女たちの事件簿超合本版3巻(女たちの事件簿編集部著、青泉社)は、『ストックホルムシンドローム』など13作の漫画を合本収載しています。誘拐犯と同じ場所で、長い時間を共有したことで、犯人を愛してしまった被害者女性の切ない心が描かれています。
『女たちの事件簿超合本版3巻』は、これまでにリリースされた『女たちの事件簿』の7~9巻を合本したものです。
『女たちの事件簿』は、女性が主人公として、事件を起こしたり、逆に事件に巻き込まれたりするストーリーの読み切り漫画を4~5作収載しています。
ですから、今回の『女たちの事件簿超合本版3巻』は、全部で13作品をまとめている超豪華版です。
これは、読み応えありますよ。
具体的な作品と作者名は、次のとおりです。
女たちの事件簿7
奪われた性
あの悪夢の日から私の心は死にましたー
嘘の行方……立木美和
天使は2度死ぬー前後編ー……たむろ未知
登山靴の女……高谷薫
女たちの事件簿8
病んだ女
認知症、心の病……病気が私の幸せを壊していく
ストックホルムシンドローム……小林薫
死との抱擁……岡村えり子
緋色の罠……成毛厚子
鬼夜ごもり……新久千映
女たちの事件簿9
ストーカー
しつこい電話、待ち伏せ……逃げても逃げてもあの人が追いかけてくる。
Prophetic……おおにし真
ラブ・コレクター……奥田桃子
隣の彼女……黒川普
疫病神……中沢ネオ
声堕ち……湶野あやめ
今回はその中で、『ストックホルムシンドローム』をご紹介します。
法務大臣の秘書であり娘である江梨子が、冤罪で死刑囚にされてしまった兄の釈放を求める直人に、誘拐されました。
江梨子を人質にして、兄の釈放を求めたわけです。
しかし、直人と時間をともにしているうちに、江梨子の心からは恐怖が消え、いつしか友達のようなやりとりになり、それどころか、次第に江梨子の方が直人に心惹かれていく過程が描かれています。
これは実に完成度の高い恋愛ドラマです。
なお、この記事ではKindle版をもとにご紹介しています。
本書は2022年12月19日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
誘拐犯のために、自分からバリケードを作って警察と闘う被害者
舞台は、永田町の議員会館。
主人公の女性・佐倉江梨子は、代議士であり法務大臣である、父親・佐倉泰造の秘書を務めています。
佐倉泰造は、江梨子を、公設第一秘書の川瀬と結婚させて、自分の地盤を継がせたいらしい。
江梨子も、今の家に生まれた以上、自由な結婚は諦めていました。
そんなある日、午前中の定例会見で、佐倉泰造法務大臣は、死刑執行について「異例のスピード」であることを指摘され、「法に基づいて粛々と任務を遂行している」と答えています。
スタツフはもちろん、佐倉泰造に同情しながらその中継を観ています。
江梨子はその間、息抜きでキャラメル・マキアートをコーヒーショップでオーダーし、公園でいただくことにしました。
ベンチに腰掛けてくつろいでいるとき人影が……。
「佐倉江梨子さんだね。一緒に来てもらおう」
江梨子は、キャップをかぶった男に車に載せられると、手足を縛られ、山小屋に監禁されます。
「あんたを誘拐した。ここにしばらくいてもらう」
「お金なら父に言ってくれれば……」
「要求は金じゃない。トイレぐらいはいかせてやる。逃げようとするな。逃げたら死ぬ」
男は、法務大臣宛にメールを送ります。
要求はふたつ。
1.本日より3日以内に政界を引退せよ
2.東京拘置所にいる死刑囚、達川直也を無罪で釈放しろ
べらぼうな要求です。
死刑執行は法務大臣の責任でも、死刑か無罪かを決めるのは裁判所だからです。
小屋では、江梨子が脱出を企てます。
トイレの小窓から逃げ出し、裸足で必死に夜道を走りますが、道はなく、崖から滑り落ちそうになります。
そこに、銃を突きつけた男。
「逃げたら死ぬと言われた。私は殺されるんだわ」
江梨子は覚悟を決めますが、銃をつきつけたのは、「これにつかまれ」という意味でした。
「だから言ったろ。逃げるなって。このへんは熊も出るんだから」
「私を殺さないの?」
「死ぬとはいったが、殺すとはいってない。脚見せてみろ」
見ると、スネからはダラダラ出血が。
患部に消毒薬を塗る男。
「手当してくれるんだ。この人、もしかして、口数少なくて損してるタイプなんじゃないの?この人誘拐犯だけど、もしかしたら普通の人なんじやないかしら」
江梨子の勘違いが始まりましたね。
誘拐犯という現実はどこに行っちゃったんでしょうか。
ニュースで明らかになった男の名は、達川直人。
無罪釈放を要求した死刑囚の実弟でした。
達川直也は、連続強盗殺人の疑いで逮捕され、3年前に死刑判決が出ましたが、「冤罪なんだ」と直人は言います。
父親の佐倉泰造は、「娘の命を考えたら自分のことなんてどうでもいい」と、大臣を辞任した上で政界引退を表明。
しかし、警察は事件が起こっても、「犯人の要求には屈しない」という結論で一致しました。
江梨子は直人に言います。
「なぜ裁判で言わないの」
「最高裁まで行った。誰か一人でもまともに信じてくれたら、こんなことはしない」
「こんなことして、仮にお兄さんが釈放されたって、今度はあなたが本当の犯罪者じゃないの」
「いいんだ僕は。もともと大した人間じゃない」
江梨子は、こうしたやりとりからも、少しずつ直人に関心が深まります。
直人は、食料にコンビニのおにぎりを買ってきましたが、江梨子が卵アレルギーだというと、自分の分と取り替えてくれました。
「ピクニックみたいだな」
直人の何気ないひと言で、「私もそう思った。この人、やっぱり普通の人だわ」と考える江梨子。
江梨子は、いったん怖くないと思うと、自分から話しかけられるようになります。
「私のこと、どこで知ったの?」
「ネットの時代、検索かければ画像ぐらいすぐにわかる。あとは行動パターンを調べて。住む世界の違う人間だと思った」
「それ、どういう意味よ。私だって、あなたみたいな人、まわりにいないわ」
すっかり普通の男女の会話になっています。
「うちは普通だ。いや、普通だった。親父は自殺したし、おふくろは病院にいる。あんたにこんなこと話しても仕方ない」
「どうせ私なんかにはわからないっていうんでしょ。わからないわ。だからお兄さんのこととか教えて。あなたがどんな目にあったか、信じるから」
「ありがとう」
あれまー、すっかり友達の会話から恋人フラグがたってるじゃありませんかーっ。
いいんですか。
翌日になり、江梨子は自首を勧めます。
直人は、ちょっと気を許しすぎたと思ったのか、江梨子の口にガムテープを貼り、「俺はあんたを殺すこともできる誘拐犯。お互いわきまえた方がいい」と、釘を差します。
しかし、江梨子はもう、「いいえ、あなたはそんなことしないわ」と、直人に信頼を深めています。一方的に。
こうしている間にも、警察はこの小屋を突き止め、登降を呼びかける準備を進めています。
山岳警備員の直人は、外の森林の雰囲気から、それを察知。
江梨子の口のガムテープをはがし、手足も自由にします。
「警察が突入してくる時は、催涙ガスを使ってくるから、目鼻口押さえて伏せてろ」
「あなたは、私のことを盾にして逃げないの?」
「もういいんだ。あんたが信じてくれたから、もういい」
くーっ、こんなことを言われて、江梨子はますます心を奪われてしまいます。
何と、江梨子は自分から小屋の戸の内側に家具を重ねて、直人のためにバリケードを作っています。
「もっと抵抗しなさいよ」
「あんた変わってるな」
「私だって、あんたみたいな投げやりな人いないわ。みんなもっとしたたかよ」
江梨子は思います。
犯罪者と被害者。
もし、私たちが、こんな出会いでなかったら、あなたのこと、どう思ったかしら。
警察がはいってきました。隣の部屋まで来ています。
直人は江梨子に、布をかぶせます。
「催涙ガスだ。伏せて。ここにいるんだ」
「あなたは?」
直人は、何か言いましたが、江梨子には聞き取れません。
「何?なんて言ったの?」
それを確認することは出来ずに、直人は投降しました。
うーん、もう恋愛ドラマみたいですよ、この展開。
江梨子は帰宅しましたが、1週間経ってもぼんやりしています。
あの日から、直人のことが頭から離れないのです。
「彼一人を行かせるべきではなかった。私がついていってあげればよかった。そして、あのとき何と言ったのか、もう1回聞きたい」
テレビで、直人がうつると、胸がドキッとしているのです。
どうしたの私、何ドキドキしてるの?
いやいや、江梨子さん。あなた被害者だからさ(笑)
父親の泰造は、元気がない江梨子に言います。
「どうだ、気晴らしに結婚してみるか」
もちろん、相手は公設第一秘書ですが、「気晴らしに」って言い方はないでしょうに。相手にも失礼です。
しかし、そのひと言で、江梨子は自分の心がはっきりと確認できたのです。
「パパ、ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
出たーっ
とうとう言ってしまいました。
今わかった。あの人に恋したんだわ。
「誘拐犯を愛しているだと?気は確かか」
何が何だかわからなくなってしまった泰造。
江梨子は、投降時に聞こえなかった直人のひと言が、「わたしと同じ気持ちだったんじやないかしら」と勝手に思い込み、何と事件の被害者なのに拘置所に面会に行ってしまうのです。
恋愛ドラマとしては、こんな盛り上がりはないですよね。
そして、直人と面会。
ストーリーは、ここから大どんでん返しが待っています。
詳しくは、本書をご覧ください。
ストックホルム症候群とはなんだ
『ストックホルムシンドローム』(小林薫)が描いているのは、タイトル通りストックホルム症候群です。
精神医学用語のひとつです。
誘拐事件や監禁事件などによって拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、仲間意識を感じてしまうことです。
具体的には、加害者に好意や共感、信頼や結束の感情まで抱くようになる現象のことです。
常識的に考えたら、それっておかしいですよね。
でも、人間心理というのは不思議なものです。
1973年8月、スウェーデンの首都ストックホルムで、ノルマルム広場強盗事件と呼ばれる、銀行強盗人質立てこもり事件が起きました。
4人の人質が、犯人とともにいたのは181時間。
この事件では、人質はもちん被害者なのですが、犯人が寝ている間に警察に銃を向けるなど、人質が犯人に協力して警察に敵対する行動を取っていたのです。
また、解放後も人質が、犯人をかばい警察に非協力的な証言を行い、さらには人質のうちのひとりの女性は、犯人グループのひとりと結婚してしまったのです。
うーむ、江梨子と直人は、決して作られたドラマではなかったのです。
なぜ、そんなことが起こるのか。
被害者は、犯人に監禁されて食事もトイレも自由がなくなります
そんなときに、犯人から食べ物をもらったり、トイレに行く許可をもらったりすると、感謝の念が生じるというのです。
そして、犯人に対して好意的な印象をもつようになり、犯人も人質に対する見方を変えることで、事件の加害者と被害者が連帯してしまうのです。
それって、どこかで聞いたことありませんか。
ヤクザが、情婦に暴力を振るったり、お金をむしり取ったりする日常の中で、たまに優しい言葉をかけたり、博打で儲けたからと小金を与えたりすると、すごくありがたく感じて、そのヤクザから離れられなくなるパターン。
ちょっと事情は違うかもしれませんが、「がんになってありがとう」っていうのもそれと似てますよね。
がんになったからこそ、わかったことがある。
だからありがとう、という理屈ですが、いや、それと引き換えに健康という、もっと大事なものを損ねているだろうという話です。
まあ、がんの場合には、そういわないとやってられないよ、ということがあるので、もちろん同列に並べるつもりはありません。
事件の加害者と被害者で結婚するのは自由ですし、本人たちが幸せならとやかくいうことありませんけどね。
たとえば、子どもが生まれたら、なれそめを話すとき、どうするんでしょうね。
でも、人を好きになるというのは、そういうことはどうでもよくなるんですよね。
ま、ぜひ本書で、その顛末をご確認ください。
以上、女たちの事件簿超合本版3巻(女たちの事件簿編集部著、青泉社)は、『ストックホルムシンドローム』など13作の漫画を合本収載、でした。