『消えた記憶』は、交通事故の後遺症で高次脳機能障害になった夫を妻が支え、夫は障碍を残しながらも新しい職場に社会復帰する話です。『難病が教えてくれたこと8~失われてゆく記憶~』(なかのゆみ著、笠倉出版社)に収載されています。
『消えた記憶』は、『難病が教えてくれたこと8~失われてゆく記憶~』に収載された漫画で、なかのゆみさんが描き、笠倉出版社から上梓されています。
『難病が教えてくれたこと』(なかのゆみ、笠倉出版社)は、全17冊にわたって難病や障害と向き合う家族を描いた短編マンガ集です。人間はいつ誰がそうなるかわからないし、そうなってもおかしくない。そんな厳しい人生の偶然を考えさせてくれます。
『消えた記憶』がテーマとしているのは、厳密には「病気」もしくは「難病」ではなく、高次脳機能「障害」です。
それも、生まれながらの障碍ではなく、水泳で溺れたり、火災で一酸化炭素中毒になったり、交通事故で脳挫傷になったり、脳溢血になったりなどして、脳に酸素がいかなくなることで、脳神経細胞が死んでしまう中途障害です。
いったん死んだ脳神経細胞は、もとに戻りません。
中途障害というのは、それまでは健常だった人が、事故や病気の後遺症で障碍を抱えることをいいます。
高次脳機能障害については、これまで関連書籍を何冊かご紹介しました。
本作に描かれている高次脳機能障害者は、こうした書籍には描かれなかった所見が描かれています。
高次脳機能障害というのは、他者から見て可視化しにくいやっかいな障碍ですが、それだけでなく、可視化できる部分もいろいろな特徴があります。
そして、どちらかというと今回は、高次脳機能障害としては少し重いほうかもしれません。
本書は2022年12月23日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
中~重度の高次脳機能障害は自制がきかないことがある
『消えた記憶』は、交通事故にあった夫・雅義の手術を待つ、妻・晴美と娘・加奈の姿から始まります。
手術が終わり、医師が妻に説明。
「できることは全部やってみました。頭を強く打ってますので、意識が戻るのを待ちましょう」
「はい、ありがとうございました」
とりあえず、一命をとりとめたことで安堵する、妻と娘。
しかし、昏睡は2週間続きます。
心配になった妻が主治医に尋ねます。
「先生、2週間も主人は意識不明なんです。大丈夫でしょうか」
それに対して、医師の回答は厳しいものでした。
「難しいですね。意識が戻っても、後遺症が残る可能性があります」
寝ている夫に、娘が呼びかけます。
「お父さん。早く目を覚まして、おうちへ帰ろう」
すると、夫が目を覚まします。
「ここどこ?」
「お母さん!!お父さんが目を開けたよ!!」
「えっ!!」
妻も声をかけます。
「あなた、よかった!!」
が……
「誰ですか。あなた」
「えっ!! 私よ、妻の晴美です。ここにいるのは娘の加奈よ」
「知らない。わからないよ」
「えっ!!」
うーん、2週間昏睡していた人が、目がさめた途端、いきなりこんなにはっきりと会話はしないのですが、まあそれは限られたページ数でストーリーを進めるためなので、とにかく、ここでいわんとしているのは、目は覚めたものの、家族のことも覚えていない、という現実です。
医師が説明します。
「高次脳機能障害です。事故のせいで記憶がなくなっています。脳が萎縮して、脳の接続が切れてしまっています。脳に空洞があり、一気に老化したようになっています」
「えっそんな。なおらないんですか」
「はい、残念ですけど」
愕然とする、晴美。
「先生、私たちはこれからどうすればいいんですか? 主人はボケてるってことですか?」
「そうです。幼児になったと思って、やさしく話しかけてあげてください」
その際、医師は、こんな提案もしています。
「交通事故に遭った人たちで、同じ病気を抱えている人たちのグループがあります。リハビリを兼ねて、いろいろ作業をしています。救急医療の進歩で、助かる命が多くなりましたが、高次脳機能障害という病気になる人も増えています。そのグループに入って、リハビリをしたり、家族同士で悩みを話し合ったりすれば、励みになるかと思われますが……」
「はい」と返事する晴美の目からは涙が、リノリウムの床にポタッと落ちました。
夫が退院し、夫の母親も九州から上京します。
「お父さん、退院おめでとう。加奈ね、おばあちゃんと一緒にケーキつくったよ」
「雅義、大変だったね。酔っぱらい運転の車にぶつけられたんだってね。ひどい目に遭ったね」
「このおばあちゃん、誰?」
「雅義、何言ってるんだい。母さんだよ」
雅義は、母親に関心を持たず、食卓に向かい、娘が食べていたアイスを勝手に食べ始めます。
「それ、加奈が食べてたのよ」
雅義は、意に介しません。
「おいしい」
「お父さんが加奈のアイス取ったーっ」
加奈が取り返そうとしても、力ずくで渡さずに食べ続ける雅義。
あっけにとられて見ている雅義の母。
「お義母さん、雅義さんは記憶がなくなっているんです」
「えっ!!」
「病院の先生の話によると、5歳児ぐらいの脳になっているっていうんです」
これまでご紹介した、高次脳機能障害の患者例では、知能の低下というのは出てこなかったですが、これは中等~重症の場合に有り得る話です。
もっとも、5歳児でも、人のものを取ってはいけないことぐらいわかりますよね。
知能もさることながら、抑制がきかなくなるのが、高次脳機能障害の特徴なのです。
私の長男もそうでした。
私は11年前、火災で長男が遷延性意識障害となり、必死のリハビリで高次脳機能障害に「回復」したのです。
長男とリハビリの散歩をしていて、赤信号になったので止まると怒るのです。
僕は前に進みたいんだ、歩きたいんだということらしい。
必死に抑えましたね。
当時は7歳だったのでなんとか抑えられましたが、これが成人男性だったらと思うとゾッとします。
今は違いますけどね。
そういう時はありました。
物語に戻ります。
「もう仕事はできないのかい」
「リハビリしてから、簡単な仕事でもあればいいんですけど」
「これからどうするの?」
「私がパートに出ます。加奈には学童保育に入ってもらいます」
その傍らで、今度は雅義は、せっかく娘が作ったデコレーションのケーキを、切り分ける前に一人で食べています。
「お父さんが、ひとりでケーキを食べてるよ」
「あなた、一人で食べないで」
無視して、ガツガツと貪るように食べる雅義。
足元にボロボロ、ケーキのスポンジをこぼしています。
ケーキ自体はほぼ完食。
加奈は泣き出します。
「雅義、情けない。親より先にボケるなんて」と母親。
しかし、雅義はアハハアハハと笑っています。
「おかしくない。お父さんのバカ」と加奈。
これもわかりますね。
私の長男が意識を取り戻してから、しばらくは、いつもハハハと薄笑いをしていました。
高次脳機能障害の中~重症の特徴なんでしょうねえ。
このへん、実にリアルです。
妻は、クリーニング店で働くことに。
夫は家で大人しくテレビを見ているものの、部屋を散らかしています。
「お父さん、洗濯物を取り込んで畳んでくださいよ、できるでしょ」
「できない」
「やればできるわ」
「ハハハ」
「いつも笑ってごまかして!!」
これはたぶん、笑ってごまかしている対象が違うと思います。
雅義は、洗濯物をたたむことをごまかしているのではなく、畳み掛けるような会話についていけずに笑ってごまかしているのです。
外に散歩すると、公園のベンチでじっと座っている雅義。
高次脳機能障害を知らない近所の主婦は、陰口を言います。
「半年もブラブラして。バイトでもすればいいのに」
「私だったら、怒って実家に帰っているわね」
アイスキャンデーを舐めながら歩いている少年を見た雅義は、自分も欲しくなって、売店で「ください」とアイスキャンデーをもらいます。
が、もちろんお金は払いません。
クリーニング店に連絡が。
仕事を早退して交番に駆けつける晴美。
「お店の方には、105円、私が建て替えておきましたから」と警官。
「それにしても、まだ30代だろ。もうボケてるのか」
「脳外傷なんです。周りの人には理解されませんが、まるで幼児なんです」
「奥さんも大変だな」
「今度、アイスがほしいとき、ポケットの中に200円入れておくから、支払って買うのよ」
雅義は、またしても、言われていることがわからなかったようで、アハハと笑っています。
家では、加奈が、お父さんのことを作文に書く宿題ができずに困っていました。
アハハと言って部屋を散らかし、ケーキを独り占めして、アイスを食い逃げするなんて書けませんしね。
でも、この宿題もいかがなものかと思いますね。
母子家庭だったらどうするんでしょう。
晴美は思い余って、包丁を手にします。
「家族がいるのに、とても孤独だ。私一人では重たすぎる。辛い」
雅義が寝ている部屋に入る晴美。
「いっそ、あの事故で死んでくれたら……。加奈も一緒に、3人で無理心中するしかないわ」
しかし、隣で寝ている加奈を見て、結局思いど止まりました。
「できない。加奈まで巻き添えにするなんて。私、どうかしてる。私までおかしくなってしまっている」
晴美は、病院から聞いていた、高次脳機能障害を抱えたグループに参加することにしました。
ここから、運気が変わります。
雅義は、そのグループの紹介で、身体障害者や知的障害者の生活介護施設に通うことになりました。
そして、工場での単純な作業ですが、就労も実現しました。
字は書けるので、気がついたことや経験したことは、メモをする習慣をつけさせました。
事情を知らない近所の人は、不景気で再就職ができないから、それまでの営業職から工場の労働になったと思っています。
晴美は、夫は交通事故の後遺症で障碍があるから、今のところでいいのだと説明。
近所の人達も、はじめて事情を知ります。
はじめから、話していれば、近所の人に誤解されなかったかもしれませんが、晴美はやっと、この段階で話せるようになったのです。
また工場で働けるということは、良い方だと思います。
集団生活が、何よりのリハビリになったんでしょうね。
私の長男は、一酸化炭素中毒から、いったんは遷延性意識障害の診断が出て、そこから諦めずに段階的リハビリを行ってきましたが、現時点でも他人を真似る模写が苦手です。
つまり、“教える人が見本を見せて理解させる”というレッスンが奏効しにくいので、できるようになるまでの試行錯誤にかなりの時間がかかります。これも高次脳機能障害の典型的な症状です。
いずれにしても、高次脳機能障害について、実によく描けているストーリーだと思います。
病気と障碍の違い
ただし、本作は、高次脳機能障害のことを、時々「病気」と表現しているのですが、病気ではありません。
高次脳機能障害は、その名の通り障碍です。
病気と障碍の違いは、器質的な再生ができるかどうかにあります。
病気というのは、器質的な欠損ではなく、動きが悪くなったり、腫瘍ができたりなどして本来の働きができなくなるものです。
一方、障碍というのは、何らかの理由でその部位に欠損が生じたり、神経細胞が死んだりと、器質的に機能しなくなることです。
どんな重篤な病気でも、治癒や寛解があり得るものは「障碍」とはいいません。
ただし、直腸がんのように、それ自体は「病気」でも、その治療の結果、肛門を取って人工肛門(ストーマ)を入れる場合、器質的な欠損が生じるので、それは「障碍」になります。
よく、「〇〇を食べると自閉症になる、発達障害になる」なんていうデマがあります。
これはそもそも、「病気」と「障碍」の違いを理解していないことによる無知の所産です。
食べ物で、身体の器質が欠損するようなものがあったら、今頃パニックでしょう。
「〇〇を食べたら脳細胞が死んだ」なんてものがありますか。
「脳細胞の働きが悪くなる」ものなら、あるのかもしれませんが。
このデマは、障害児は食育で生じるかのような誤解と偏見を生むもとになります。
つまり、発達障害は親の食育が悪かったから、というデマにつながる許されない間違いです。
言い方を変えると、障碍というのは、染色体の異常であったり、冒頭に書いたような事故や後遺症を伴う病気で後遺症が残ったりした場合にのみ、発生します。←病気そのものは障碍とはいいません。
ですから、日常的な飲食で発生するわけではありません。
そこは、間違えないでいただきたいし、そういうデマに対しては、毅然とした態度で誤りを突っ込んでいきましょう。
以上、『消えた記憶』は、交通事故の後遺症で高次脳機能障害になった夫を妻が支え、夫は障碍を残しながらも新しい職場に社会復帰する話、でした。
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