目からウロコのシナリオ虎の巻(新井一著、彩流社)は、プロライターになるための発想、書くための技術と秘伝の発想法を収載しています。脚本家を目指すわけではなくても、視聴者として考える力が身につくエッセンスが詰まっており有用な書籍だと思います。
『目からウロコのシナリオ虎の巻』は、新井一さん(あらいはじめ、1915年1月1日~1997年11月23日)が彩流社から上梓した書籍です。
新井一さんは、映画製作および配給会社時代の、東宝の社員脚本家です。
Wikiによると、映画の脚本約300本、ラジオ・テレビドラマの脚本約2000本を執筆しました。
私の好きな、1960年代の東宝映画の屋台骨を支えた『社長シリーズ』『喜劇駅前シリーズ』も執筆しています。
東宝が「合理化」で分社化されてからは、シナリオ・センターを設立。
脚本家の養成につくしました。
ジェームス三木さん、内館牧子さんらがその代表的な教え子です。
そして、実は私もシナリオ・センターに在籍した時期があります。
要するに、私も新井一さんの門下生ということです。
門下生、なんて威張ったところで、プロとしての作品は、ドラマや映画では一本もないんですけどね。
ただ、ドラマ仕立てのカセット教材の脚本は何本か書いたことがあり、そこでは勉強したことが大いに役立ちました。
というより、やはり鑑賞者として、脚本の作り方を知っておくことは大変プラスになりましたね。
たとえば、起承転結といいますが、たんに4つのシーンだけでなく、当然それをベースに細かいストーリー展開を考えなければなりません。
その際、ハコ書きと言って、箱を8等分して、起1、承6、転1、結1と、大まかに8つのシノプシス(筋書き)を決めることを教わりました。
実際の箱ではなくて、メモ書きでもいいんですけどね。
この原則でドラマや映画を見ると、なるほど、この脚本家は基本に忠実だなとか、この人の構成は新機軸だな、といったことが見えるようになりました。
ですから、何も脚本家を目指していなくても、映画やテレビドラマを、より深掘りした鑑賞ができるという点で、本書は大変有用な書籍だと思います。
新井一さんは、「シナリオを書くことで、創る側も観る側も考える力が身につく」と「テレビは日本人の考える力を奪う『一億総白痴化の箱』」(シナリオ・センター公式サイトより)と言ったジャーナリストの大宅壮一さんに対抗しました。
要するに、大宅壮一さんは、テレビなんか見ていると視聴者は何も考えなくなると言っているのに対して、新井一さんは、シナリオの書き方を知ることで、テレビ(ドラマ)を考えて鑑賞するようになる、と「対抗」しているわけです。
お金と時間をかけた、シナリオ・センターで学ぶエッセンスの多くが、ここに収載されています。
ということで、今回は書籍の細かい内容よりも、論より証拠で、実際に作品を見ていきます。
書籍レビューではなく、映画レビューですね。
『喜劇駅前シリーズ』とは何だ
新井一さんは、1960年代に、東宝の人気映画であった喜劇駅前シリーズを2本書いています。
1960年代の東宝映画は、
森繁久彌社長の『社長シリーズ』(全33作)、
植木等、谷啓、もしくはクレージーキャッツ主演の『クレージー映画シリーズ』(全30作)、
加山雄三主演の『若大将シリーズ』(全17作)、
森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺のトリプル主演による群像劇『喜劇駅前シリーズ』(全24作)
という4大シリーズが、屋台骨を支えていました。
その中でも『喜劇駅前シリーズ』は、他の3シリーズとは一風変わった作りで、つまり他の3作はいかにも東宝らしい「明るく楽しい」喜劇でしたが、『喜劇駅前シリーズ』は、少なくとも当初は文芸作品を原作とし、社会派の監督に撮らせた叙情的な作品で、まるで松竹映画のようだと言われました。
実は私も、師匠が書いたからというわけではなく、このシリーズのファンなのです。
私がこのシリーズが好きな理由は、まずたんなるドタバタではなく、実在の出来事やその土地の生活ぶりをリアルに示した、社会風刺喜劇であったことです。
1958年に作られた『駅前旅館』は、「喜劇」とさえつかず、井伏鱒二原作、豊田四郎監督という、ガッチガチの文芸路線でした。
かといって、特定のモデルが存在する「実録もの」ではなく、あくまでもストーリー自体は創作です。
役者の個性を尊重して自由にストーリーを展開しているけれど、ちゃんとその土地の風土や実在の出来事を語っているという、見事な構成なのです。
次に、いわゆるヒーロー物ではなく、複数の登場人物のドラマが絡み合って展開する群像劇であることです。
森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺の3人が主役ですが、それ以外にも登場するシリーズのレギュラーメンバーたちそれぞれに見せ場があります。
主演も、東宝生え抜きは森繁久彌だけでした。
フランキー堺(日活)、伴淳三郎(松竹)、淡島千景・淡路恵子・草笛光子(松竹)、池内淳子・大空真弓(新東宝)など、他社出身の俳優で、しかも制作会社も東宝直扱いではなく、東京映画という会社が作っていたプログラムピクチャーだったのです。
つまり、会社が社運をかけて作った、というようなものではなく、どちらかというと、メインの作品ではないからこそ、純粋にいい作品を撮ろうという気持ちが出ていたように思います。
にもかかわらず、東宝の屋台骨を支える人気シリーズにのし上がったのは、出演者もさることながら、豊田四郎、久松青児といった名監督の力も大きかったのではないかと思います。
そのような背景の中で、社員ライターの新井一さんが執筆した作品のひとつが、『喜劇駅前音頭』(1964年、東京映画/東宝)でした。
『喜劇駅前音頭』
『喜劇駅前音頭』(1964年、東京映画/東宝)は、全24作ある駅前シリーズの9作目にあたります。
実は、本作はDVD化されておらず、CSで放送される日を気長に待たねばならないお宝作品です。
新井一さんが脚本を書いています。
劇中のクライマックスは、大空真弓が歌を3度も披露していることと、当時売れっ子だったスリーファンキースがタイトルの『駅前音頭』を披露していることです。
大空真弓さんは、父親が沖縄県宮古島、母親が広島出身。
どちらかというと、被爆体験から広島出身ということがクローズアップされがちでしたが、本作では「沖縄の人」であることが十二分に表現されています。
スリーファンキースは、長沢純、高橋元太郎、高倉一志のトリオシンガースで、今で言うアイドル歌手でした。
本作では、高橋元太郎が抜けて、手塚しげおが加入した「第二期」です。
ちなみに、高橋元太郎はシリーズ第5作目の『喜劇駅前飯店』に出演しています。
ストーリーを簡単にご紹介します。
小田急線のとある駅の商店街にある、呉服屋と洋品店が張り合っています。
このパターン、よくありますよね。
このシリーズでも何度も使われています。
で、だいたい張り合っているのが、森繁久彌と伴淳三郎。
そして、有線放送を流している広告会社が、どちらにもいい顔をして出入りしています。
呉服屋は、森繁久彌と淡島千景夫妻。従業員は松山英太郎
洋品店は、伴淳三郎と淡路恵子夫妻。従業員はいしだあゆみ。
いしだあゆみは映画初出演です。
いがみ合っている店同士ですが、松山英太郎といしだあゆみは恋仲という、これまたありがちなパターン。
広告会社社長がフランキー堺、有線放送を流しているのは大空真弓。
そして、大空真弓の年上のいとこで沖縄料理店のマダムが池内淳子。
町内会長が沢村貞子。
ジャパンとハワイの民間文化使節が三木のり平。
安定の昭和喜劇陣です。
いろいろあって、全員ハワイに行き、伴淳三郎が、亡兄の戦没者叙勲の表彰を受けるのですが、ハワイ在住の父が山茶花究、その息子が佐原健二です。
1908年生まれの伴淳三郎の父親役が、1914年生まれの山茶花究という、かなり強引なキャスティングですが、山茶花究もシリーズのレギュラーのため、どこかで使いたかったのでしょう。
昭和らしいおおらかさです。
画像は、ムービープラス 映画専門チャンネルが放送したものから撮りました。
また放送してほしいなと思います。
以上、目からウロコのシナリオ虎の巻(新井一著、彩流社)は、プロライターになるための発想、書くための技術と秘伝の発想法を収載、でした。
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