『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎著、築地書館)は、犯罪報道のたびに取り沙汰される少年事件の「増加」「凶悪化」に対する反証本です。少年凶悪犯罪(盗難を除く)は戦後一貫して減少傾向にあり、衝動性残虐性なども大して差がないという話です。
要するに、凶悪少年犯罪が増えたのではなく、単に凶悪少年犯罪をマスコミが報道することが増えただけということです。
少年犯罪は増えているわけではない
事件を起こした18、19歳を「特定少年」と位置づけ、厳罰化する改正少年法が2021年5月21日、参院本会議で可決、成立しました。
特定少年は原則として検察官送致(逆送)とする対象事件を拡大。
起訴された後は実名報道が解禁されます。
成人年齢を18歳以上に引き下げる改正民法と同じ2022年4月に施行されます。
【厳罰化】改正少年法が成立、18・19歳は実名報道へhttps://t.co/FODZSBkFV8
「特定少年」と位置付ける特例を設け、刑事裁判にかける対象犯罪を拡大。起訴後は実名報道も解禁。成人年齢を18歳に引き下げる改正民法と合わせ、来年4月1日に施行する。
— ライブドアニュース (@livedoornews) May 21, 2021
文部科学省は公式サイトで、「全刑法犯検挙人員に占める少年の割合はおよそ4割にも達している。」「刑法犯少年の人口比(同年齢層人口1,000人当たりの検挙人員)は、ここ数年増加を続けて17.5(成人の7.6倍)となり、戦後最高水準に近づいている」「国民の身近な犯罪である路上強盗やひったくりなどいわゆる街頭犯罪における検挙人員の約7割を少年が占めるなど、憂慮すべき状況」など、大変深刻な書き方をしています。
そこで、新聞や週刊誌の記事には、「昨今、続発する少年凶悪犯罪……」という書き出しも定番化するわけですが、『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎著、築地書館)は、結論から述べるとそれを否定しています。
本書は、少年犯罪は増えているわけではなく、個々の事件も、昔のほうがずっと凶悪であったことを示した書籍です。
章ごとのタイトルが、「戦前は~の時代」で統一されており、その「~」の部分は、「脳の壊れた異常犯罪」「親殺し」「老人殺し」「主殺し」「いじめ」「キレやすい少年」「教師が犯罪を重ねる」「教師を殴る」などが入ります。
本文では、該当する具体的な事件を極めて詳細に追っています。
戦前もそうした凶悪事件がわんさかあったということです。
重い内容で、読み終えた時は疲れを感じました。
それにしても、「教師を殴る」なんて、ちょっと意外だと思いませんか。
戦前の教育は、教師が一段高いところからエラソーにしていたイメージがありますよね。
でもむしろ、エラソーにしているのは現代のほうかもしれません。
だって、教師が生徒に暴力を振るったり暴言をはいたりする事件が、しばしば報道されているじゃないですか。
本書は特定の事件を取り上げているだけなので、戦前に対する解釈として絶対的な正解かどうかはわかりません。
ただ、とにかく昔はのどかで凶悪犯罪なんてなかった、という認識は事実ではない、ということです。
統計の反証は多くの研究者・識者が行う
たとえば、東京大学市川研究室のサイトにある『少年犯罪は凶悪化したか?』(担当:日下珠美)によると、「殺人」は「昭和40年までは、300人台から400人台で推移していたが、40年以降減少し始め、50年以降は100人を切り、以後100人を推移している。少年10万人当たりの人口比も、昭和45年に1人をきって以降0.5人前後という非常に低い水準で推移」。
「強姦」は「昭和30年代前半から、40年代初めにかけては、4000人を越えるほどであったが、以降減少し続け、50年代初め以降は1000人以下、平成に入ってからは500人以下になり、ここ数年は300人以下」。
「強盗」は「戦後まもなくの混乱期は3000人弱で、少年10万人当たり15人という水準にあったが、社会の安定とともに減少し、昭和46人には1000人を切ったものの、平成に入ったころから増加に転じ、平成8年には再び1000人を越え、以降1000人後半を推移している」が、「強盗は単独犯よりも共犯が圧倒的に多く、共犯の割合が増加していることから、検挙者数を見るだけで強盗の件数が増加しているということはできないのかもしれない」と留保を付けています。
また、「少年犯罪の増加」とされることについては、「刑法犯の9割近くが、万引きや、バイク・自転車盗といった「窃盗」と、放置自転車の乗り逃げを中心とした「横領」であるということだ。これらの犯罪は「警察の検挙・取り締まり方針に左右されがちな上に、一過性の「初発型非行」という性格の強いものである。」という指摘もあり、これらが大半を占めるグラフを用いて、昨今の少年犯罪の増加言説を支持することはできないであろう」としています。
こうした、データによる反証は、多くの研究者・識者が行っています。
民事の芽を摘み取った「私刑」
当時の少年に比べて、今の少年犯罪は、少年法を計算して大した罪に問われない事を前提に事件を起こしているという意見もあります。
私も、そうしたある種の狡猾さについて否定はしません。
ただ、そこまで指摘するのなら、ぜひ「私刑」に対する対処も考えて欲しいと思います。
たとえば、神奈川県川崎市の多摩川河川敷で、13歳の少年が43箇所を切られ殺害された事件。
主犯の父親が、「私刑」の影響で依願退職したというニュースがありました。
それでいちばん困るのは誰だと思いますか。
これによって、民事裁判をしても、おそらく賠償金を取れない被害者の親権者です。
もし、主犯の父親がそのまま働いていたら、賠償金をとれたかもしれません。
「私刑」がその芽を摘み取ったのです。
少なくとも、父親は「私刑」を口実に責任回避できますから。
民事の賠償金は一般債権ですから、被告に支払い能力がなかったら、いくら賠償の判決になっても何の意味もなくなってしまうのです。
今回、被害者は2度被害にあったのかもしれません。
1度目は事件の犯人。
2度目は「私刑」した連中。
ネットで叩くことが生きがいの「私刑」熱中人は、そのへんも考えてみてください。
以上、『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎著、築地書館)は、犯罪報道のたびに取り沙汰される少年事件の「増加」「凶悪化」という見方に対する反証本、でした。