刑務官が明かす死刑の話 (一之瀬はち著、竹書房)は、死刑執行までの過程や死刑の決まりなどを刑務官からヒヤリングして漫画化しました。死刑執行や刑務官の職務など、謎の部分を1テーマ1ページ8コマで次々明らかにしていきます。
『刑務官が明かす死刑の話』は、一之瀬はちさんが竹書房から上梓した漫画書籍です。
バンブーコミックス エッセイセレクションというレーベルがついています。
タイトル通り、一之瀬はちさんが刑務官からヒヤリングした、拘置所における死刑執行までの過程や死刑の決まりなどを漫画化しています。
漫画は、ひとつのテーマについて1ページ8コマでまとめています。
本書はKindle版です。
2022年7月5日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
刑務官は家族にもボタンを押したことを知らせない
本書は、刑場を漫画で描いています。
日本の「死刑」は絞首刑。
刑務官がボタンを押して床を落とし、死刑囚は首をつったまま地下に落とされます。
死刑囚本人だけでなく、刑務官にも死刑執行が伝えられるのは、当日の朝。
本書によると、全国にいる刑務官は約18000人。
その中で、死刑執行においてボタンを押す人は1回につき3~5人。
複数の人が押すことで、「誰が押したボタンか」ということがわからないようになっています。
死刑が執行されるのは、1年あたり6~8件。
したがって、ボタンを押す刑務官になる確率は、年間0.1%。
少ないけれど、命じられたら断れない。
そりゃそうですよね。それが仕事だから。
嫌なら初めから刑務官になってはいけません。
ただ、選ばれるのにはそれ相当の根拠があるといいます。
- 死刑設備のある拘置所に勤務していること
- 等級が看守部長以上(ノンキャリアで10年以上の経験が必要)
- 精神的に安定している
- 本人が妊婦、もしくは配偶者等に妊婦がいない
- 特定の思想や宗教を持たないこと
- 勤務態度が良いこと(職務上のミスや失態がない)
ボタンを押したときの手当は2万円。
使い切るという不文律があるそうです。
俸給とは別に当日支払われるとか。
明細に入ったら、配偶者に知られるかもしれません。
死刑に立ち会ったことを家族が知って、外部に漏れたら大変です。
死刑囚の家族から恨まれてしまうかもしれません。
つまり、死刑執行の刑務官は、自分の家族にもボタンを押したことを秘密にしているのです。
……と、死刑執行までの過程や死刑の決まりなどが紹介されています。
刑場には、やはり「出る」らしい
私が興味深かったのは、人を殺してしまう場である以上、「出ないの?」ということです。
別に、私が霊魂とかたたりを信じている、という意味ではありません。
たとえば、羽田空港を作るので、穴守稲荷の大鳥居を移動させようとするとけが人が出るとか、怖い話があるじゃないですか。
実は合理的に説明がつくかもしれないことでも、当事者からしたら「きっとあるに違いない」と確信することもあるかもしれない。
……と、思ったら、やはりありました。
たとえば、本書33ページ。
『掃除のルール』という巻があります。
刑務所の掃除は、素行の良い受刑者の仕事ですが、死刑場の掃除は受刑者には決してやらせない、という話です。
では誰が行うのかというと、管区警備隊です。
刑務所のトラブルに対応する人員で、死刑の際、死刑囚を刑場に連れていく役割も果たします。
ほぼ全員が有段者だそうですが、ひとつだけ恐れているのは、刑場で目撃される幽霊だそうです。
掃除の後は、清めの塩を大量に撒くのだとか。
本書100ページの、『奇妙な合致』というタイトルの漫画も興味深い。
刑務官が説明します。
「拘置所で起こる事件によくあるのが、『奇妙な合致』だ」
数十年前、顔見知りの女性を些細な口論から殺害し、死刑判決を受けた死刑囚がいました。
死刑回避のため、弁護士と積極的に接見していたはずなのに、ある日、自身の靴下を使って自殺。
それが、女性を殺した日と同じだった。
漫画では、死刑回避に熱心だったはずの死刑囚が、なぜ急に自殺したのかは全くの謎で、もしかすると「呼ばれた」のかも、と結んでいます。
私は唯物論者で、肉体が亡くなったらそれっきりだろうと思います。
仏教各宗派も、霊魂は客観的存在ではない、としています。
しかし、そもそも人間はすべてが見えるわけではない。
「幽霊はいる」と信じ込む人も合理的ではないが、「幽霊はいないよ」と決めつける人もいかがなものか、というのが仏教の僧侶なら答えるであろう回答です。
みなさんは、どう思われますか。
大島渚監督の『絞死刑』は正しかった
本書を読んで、思い出した映画があります。
大島渚監督の『絞死刑』(1968年、ATG)です。
大島渚監督の『絞死刑』(1968年)は「論理の喜劇」だ。
在日朝鮮人の死刑囚が絞首刑で死なないことにより、国家側の論理が崩れ、死刑場が喜劇的な舞台になっていく様が実に面白い。
それにしても、渡辺文雄、佐藤慶、小松方正、戸浦六宏というキャストは実に濃い。お腹いっぱいである。 pic.twitter.com/Td34OtikpX
— 中井寛一 (@ichikawakon) August 8, 2019
タイトルからして独創的です。
絞首刑ではなく、絞死刑なのです。
在日朝鮮人死刑囚のR(←劇中こう命名)は、絞首刑に処せられたものの失敗。
しかし、そのショックで心神喪失になってしまいます。
刑事訴訟法では、刑の言い渡しを受けた者が心神喪失状態にあるときには、執行を停止しなければなりません。
そこで刑務官たちは刑の再執行のため、Rに記憶と罪の意識を取り戻させようと、滑稽なまでに躍起になる話です。
作品のモデルは、1958年に東京で発生した小松川事件の犯人。
当時、事件の背景として在日朝鮮人の差別と貧困が取り沙汰されたため、作品は死刑制度の原理的問題とともに、在日朝鮮人についても描いています。
Rを演じた俳優は、その後リアルで民族団体の大幹部になり、晩聲社というルポルタージュやジャーナリズムで実績のある出版社の社長に就きました。
若い頃、晩聲社の本ではずいぶん勉強させてもらったので、「あの絞死刑の人が……」とちょっと驚きましたね。
それはともかくとして、『絞死刑』の冒頭は、刑を執行する場が再現され、ナレーションで解説されています。
それが、本作『刑務官が明かす死刑の話』で描かれているものと寸分違わないのでびっくりしたのです。
大島渚監督は、すでに1968年時点で、死刑執行の現場を知っていたのですね。
大変面白い(interested in)作品であったと思います。
しかし、こんにちに至るまで、そのことが世間一般に周知されているとはいえません。
『絞死刑』は、マニアにはウケた作品ですが、いかんせんテーマがデリケートなものなので、大島渚監督が亡くなったときも、CSの映画チャンネルで追悼放送はされなかったと思います。
機密事項というより、なんか危ないことっぽいからタブー視しよう、という印象が強くあります。
その意味で、本作『刑務官が明かす死刑の話』が、改めて死刑執行までの過程や死刑の決まりなどを表沙汰にしたのはよかったのではないでしょうか。
漫画として読みやすいのもいいと思います。
みなさんも、いかがですか。
以上、刑務官が明かす死刑の話 (一之瀬はち著、竹書房)は、死刑執行までの過程や死刑の決まりなどを刑務官からヒヤリングして漫画化、でした。