“後妻業事件”と呼ばれた関西青酸連続死事件などを描いたのは、マンガ「獄中面会物語」(塚原洋一作画、片岡健原作、笠倉出版社)です。原作者の片岡健さんが、刑務所や拘置所で面会した7人の殺人犯の実像を描いているノンフィクションコミックです。
『マンガ「獄中面会物語」』は、塚原洋一さんの作画、片岡健さん原作によって、笠倉出版社から出版されました。
原作のタイトルは、『平成監獄面会記』 (サクラBooks、笠倉出版社) 。
というものです。
“後妻業事件”と呼ばれた関西青酸連続死事件など、7事件の容疑者(殺人罪⇒死刑判決)と面会しています。
本書は2022年8月14日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
「悪人」というより人格に何らかの異常がある
本書『マンガ「獄中面会物語」』で面会した殺人犯は、次の7人です。
- 小泉毅(面会場所・東京拘置所)
- 植松聖(面会場所・横浜拘置支所)
- 高柳和也(面会場所・大阪拘置所)
- 藤城康孝(面会場所・大阪拘置所)
- 千葉祐太郎(面会場所・仙台拘置支所)
- 筧千佐子(面会場所・京都拘置所)
- 上田美由紀(面会場所・松江刑務所)
元厚生事務次官宅連続襲撃事件(平成20年)――「愛犬の仇討ち」で3人殺傷
相模原知的障害者施設殺傷事件(平成28年)――19人殺害は戦後最悪の記録
兵庫2女性バラバラ殺害事件(平成17年)――警察の不手際も大問題に
加古川7人殺害事件(平成16年)――両隣の2家族を深夜に襲撃
石巻3人殺傷事件(平成22年)――裁判員裁判で初めて少年に死刑判決
関西連続青酸殺人事件(平成19~25年)――小説「後妻業」との酷似が話題に
鳥取連続不審死事件(平成16~21年)――太った女の周辺で6男性が次々に……
原作では、この7人のほかに、「冤罪の疑いがある」とする横浜・深谷親族殺害事件(平成20~21年)の新井竜太死刑囚が加わっています。
本書では、原作者いわく「悪人は1人もいなかった」。
といっても、もちろん彼らの行動原理を是とするわけではありません。
「彼らは悪人ではなく、善悪の基準が現代の一般的な日本人と異なる人間」「実際に対話してみて、悪人とみるよりは、人格に何らかの異常がある人物だとみたほうが妥当だ」と記しています。
こう書くと、被害者・犠牲者側の感情を逆なでするでしょうし、下に書くようにその点で賛否両論ではあります。
ただ、私は一理あると思いました。
何をもって「悪人」というのか。
もちろん、人様に手をかけたり人のものを盗んだりという行為は「悪」です。
ただ、世の中には、逮捕や起訴されていないだけで、影に隠れている「悪」人はいるでしょう。
誰かにヤらせるとか、マインドコントロールがまた話題になっていますが、マインドコントロールする側というのは、明らかに悪人ですよね。
刑事的には、刑法に違反した人が逮捕起訴されます。
ただ、そのことを除いた、人としての生き様でなにをもって「悪人」というかは難しいところです。
「後妻業の女」「後妻業事件」などといわれた事件
京都、大阪、兵庫などで、青酸化合物入りカプセルを飲ませて3人を殺害した筧千佐子死刑囚。
筧千佐子死刑囚は、2012~13年に、夫・筧勇夫さん(当時75)と、70代の交際相手の男性2人に遺産目当てで青酸化合物入りカプセルを飲ませて殺害。
2007年には、借金返済を免れるため知人男性にカプセルを飲ませて殺そうとしたとして、3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪に問われたのです。
他にも、交際した男性が次々不審な死を遂げており、「『被害者』は10人を超すと報じられた」(本書より)女性です。
2021年6月9日に、最高裁第三小法廷(宮崎裕子裁判長)が弁護側の上告を退け、死刑とした一審・京都地裁の裁判員裁判の判決が確定しました。
高齢者男性との結婚や交際を重ねて、遺産相続を目当てに相手の男性を殺害したことで、黒川博行さんの小説『後妻業』のストーリーを彷彿とさせることから、「後妻業の女」「後妻業事件」などといわれています。
片岡健さんは、死刑判決を受けた3日後からアプローチを開始。
本人からは「手ブラでね、気づかいなしで」というはがきが届きます。
片岡健さんは、この文面で「いい人」そうな印象を受けます。
「千佐子の疑惑を知っている私ですらそう感じるのだ。何も知らずに千佐子と交際や結婚をしたのち不審死した高齢の男性たちも、間違いなく千佐子に最初から好感を抱いただろう」
「手ぶら」ではなく「手ブラ」っていうのがね、何とも……。
死刑については、今更どうのこうのという気持ちはなく「明日死刑になってもいい」「私の罪は深いです。重いです」という気持ちであるものの、殺したのは筧勇夫さんだけだといいます。
それ以外の人は殺す理由がないと主張するものの、片岡健さんには信憑性を感じなかったそうです。
それ以降も、面会や手紙のやりとりが続いたものの、「本当にマジで心からお逢いしたいで~す」「首を長くしておまちしておりま~す」「毎月使い切れないほど(笑う)年金もらってますので……(又笑う)健さんと近くだったらデート時の費用、私が払うのに(笑)」といったはがきが届いたそうです。
健さんは、「この筆まめさやてらいのない愛情表現により、高齢男性たちを篭絡していたのだろう」と述べています。
ネットで検索して、筧千佐子死刑囚の顔写真も見ました。
特別美人というわけでもいけれど、たしかに「筆まめさやてらいのない愛情表現」攻撃を受けたら、その気になってしまうかもしれませんね。
私も絶対にそうならないという自信はありません。
もっとも、殺した相手に対しては申し訳ないという気持ちを持つのに、遺族に対しては「ないですね」とのこと。
家族が殺された人の気持ちが想像できないらしい、と片岡健さんは書いています。
「悪人というより何か重篤な精神医学的な問題か心理学的な問題を抱えた人物ではないかと思うようになった」
出自は、生まれてすぐに養女に出されたものの、大人になるまでその事は知らなかったそうです。
生みの親には、「生きているうちに会ったら裏切ることになるから」育ての親が亡くなってから会ったとか。
でも、会っても自分はシラケていたとか。
「育ての親の方が大事です。いい両親やったからね」
片岡健さんは、「自分の出自を知ったショックが人格を歪めた可能性がありそう」と論考しています。
それにしても、人間て不思議ですね。
どうしてそこまで、筋通せる分別や思いやりがあるのに、一方で死刑判決を受けるほどの犯罪ができるのか。
このように本書は、マスコミ報道や周辺取材だけでなく、本人の「生の声」を聞きながら事件といきざまについて肉薄していくのです。
しかも、漫画化されていることで、私のような集中力のない人間でも一気に読み進められるようになっています。
善悪ではなく、そうせずにはおれない生き様を書ききるもの
本書は、Amazonのコメントを読むと賛否両論です。
死刑囚ないしは死刑判決が出るだろうと思われている殺人犯の、生き様や動機に寄り添っているので、あたかも彼らを肯定しているように思われるのかもしれません。
著者の主観にすぎない、と唾棄しているコメントもあります。
しかし、本書は彼らの罪を肯定している件はどこにも書いていないし、そもそも読み物というのは著者の考察で書くものですから、主観であるとの「批判」は意味不明です。
そんなに客観的なものがお好きなら、裁判記録だけを読んだらいい。
もっとも、裁判記録にしても、100%必要な事柄が網羅されているとは限りませんが。というよりそうではないと思いますが。
読み物というのは、ノンフィクションであろうが小説であろうが、著者が書かずにはおれないことを書くものです。
不倫だろうが、殺人だろうが、法律や倫理などではなく、その人がそうせずにはいられなかった生き様を描く。
その一点で書ききるものです。
その意味で、殺人犯たちの動機を知るという点では、興味深い読み物であると思います。
それと、私が本書で気づいたこと。
ネット民の無責任な断罪と実体の乖離です。
ネット民は何か事件があると、被疑者は精神異常者を装い無罪を勝ち取りたがるような「読み」をしたがりますが、実際にはそんな都合の良いパターンはなく、むしろ、「警察や検察が、実際よりも悪く脚色」することで、精神異常者でも強引に起訴され、行く行くは死刑台に送り込まれているということです。
これ、よくあるんだよね。
たとえば、生活保護不正受給というと、ネット民はほんの僅かな例を引っ張り出してきて騒ぐ。
で、それが結果的に、受給のハードルを上げることでになり、大半の正当な受給者を苦しめることになっていると。
おかみを喜ばす、愚かな重箱の隅主義者。
私は以前、子供が遷延性意識障害の診断を受け、障害者手帳(身体)の申請をしたことがあるのですが、子が6ヶ月過ぎてから回復の兆しを見せ、高次脳機能障害に「回復」すると、何も報告していないのに手帳の申請が却下されていました。
いくら回復したと言っても、高次脳機能障害ですから、手帳の対象者であることには変わりはないのですが、前提が変わったのだから一から申請し直せ、ということなんですね。
「ああ、行政は情報管理が行き届いていて厳しいなあ」と思ったものです。
生活保護にしたって、給付決定まではそんなに甘いものではないはずです。
そもそも、そういう「批判」をしている人は、左派的な人が嫌いらしいのですが、不正受給が行われるような瑕疵のある仕組みを作ったのは与党でしょ、という話なんですけどね。
話を戻しますが、まあネットの無責任な書き込みで完結している手合いには、ぜひお読みいただきたい力作です。
以上、“後妻業事件”と呼ばれた関西青酸連続死事件などを描いたのは、マンガ「獄中面会物語」(塚原洋一作画、片岡健原作、笠倉出版社)でした。