『江戸時代の先祖と出会う自分でつくれる200年家系図』(橋本雅幸、旬報社)は家系図とは何なのか、どうやって作られるのか、そして先祖を知る意義などを解説しています。みなさんは、ご自身の先祖についてどれぐらいご存知ですか。
戸籍とはなんだ
戸籍とは、家族(夫婦と未婚の実子、養子など)を一つの単位として、個人の出生、婚姻、養子縁組、死亡などの身分上重要な事項を記録し公証するものです。
戸籍のある場所を本籍といいます。 つまり、戸籍は日本国籍を持つ人が、どの家族に属していつ生まれていつ亡くなったかが記録されているものです。
明治31年7月16日~昭和22年5月2日は、古い民法にのっとり、現在の家族制度ではなく家制度だったので、家督の責任者である戸主(現在の戸籍筆頭者)をもとに、親、嫁、子、兄弟など「〇〇家」がひとつの戸籍に入っていましたが、今は戸籍は三代続かず、つまり親子は子が結婚した段階で戸籍が別になる家族制度です。
家制度の時代の戸籍は、父親(長男)筆頭に、妻子だけでなく、兄弟姉妹やその配偶者もひとつの戸籍に入り、離婚した娘まで文字通り「出戻り」で、親の戸籍に復帰するという、現在の家族制度とは根本的に異なる制度です。
しかし、それは別の見方をすると、先祖について、直系以外の血縁者の人生や自分との関係までをいっぺんに知ることができる「便利」なものです。
世界で、戸籍がある国は日本、韓国、台湾だけで、家族簿のあるドイツを含めても4ヶ国です。
それゆえ、なにか戸籍制度自体が遅れた悪いもののように思われがちですが、自分の出自やルーツを明らかにする際に、戸籍制度は客観的な説得力を持ちます。
そのため、なにかの手続きに、住民票ではなく戸籍謄本(家族全員の身分事項を証明するもの)をもっと公証することは今もあります。
自分と先祖との関係を示す家系図づくりも、基本は戸籍謄本でさかのぼります。
『江戸時代の先祖と出会う自分でつくれる200年家系図』は、表紙に「いちばんやさしい家系図の本」とあるように、戸籍とはなにかといった基本的なことから、戸籍の読み方、たどれなくなった場合の調べ方、家系図の書き方までわかりやすくまとめられています。
戸籍は直系の先祖を遡れる
では、どうやって先祖を調べるのか。
家系図をつくるためには、まず戸籍を取り寄せて先祖の情報を集めます。
まずは自分の戸籍謄本をとります。
そこには父母の名が記載されています。
すると今度は、父母の本籍地から祖父母の戸籍謄本をとります。
まあたぶん祖父母の名前ぐらいは普通はわかると思いますが、わからなくても両親の戸籍には祖父母の名前が記載されているので、今度は祖父母の家族(家)の戸籍をとります。
同じ要領で、曽祖父母、高祖父母ととっていきます。
自分の戸籍に始まって、父母、さらにその父母の戸籍と順繰りにさかのぼっていくのです。
たいていは、高祖父母ぐらいまで戸籍を取れます。
ちなみに、高祖父母までが親族にあたります。
私の場合、高祖父の両親、つまり5代前までたどったところで、役所の担当部署から「これ以上古いものは残っていない」と言われました。
曽祖父の祖父が生まれたのは文化8年、1811年ですから、約200年前までさかのぼったことになります。
戸籍は保管期間がすぎると廃棄されてしまうのと、そもそも現在のような戸籍制度ができたのが明治時代ですから、おそらくこれより前のものは探しても出てこないでしょう。
では、たどれなくなったらどうするのか。
武士の名簿にあたる「分限帳」や、檀徒の身分が描かれた「寺請状」などがあるので、それでも確認を取れます。
戸籍が差別をさせるわけではない
おりしも現在、NHKで放送されている『ファミリーヒストリー』(2008年10月11日~)は、有名人の先祖をたどる番組で、昨今の家系図づくりブームと相乗的に人気があるようです。
もちろん、その有名人自身が出演しています。
当然、その有名人の許諾のもとに先祖を調べ、番組を構成しています。
ところが、Wikiによると、「現代ビジネス専属契約記者、コラムニストの高堀冬彦は、家系について調査し放送することが「本人」を重視する現代社会の精神に反し差別の助長につながるなどの問題点を述べている」そうです。
私自身はこの意見、全否定はしませんが留保はつけます。
昨今の家系図づくりブームは、別に差別を目的としたものではなく、自分探しです。
それはそうです。
先祖が立派な人、偉い人とはかぎりません。
そうした「リスク」があっても先祖を知りたいのは、自分探しにほかなりません。
世の中には、自分の「ほしのもと」に納得行かない人が、先祖を調べることで心の安寧を得る場合もあるのです。
私は21世紀の今日、カビの生えた家制度や嫡男主義は否定するのが当然で議論の余地はないと思っていますし、ルーツに対する一族意識もサラサラなく、むしろ自分の「ほしのもと」があまり良いとは言えないので、ルーツを恨んでさえいます。
が、それはそれとして、自分が誰からどういう経緯で生まれ、親戚はどうなっているのか、ということを知るのは、自分の両親だけでなく、祖父母や親類の生き様を知る「よすが」になりますし、墓守など親類間の話し合いをする場合に家系図は客観的な根拠となります。
そもそも戸籍は、自分の意志があっても直系先祖しか調べられず、他人はおろか親戚すら調べることができません。
また、古い戸籍に記載されている当時の身分については消されています。
つまり、お互いの先祖の身分を比較しあったり、他人の戸籍を調べて「卑しい」身分を蔑んだりはできないようになっています。
それでも、差別に使いたい人間は、戸籍そのもののせいではなく、その人間の人格の問題でしょう。
そういう人間は、別のことでも人を差別するでしょうから、それ自体を批判すべきではないでしょうか。
差別を戸籍のせいにするのは筋違いだと思います。
家系図作り、興味ありますか。
以上、『江戸時代の先祖と出会う自分でつくれる200年家系図』(橋本雅幸、旬報社)は家系図の作り方、先祖を知る意義などを解説、でした。