人間交差点(原作/矢島正雄、漫画/弘兼憲史、小学館)は、人生の様々な喜怒哀楽を描いた単話オムニバス形式の人間ドラマです。登場人物の心理描写や感情表現が非常に細かく、時代背景や社会問題を反映した話題も多く取り上げられました。
『人間交差点』は、原作が矢島正雄さん、作画が弘兼憲史さんです。
1980年~1990年まで『ビッグコミックオリジナル』(小学館)で連載されました。
全232話で、単行本は全27巻、文庫版は全19巻です。
このたび、Amazonkindleunlimitedの読み放題リストに、単行本の一部が登場しました。
人間の喜怒哀楽や生死を描いたオムニバス形式の人間ドラマで、1話ごとに登場人物や舞台が異なります。
時代背景や社会問題を反映した話題も多く取り上げられ、1986年には第30回小学館漫画賞を受賞しました。
累計発行部数は1200万部を記録しています。
テレビドラマや映画、アニメなどにも多数メディア化されています。
テレビドラマは、1984年~2006年までに5作品が放送されました。
映画は、1993年に3作品が公開されました。
アニメは、2003年にテレビ東京系で13話が放送されました。
本作の特徴は、登場人物の心理描写や感情表現が非常に細かく、リアルに描かれていることです。
私が知ったのは、コンビニ販売用の単行本で、主に人間の情愛を描いたヒューマンドラマを収録したものでした。
しかし、今回、改めて単行本を読み、サツ人、自サツ、病シ、戦シ、事故シ、ダ胎など、遠慮なく壮絶な描写が多く、血まみれの現場や首つりの現場など、その状況は詳細に描かれていることを知りました。
綺麗事だけではない、人間のギリギリ判断や生き様を描いていたことを知ったので、ご紹介したくなりました。
kindleunlimitedの第4巻第1話からご紹介します。
麻薬常習者だった過去を背負った女のサスペンス
麻薬常習者だった過去を背負った女・由起。
だが、それを一時の過ちと理解してくれた男と結婚、夫とともに郊外に転居してきました。
夫は、若くして大学教授になっていましたが、自分が留学したことで彼女が麻薬常習者に転落してという負い目があったため、彼女との結婚を引き換えに大学は辞職して工場に転職。
すぐに工場長のポストについていました。
由起は、牛乳配達人に定期注文をお願いしている時、あまりに至近距離だったもので、ふっと振り返った拍子に、牛乳配達人の頬に唇がかすってしまい、口紅がつきます。
その近くをジョギングで通り過ぎたのが、他人の噂好きの警察官夫人でした。
もちろん、頬の口紅の件はたまたまであって何もやましいことはないのですが、麻薬常習者だったという「前科」まで噂が行き着くことを彼女は恐れます。
ましてや、町の住人の個人情報を知る警察官の妻です。
ところが、警察官に転居の挨拶をした時、夫人は由起に「はじめまして」と挨拶しました。
「私と牛乳配達人のアレを見ているはずなのに」
由起は、夫人がわざとそれを隠しているのではないかと考えます。
そして、影で妙な噂を流されるのでは…とどんどん妄想が広がります。
由起は、井戸端会議に参加したり、ブローチがきれいと言われるとあげてしまったりなど、夫人には気を使いました。
そんな時、夫人が彼女をジョギングに誘いました。
仕方なくそれも受けますが、以前から入っていた夫人にはかないません。
来る日も来る日も差をつけられますが、「遅いわよ」と言っている夫人を見ているうちに、噂をばらまかれたらどうしようという妄想がまたしても膨らんだ由起は、夫人を川で突き飛ばし、打ちどころが悪かった夫人は、シんでしまいました。
由起は、バレなきゃいいと、すぐさま帰宅。
夫人は事故シ扱いとなり、葬式もなに食わぬ顔で参列しました。
警察官は、泣きながら言います。
「ジョギングのときも、なにがあるかわからないからコンタクトをつけろと言っておいたのに、走っている時になくしたら大変だと、いつもしなかったのです。もし、していれば今回も足を踏み外すことはなかったのに」
夫人は、極度の近眼でありながら、ジョギングではコンタクトをシなかったことを警察官は打ち明けました。
つまり、牛乳配達人との「頬に口紅」も、夫人には見えていなかったのです。
そのとき、由起のヒップをペロッとさわったのはやはりその街在住の医師。
医師は、由起が転居したばかりの時も、挨拶代わりにペロッとヒップを撫でたセクハラおやじです。
医師は、刑事に声をかけます。
「刑事さん、もう帰られるんですか」
「検視していただいた先生だからいいますけど、これは事故シではないですね。シんだ奥さんとは別の、はっきりとした足跡があるんです。それが誰かわかればいいのですが……」
「一緒にジョギングした人かどうかは知らんが、ここ3~4ヶ月に、ジョギングと同じような足腰を鍛える運動を始めた人なら知っとるよ」
「工場長の奥さんですか。彼女が運動しているのを見たことあるんですか」
「尻じゃよ。わしゃ、知りを触り慣れとるから、筋肉や脂肪の状態はすぐにわかるんだ」
次に、kindleunlimitedの第4巻第3話「左遷」からご紹介します。
新聞記者の改心
地方の記者クラブで、やる気のない態度を取っているのは主人公・前田。
毎朝新聞の遊軍記者として、本社でスクープもとっていましたが、上司の妬みと危機感から、地方の通信部に左遷させられました。
通信部というのは、警察でいえば駐在所(←派出所とも違う)です。
地方支社→支局のさらに下部組織で、記者の自宅に看板がかけられています。
扱う記事は、ヒマダネ(町や村のローカルな明るい話題)のみ。
しかも、記者クラブから情報は来るので、出来事がアレば、1日3回の支局からの連絡で送稿するだけ。
夫人は、夫が家にいる時間が長くなって喜び、町のことも気に入っていますが、主人公は本社でスクープを取っていた時代が懐かしく、町も好きになれません。
そのため、記者クラブの他社の記者たちを見下し、火災事故の連絡も受け取らず、毎朝だけ記事を載せられなくなります。
ところが、その火災は、28歳の娘が結婚できず両親の介護をしていた、と聞くと、そこに事件性を感じ取った前田は、面会謝絶の病室に押しかけて取材。
娘の放火だったことを「自白」させます。
「地方記者の鈍い勘ではわからないだろうが、オレにはピンとくるんだ」
そして、それを送稿して「スクープ」しましたが、娘は記事が出て自サツしてしまいました。
記者クラブの他社の記者に言われます。
「娘の放火は俺たちも知っていたが、自殺する可能性があるから、娘さんの気が落ち着くまで記事は待ってほしいと警察が頼みに来ていたんだ」
「俺達の仕事は報道だ。人の罪を暴くことでも、制裁を加えることでもないと思うよ」
その晩はやけ酒をあおる前田。
「オレが56したんじゃない。真実を書いてなにが悪い。記者クラブの連中は、オレがスクープを取ったから妬んでいるだけだ」
深夜、帰ると「病院にお連れします」との書き置きがありました。
妻の出産予定日でした。
病院に向かうと、そこには記者クラブの記者たちとその夫人たちが。
「奥さんから、記者クラブに『産気づいた』って電話があったから、みんなで運んだんだ」
そして、女の子が無事生まれました。
「すみません。なんとお礼をいっていいか」
「記者仲間じゃないか。つまらんこと気にしなさんな。地方通信員はたしかに栄転ではないかもしれないが、どこにいたって記者の誇りを持って仕事をする限り、記者に栄転も左遷もないよ。俺たちを支えているのは、その誇りじゃないのか」
心を入れ替えた前田は、ヒマダネの取材をするようになりました。
「諸法無我」の人間ドラマを第1話で描いた
前述のように、私が最初に『人間交差点』を知ったのは、コンビニ用に編集された単行本でした。
その第1話が、作品のタイトルにもなっている「人間交差点」の巻でした。
主人公の中年男性は、自分の会社が倒産し妻と子供にも見捨てられ、自サツを決意します。
そして、高層ビルの屋上から飛び降りようとしますが、その瞬間に、他の人々の人生の断片が頭に浮かびます。
それは、彼がこれまでに出会った人々や、彼が知らない人々の人生の一場面で、幸せや悲しみや苦しみや希望など、さまざまな感情が渦巻いています。
彼は、自分だけの人生ではないと気づき、自サツをやめることにします。
今にして思うと、本作で言う「交差点」とは、仏教の「諸法無我」であり、私は大変印象に残りました。
人は単独で生きるものではなく、皆が影響し合いながら「生かされている」ということです。
ですから、自分がいい加減な人生を過ごしたり、勝手なことをしたりすれば、必ず周囲に迷惑をかける、という仏教の教えです。
1話完結のオムニバスなので、移動の合間とか、ちょっとした空き時間に1話ずつ読むことができます。
お勧めの作品です。
以上、人間交差点(原作/矢島正雄、漫画/弘兼憲史、小学館)は、人生の様々な喜怒哀楽を描いた単話オムニバス形式の人間ドラマです。でした。