじめ』をするとは。私のなにが気に食わないのだろう」と嘆いていますが、気に食わないんですよ、あなたの不満そうな態度が伝わっているから。
そもそも「ここまで露骨ないじめ」というほどのことでもないし、現場は作業員が仕事をする主役で、交通誘導員は裏方に過ぎません。
たぶん著者は、そのこともわかっていない。
社長として、みんなに気を使ってもらってきたから、そんなこともわからないのです。
そんな、著者の人間修行が描かれています。
もっとなりふりかまわずでもよかったのては?
警備員については、以前『気がつけば警備員になっていた。高層ビル警備員のトホホな日常の記録』(堀田孝之著、笠倉出版社)という書籍をご紹介したことがあります。
本書と同じ三五館シンシャからの書籍では、『1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました―メーター検針員テゲテゲ漫画日記』(原作/川島徹、漫画/古泉智浩)をご紹介しました。
率直に申し上げると、今回は、それら2冊ほどの感情移入はありませんでした。
理由は、その2冊の人ほど悲惨ではないからだと思います。
2500万円の借金は大変ですし、73歳で頑張る姿も私にはできないことですが、ただ、作風がね。
まず本書は、いつも同僚や現場の仕事関係者などの悪い点を指摘する観察的批判書なんです。
どこか交通誘導員の仕事を見下しているように思いました。
上記2冊も、困った同僚については描かれていますし、とくに『気がつけば警備員になっていた』は、大学も別の仕事も逃げ出した上の「仕方なく」警備員なので、いかにも警備員をバカにしているように感じた方もおられるようですが、それは誤解です。
いくところがなくて、追い詰められて、という切羽つまた経過が読めばわかります。
でも、今回はプライドの高い方なのか、そのせっぱつまった感じがあまりなかったのです。
自分はかつて、編プロを経営していた。それが最下層の仕事をしている、というスタンスです。
いちいち理屈っぽい。知性を捨てきれないのです。
前職なんて忘れろよ、といいたくなります。
そして、しょせんは、老後の仕事だもんな、なんて思ってしまいます。
だって、夫人もいて、3人もいる娘も独り立ちしていますからね。
べつにあんたがシんでも、子供が葬式ぐらいしてくれるからいいだろう、という感じです。
先の、電気検針や警備員の人たちは、孤独死しそうな人たちですから。
それと、実は私自身が、この交通誘導員は経験があるんです。
だから、この仕事は知っている。
冬などは、夜中の立ちん坊がつらくてね。
指も凍傷になりかけたし。
なぜ、夜中の仕事をしたかというと、そのほうが少しだけ割がいいからです。
でも、そのために居眠り運転して、府中街道でガードレールに突っ込んだこともありますけどね。
私は20代でしたが、この著者みたいに、周囲の人物観察の余裕なんかなかったですよ。
なにを言われようがされようが、面倒は避けたいから「はいわかりました」と返事しておしまい。
この著者は、いちいち議論したり考えたりシているんですが、私なんぞより知力体力とも高い方なんでしょう。
そして、結局心底はその仕事に馴染めていない。
まあ、交通誘導員の「あるある」は、よく描かれている思いますので、関心のある方にはおすすめします。
以上、交通誘導員ヨレヨレ漫画日記(柏 耕一/原案、堀田孝之/脚本、植本勇/イラスト、 三五館シンシャ)は、73歳交通誘導員日記の漫画版、でした。