罪と罰(原作/ドストエフスキー、漫画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、主人公が自首か逃亡かの葛藤に悩む物語です。頭脳明晰な青年ラスコリニコフは独自の倫理観で罪を犯しますが、明晰ゆえに良心の呵責に悩む姿が描かれています。
『罪と罰』は、原作がドストエフスキー、漫画がバラエティ・アートワークスで、Teamバンミカスから上梓されました。
まんがで読破シリーズ 第4巻です。
この記事は、Kindle版をもとにご紹介しています。
独自の倫理観に基づき、強欲な金貸しの老婆を殺害し、目撃者のその妹まで殺してしまう。
証拠はなく、犯行を名乗りだたものまで現れ、またアメリカに行く話もあったので、その成り行きに従えば逃げ切れた可能性もあったのに、自分で自分を追い込み、葛藤の末、結局は自首します。
ドストエフスキーは、『罪と罰』『悪霊』『白痴』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』などの「5大長編」の著者として知られ、「人間の罪とはなにか」「神はいるのか」といった哲学的なテーマにアプローチしています。
原作は、青空文庫に公開されています。
本書は2022年12月12日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
貧しさゆえ自己愛が肥大化
頭脳明晰ではあるが、貧しいために学費も払えなくなった元大学生ラスコーリニコフが、金貸しの老婆・アリョーニャを斧で殺害するシーンから本書は始まります。
メインタイトルの脇には、「悪事のひとつやふたつ、正義のためなら許されるのだ」というラスコーリニコフのモノローグが。
貧乏で大学も続けられなかったラスコーリニコフは、自己愛が肥大化。
「自分はもっと社会で重用されるべき存在である」と考えるようになります。
典型的な、自己愛性パーソナリティ障害ですね。
舞台は、19世紀のロシア。サンクト・ペテルブルグ。
ラスコーリニコフは学費滞納のために大学から除籍され、サンクトペテルブルクの粗末なアパートに下宿しています。
「金だ。金さえあれば、田舎の家族、母さんや妹のドーニャたちの手を煩わせなくて済むんだ。もっと違う未来が手に入るはずなんだ。……俺はこの1ヶ月、この考えに取り憑かれている。退学前に俺が書いた論文。『選ばれた天才には法律なんてカンケーない』だ」
たとえば、あの死にぞこないの、貧しい人々から暴利を貪る欲深い金貸しのババアだ。
あいつを殺して金品を奪ったとしても、それを世の中の貧困に苦しむ民衆のために使えば、それは正義だ!!
正義を実行できるものが、凡人を超える非凡人…つまり天才になる。
「それを証明して見せる!」と、ラスコーリニコフは、金貸しの老婆のもとへ向かいます。
老婆が出来ると、「質を持ってきたんですよ、これを!」と、ポケットから古い平ったい銀時計を出しました。
「父の形見です。四ルーブリばかり貸してくださいな。受け出しますよ、おやじのだから。じき金が来るはずになってるんです」
「一ルーブリ半、そして利子は天引き。それでよければ」
「一ルーブリ半!(何と少ないことよ)」と青年は叫んだ。
「どうともご勝手に」
いったん帰ろうとしたラスコーリニコフは踵を返し、「貸してもらおう!」とぶっきらぼうに言いました。背に腹は代えられないからそう言わざるを得ませんでした。
結局、この日は「殺して金品を奪」うこともできず、質草を叩かれるだけで終わりました。
ラスコーリニコフは、酒場で荒れます。
「前の利子まで差っ引いて一ルーブルと十五コペイカだけだと!?あの強欲ババアめ」
そこで出会ったのが、元役人のマルメラドフ。
役所をクビになった自分の身の上を語ります。
「苦しむために飲むんです。家族から金をせびって飲んでいるんですよ。娘のソーニャを娼婦にまでさせてね」
マルメラドフの話はどうでもよかったのですが、ソーニャという娘だけは気になったラスコーリニコフでした。
ラスコーリニコフが帰宅すると、母親から手紙が来ていました。
妹のドゥーニャが、ラスコーリニコフの学費捻出のために、好きでもない金持ち・ルージンと結婚するというのです。
「卑劣だ。ソーニャと同じではないか」
自分の学費のためにと書かれているのに、「卑劣だ」もないもんだと思いますが、ラスコーリニコフはますます「今の生活から脱出する金さえあれば」と考えるようになります。
自分の気持ちが追い詰められているとき、見かけた金貸しの妹のリザベータが、「明日の7時に家にいない」ことを話しているのを小耳に挟み、その時間に決行することにします。
そして当日。
これは正義なんだ
自分に言い聞かせ、金貸しの部屋に急ぐラスコーリニコフ。
途中、ペンキ屋のミコライを見かけますが、自分に気づいていないことだけを確認して金貸しを訪ねます。
「新しい質草を持ってきました」
「おお、そうかい。お入りよ」
金貸しが後ろを向いたとき、ラスコーリニコフは斧を取り出し……
ついにやったぞ。俺はやはり天才。選ばれた人間。
金庫を開けて金貨をポケットに詰め込んでいるとき、はやめにリザベータが帰宅しました。
見られた以上、仕方ない。正義の邪魔をするお前が悪いんだ。
ラスコーリニコフは、妹も手にかけました。
しかし、その後は、自分のしたことに内心恐れ始めます。
盗んだものは、アパートから離れた空き地に埋めました。
……捨てた?俺は何のためにババアを殺した。おかしい。いつの間にか冷静な判断力を失っている。
そんなとき、大学時代の同級生、ラズミヒンに声をかけられます。
しかし、そのときはもうラスコーリニコフは、精神的に限界が来ていました。
そのまま倒れてしまいます。
気がついたのは4日後。
ラズミヒンが運んでくれたのです。
「貧乏ぐらしがたたったのさ。でも安心しろ、お前のお母さんが、30ルーブルも送金してくれたんだ」
ラスコーリニコフの住むアパートの料理女・ナスターシャはいいます。
「リザベータが殺されたのよ。知ってるでしょ。古着屋の……」
話題がそちらにうつります。
「それでね、現場の下で働いていた、ペンキ屋の男が捕まったのよ」
真犯人のラスコーリニコフは、びっくりして起き上がります。
「いや、そいつは犯人じゃないよ」と、かぶりをふるラズミヒン。
「奴は犯人ではないって、事件担当のポルフィーリが言ってたんだ。オレの親戚でね、判事をやってる警察一の切れ者なんだ。婆さんから金を借りているやつが怪しいと睨んで、これからそいつら全員を尋問するってさ」
俺は捕まってしまうのか、とまた心配になるラスコーリニコフ。
「そういや、ポルフィーリがキミに会いたがってたぜ。キミが学校にいたとき、犯罪者の心理について書いてただろ。それが気に入ったみたいなんだ」
うっ、あの論文見たのか、と焦るラスコーリニコフ。
そこへ、ラスコーリニコフの妹のドゥーニャが、ラスコーリニコフの学費捻出のために好きでもないのに結婚するという金持ち・ルージンが訪ねてきます。
しかし、興奮したラスコーリニコフは、すぐに追い返してしまいます。
失職した元役人のマルメラドフは、酔っ払ったところを車にはねられてしまいました。
ラスコーリニコフは、マルメラドフをソーニャのいる自宅まで運びます。
妻のカテリーナは、「この穀潰し。いつかこうなると思っていたよ」
本書には説明がありませんが、カテリーナは後妻のため、ソーニャと血縁関係はありません。
ソーニャも駆けつけますが、マルメラドフはまもなく息を引き取りました。
ラスコーリニコフは、家からの送金をすべて渡してその場をさりました。
アパートに帰ると、妹のドゥーニャが、母親と一緒に出迎えました。
ラズミヒンは、ドゥーニャに一目惚れの様子です。
ドゥーニャは、追い返してしまったルージンと仲直りの食事会を企画します。
しかし、ラスコーリニコフは、「仲直り?笑わせるね。ま、行くだけ行くよ」と、木で鼻をくくったような返事をします。
食事会に参加することが決まって喜んでいたラズミヒンに、ラスコーリニコフは言います。
「ポリフィーリに会わせてくれ。質入れした父の形見を取り戻したいんだ」
ラスコーリニコフは、捜査の状況を知るために、自分から探ろうと考えたのです。
ポルフィーリとの対決
翌日、ラスコーリニコフはポリフィーリに会います。
「その時計なら署にあります。私はあなたが来るのを待っていたんですよ。出頭しなかったのはあなただけですから」
ラスコーリニコフは、ポリフィーリが自分を疑っていることを改めて確認します。
「私はラスコーリニコフ君の論文に興味を持ったわけです。それによると、すべての人間は凡才と天才の二種類に分かれていて、凡人を支配するのが数百万分の一の確率で生まれてくる天才である。天才は、新世界を作るためなら人を殺してもいいし、新たな法律を作る権利も持っている。つまり天才は、盗みも殺しもやり放題、でしたよね」
「それが社会のためになるのなら、法律を破っても良い、ということです」
「天才と凡人を見分ける方法はありますか?」
「それは難しいな、見かけは同じですから」
「それはまずいな。自分が天才だと勘違いした凡人が、次々と犯罪に手を染める可能性がある」
「大丈夫ですよ。そんな奴らのために、天才は法を作り、罰を与えるのです」
「では天才に罰を与えるのは誰ですか」
「おそらく自分自身に罰を下すでしょう。天才が法を作り、バツを決めるのですから」
「全くたいそうな論文です。それに気づいたキミも天才というわけだ?」
「なるほど、そうかもしれませんね」と、かわしたラスコーリニコフ。
そんな挑発に乗ると思うなよ、と警戒しています。
ポリフィーリは、それほど警戒しながら、ラスコーリニコフを逮捕しません。
明日また、署に来てくれといいました。
泳がせて、ラスコーリニコフが自滅するのを待っているのです。
結果的に、ポリフィーリの思惑通りになるのですが。
ラスコーリニコフのもとには、またしても人が訪ねてきました。
今度は、スビドリガイロフ。
妻がありながらドーニャを誘惑した男です。
不倫が妻にバレると、妻はドーニャを親戚のルージンにくっつけて、その土地から追い出してしまったと言うのです。
スビドリガイロフは、ドーニャとルージンの縁談を壊してくれたら、1万ルーブルくれると提案してきました。
ラスコーリニコフは申し出を断ると、スビドリガイロフは、「妻は死に、ドーニャにつらい思いをさせた詫びに3000ルーブルを譲ると遺言した」といい、現金で置いていきました。
しかし、ラスコーリニコフは、スビドリガイロフが妻を殺したのだろうと直感します。
もっとも、食事会についてはうまくいかず、ドーニャとルージンの関係はご破産になりました。
スビドリガイロフは、しばらくアパートを借りて滞在することにしましたが、偶然にも、薄い壁を隔てた隣は、娼婦のソーニャが住んでいました。
そのソーニャのもとに、ラスコーリニコフが訪ねてきます。
ソーニャは苦しい環境にもかかわらず、不平不満も言わずに神を信じている姿に感動したラスコーリニコフは、ソーニャが金貸しの妹のリザベータと友達だったことを知り、こう言います。
「キミと会うのはこれが最後かもしれない。だがもし明日、俺が(ポリフィーリに逮捕されずに)ここへ来れたら、リザベータほ殺した犯人を教えるよ。君だけに」
そして、明日になり、ラスコーリニコフは、判事ポリフィーリのもとへ行きます。
ところがその日は、ペンキ職人のニコライが、厳しい取り調べで無理に自白させられたのか、自分が犯人だと供述したために、結局その日もラスコーリニコフは、逮捕されることなく署を出てこれました。
ラスコーリニコフは、約束通りソーニャのもとを訪れ、真実を打ち明けます。
ソーニャはラスコーリニコフを抱きしめ、「あなたより不幸な人はいないわ。あなたはこれから罪を償うのよ。こんな苦しみ。一生背負うなんて無理よ」と、自首を勧めます。
それを隣で盗み聞きしていたのは、スビドリガイロフです。
スビドリガイロフは、ラスコーリニコフに、外国へ逃げたらいいと提案します。
「せっかく別の人間が犯人になってくれたというのに、罪悪感に堪えきれず自首ですか。まったくナンセンス。旅券も旅費もすべて私が用意しましょう。アメリカなんてどうですか。あなたたちの家族と私で、新しい生活を始めるのです」
要するに、スビドリガイロフの話は、ドーニャを諦められない自分のための提案でした。
「断る。俺は逃げない。俺は天才の誇りがある」
ラスコーリニコフは、話には乗りませんでした。
家に帰ると、またしても判事が待っていました。
「犯人はキミだ。証拠はない。しかし、たとえ法律上の罰から逃れられたとしても、キミは死ぬまでこの苦しみを背負って生きて行くんだぞ。自首しなさい、1日だけ待つ。それを過ぎたら逮捕する」
スビドリガイロフの誘いに乗って国外逃亡するか、減刑を条件に条件に自首するか……。
さて、このクライマックス、ラスコーリニコフは、この葛藤の末にどちらを選択したでしょう。
そもそも、スビドリガイロフがこのまま黙っているでしょうか。
まだ読まれたことのない方は、この先は本書でご確認ください。
登場人物の名前と関係が漫画でわかりやすく整理できる
おおよその展開を書きましたが、登場人物の名前と立ち位置を整理するのが、ちょっと大変かもしれません。
私も率直に言って、原作では登場人物の名前と関係が入りにくかったのですが、漫画によってイメージが確立して助けられました。
もとより、外国の文学作品というと、それだけで後ずさりする人でも、漫画なら入りやすいのではないでしょうか。
原作未見の方はとくにおすすめいたします。
以上、罪と罰(原作/ドストエフスキー、漫画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、主人公が自首か逃亡かの葛藤に悩む物語、でした。