退行睡眠療法という、幼児期の感覚、感情、記憶へ遡らせる(年齢退行)催眠誘導の使い方をストーリー化したのは『飢餓の家(1)』です。なかのゆみさんが、ぶんか社から上梓しています。その他全5編の短編漫画を収録しています。
退行催眠療法(ヒプノセラピー)を、ご存じですか。
現在抱えている悩みについて、その原因を探し出すべく、苦しい思い込み、思い出、ネガティブな自己イメージからの脱出、当時の出来事に対する新しい理解、自他への許し等を状況に応じて行うのです。
まあ要するに、本人も意識していないような、潜在的な昔の記憶を呼び覚まして、それを沈めたり消したりするなどの解決を試みるわけです。
昔の年齢に戻る、という意味で「退行催眠」なわけです。
で、確度はわかりませんが、一部には、それが幼少時の記憶にとどまらず、前世の記憶まで残っているという説もあり、前世療法、前世催眠療法、なんていう向きもあります。
後半にも書きますが、こちらはどうなんでしょうね。
そもそも前世自体、科学的に証明されていないわけですから。
それはともかくとして、本書は、退行睡眠をモチーフとした『私を殺さないで』など5作を収載した、『飢餓の家』(1)をご紹介します。
著者は、なかのゆみさんです。
目次です。
- 「ガラスの心」『恐怖の快楽』 2003年7月号
- 「不快な日常」『恐怖の快楽』 2004年3月号
- 「死にゆく体」『恐怖の快楽』 2002年3月号
- 「痛い毎日」『恐怖の快楽』 2004年5月号
- 「私を殺さないで」『恐怖の快楽』 2003年4月号
「上級国民」を気取る姉の娘が、両親への反発から過食症になり、自殺未遂を繰り返すようになった。そんな姉を嫌っていた妹だったが、姪の面倒を見て姪が立ち直る話
買ってきた細めのジーンズが履けるようになるまで痩せろ、と夫に言われたためダイエットを繰り返し、30歳で更年期障害になってしまった妻の話。
(初出時タイトル 「壊れる体」)
夫を亡くした保険外交員の寡婦は、再婚相手を見つけ夢中になっていたが娘はなじまず、摂食障害を起こしてしまい、入院に至ったことでゃっと母親の目が覚める話。
24歳ながらリュウマチになって悩む主人公。縁談がありますが、果たして結婚しても良いのかどうかを苦悩する話です。
(初出時タイトル 「許す勇気」)
未熟児のため、医師に殺してくれと頼み込んだ父親。娘は退行催眠でそのことを思い出し両親を憎むものの、結局は自分にとっては替えのきかない両親だからと許す話です。
本書は2023年2月28日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
ということで、「私を殺さないで」をご紹介します。
親は許すべきものなのか
お腹の中の胎児のシーンから始まります。
「私、もうすぐ生まれるんだ。きっと楽しい世界が待っている。」
ところが、まだ28週でした。
帝王切開することになりました。
「経膣分娩よりリスクは最小限で止められますが、未熟児はその後、障碍が残る可能性があります。覚悟してください」と主治医
「はい」と母親。
帝王切開で取り出した赤ん坊は850gぐらい。
「この子を助けたって、どうせ死ぬだろう。適当に処置しておけ」と主治医。
しかし、未熟児は、「いやだ。私は生きるんだ」と心のなかで叫んでいます。
父親は、「ハズレの子だな。大凶を引いてしまった。どうせ長生きしない。障碍が残る可能性があるのなら、殺しちゃってください」と、200万円包んで主治医に安楽死を依頼します。
そういったやりとりは、全部赤ちゃんに聞こえています。
「ひどすぎるよ。お腹の中にいた頃は、2人で明るく笑っていたじゃないか」
主治医は、カネに目がくらんで、酸素吸入の管を抜こうとしますが、赤ちゃんは自らそれを拔き、自力呼吸を始めます。
「この子すごいよ。呼吸している」と感動する研修医。
父親は、男の子を欲しがっていたので、赤ちゃんが女の子だったこともがっかりしたようです。
母親は、密かに「かすみ」という名前を考えていました。
そして10年後。
かすみは成長して、成績もよく、ピアノも上手。
でも、心の隅にモヤモヤしている嫌な部分がある。
だから、人より頑張って勉強する。
いい子でいようとする。
母に褒められるよう努力する。
母は父の言いなり。
父は銀行マンで偉そうにしていて、あまり好きじゃない。
ストレスで、過食になったり拒食症になったりしたけど、父が躾のことで母に辛く当たるので、がまんしていい子になっている。
そして、かすみは27歳。
財務省のキャリア組に入った。
父より偉くなりたかったからだそうです。
そんなとき、父親が縁談を持ってきます。
「相手は婿に入ってもいいと言っている。スポーツマンだし、丈夫な子どもができると思うよ」
「丈夫な子ども」という言葉を聞いて、かすみは気分が悪くなりました。
いてもたってもいられないような気持ちになって、かすみ自身もパニック障害を疑います。
仕事を休み、生まれたときの病院に行きます。
心療内科の医師は、NICUのときの研修医でした。
もちろん、その時点で彼女は気が付きませんが、研修医の方はきがつきました。
「先生。私とても自分に自身が持てないんです。どんなに勉強しても、どんなに働いても、貯金しても、まるで心の中に黒い澱でもすみついているようなんです」
「退行催眠でその原因を探ってみましょうか」
医師は、退行催眠をかけ、かすみは、だんだん過去の記憶を話し出します。
「かすみちゃんは、今5歳です。なにをシていますか?」
「ピアノの練習とお受験の勉強。お父さん、『ゃっぱりこの子はバカなんだ』と言ってる。お母さんも私を叩いて勉強させるの。痛いよ、お母さん」
そして、問題の0歳時に……
「お父さんが、私を殺してくれって言ってる。人工呼吸器を先生が抜いても、私生きてやる。私、お父さんとお母さんと会いたかったのに、殺さないでよ」
「そうだったのか。丘先生がそんなことを……。よく頑張って、自力呼吸をして大きくなってくれたね。赤ちゃんなのに、大変なショックを受けていたんだ」
退行催眠で、これだけはっきりと記憶が蘇るかどうかはともかくとして、赤ちゃんがなんで言葉がわかるんだ、というツッコミは少し違うような気がします。
具体的な文法を勉強しなくても、言葉を発する気持ちは理解できるのでしょう。
たとえば、胎教ってそういうことですよね。
かすみは退行催眠で、当時の研修医が、今の医師であることにも気が付きます。
「先生、父は自分の子供なのに『大凶』なんて許せない。親の資格ができてないわ」
「そうだね。泣いていいよ、思いっきり」
かすみは家に帰ると、身の回りのものをまとめ、家を出ました。
以来5年、父親が電話しても出ないかすみ。
というか、一応電話番号は教えたんですね。
メッセージには、「母親が胃がんで、あと半年の命」と吹き込まれています。
病院に面会に行くと、ご都合主義の父親は、「戻ってきてくれ。昔のことなんて気にもしていなかった。医者には口止め料50万円わたしたのに」と言います。
この父親も大概ですね。
「めんどうな子はいらないという、そんな親は私もいらないわ。さよなら」
しかし、母親はその後、2年たっても生き、父親が長々と謝罪の手紙を送ってきたことで、かすみは両親を許してしまいます。
憎しみからは何も生まれない、というのですが、うーん、最後だけちょっと白けた(笑)
だって、水に流すだけでも、何も生まれないと思いますよ。
同じことを繰り返すだけじゃないのかな。
何らかの「けじめ」がないと、なにかあるたびに、昔を思い出すということだってないとは限りません。
手紙一本とは、ずいぶん安い「憎しみ」だったんですね。
ま、いいか(笑)
退行催眠は前世もわかる?
この物語で、キーワードとして挙げたいのが、退行催眠です。
過去世・前世療法などともいわれます。
幼児期の感覚、感情、記憶へ遡らせる(年齢退行)催眠誘導をいいます。
漫画のようにスムーズにいくことは、なかなかないと思いますが、それを目指しているということは間違いないでしょう。
一般には、理性や雑念、固定観念が強まっている人ほど、退行催眠に期待をかけても効果が現れないといわれています。
つまり、常識人ほどかかりにくい、というわけです。
かかってなるものか、というバリアがはたらくんでしょうかね。
そもそも催眠術って、どうなんでしょう。本当にかかるのかな。
私が小学生の頃、催眠術に凝ってる先生がいて、嘘発見器のようにそれを使われたな(笑)
何度も何度もかけられたけど、一応かかったふりだけしておきました。
でも、催眠術の施術者に言わせると、たとえかかったふりだろうが、施術者の質問に答えたり、言う通りに行動したりシたら、もうそれはかかっているのと同じことだそうです。
まあ、そうかもしれませんね。
ただ、それをもって、「小さいときの記憶」だの「前世」だのまで決められたらたまんないですよね。
それは、真偽が問われることですからね。
たとえば、『ヨガ・シャラ細江たかゆき』チャンネルの細江たかゆきさんは、「退行催眠によるネパール人の前世を呼び覚ました」とする動画を紹介しています。
これについては、否定的な批評もありますが、どうなんでしょうね。
文句のつけようもない成功例ってあるんでしょうか。
もっとも、「文句のつけようもない」証明自体がいずれにしてもむずかしいかもしれませんけどね。
みなさんは、いかがお考えですか。
なかのゆみさんは、これまで難病シリーズを何冊かご紹介しました。
こちらもあわせてお読みいただけると幸甚です。
以上、退行睡眠療法という、幼児期の感覚、感情、記憶へ遡らせる(年齢退行)催眠誘導の使い方をストーリー化したのは『飢餓の家(1)』、です。
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