『風立ちぬ』は、堀辰雄が自らの経験を中編小説にまとめたといわれる、結核を患った婚約者との切ない恋愛の思い出を描いた作品です。本作を「結婚学」の見地から分析・解説する、森川友義さんに理解を助けていただきながら見ていきたいと思います。
『風立ちぬ』は、堀辰雄さんの小説を、杉本武さんが脚色、荒木浩之さんが作画して剣名プロダクションが作品として仕上げました。
いくつかの文学作品を漫画化した『漫画ですぐ読む名作文学』(SMART COMICS)の中に収録されています。
その中には、先日ご紹介した『藪の中』も含まれています。
タイトルの由来となった作中内に出てくる「風立ちぬ、いざ行きめやも」という詩は、ヴァレリーの詩集『海辺の墓地』の一節を堀辰雄さんが意訳したもので、「風が吹いた。さあもっと生きようか」といった意味です。
芥川龍之介は、旧制中学と旧制高等学校、東京帝国大学という点で、経歴が同じの堀辰雄を殊の外可愛がり、堀たっちゃんこ、と読んでいたそうだ
そんな堀辰雄も宿痾である結核に苦しんだ
室生犀星曰く、あれ程ずっと病院にいる人間は見たことがない、という話
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
ヴァレリー— ノドグロ (@nodoguroosakana) October 29, 2023
堀辰雄さんは、東京帝国大学出身で、その頃から小説を書いていましたが、やはり病弱だったそうです。
「私」と「節子」の恋愛
「私」こと堀辰雄と、「節子」こと矢野綾子が、1933年夏に軽井沢で知り合い、恋に落ちます。
それは、『美しい村』という別の作品にまとめられています。
『風立ちぬ・美しい村』堀辰雄 #読了
日本の四季と朝昼夜、その風景美に寄り添い闘病生活を送った夫婦の物語。美しくも儚い日本文学を堪能した。「サナトリウム」という無機質な場所は、人生の終着点やミステリを早計に想像するが、新たに“悲愛”を生み、刹那が二人を冷たくも希望を添えて包み込んだ pic.twitter.com/x9y2IJZU1E
— ??あした晴れるといいな???? (@ASU_HARE_iina) February 11, 2021
そして、本作『風立ちぬ』は、その続きが、5つの章によって構成されています。
1章……「序曲」では、主人公の「私」と節子が軽井沢で出会い、惹かれ合いますが、節子の父親に反対されて別れます。
2章……「春」では、2年後に婚約した「私」と節子が、節子の結核の治療のために八ヶ岳のサナトリウムに行きます。
3章……「風立ちぬ」では、「私」と節子がサナトリウムでの幸せな日々を過ごしますが、節子の病状は悪化していきます。「私」は節子との思い出を小説に書こうとします。
4章……「冬」では、「私」は小説の執筆に没頭しますが、節子の死が近づいていることを感じます。節子は家に帰りたいと言い始めます。
5章……「死のかげの谷」では、節子の死後1年後に「私」が山小屋で暮らしている様子が描かれます。「私」はリルケの「レクヰエム」を読んで、節子の死を受け入れられるようになります。
この3章目の「風立ちぬ」が、本書で漫画化されています。
私は、本作『風立ちぬ』にしろ、昭和30~40年代に爆発的な人気作品になった『愛とシをみつめて』にしろ、人はどうせいつかシヌのに、奇跡の生還をすることもなくシにゆく姿をあえて描くのはどうしてなのか、疑問に思うことも正直ありました。
余談ですが、『愛とシをみつめて』ってご存知ですか。
「マコ、あまえてばかりで、ごめんね。ミコはとっても幸せなの」という青山和子さんの歌がヒットしました。
軟骨肉腫と闘いながら若くして逝った大島みち子さんと、手紙のやり取りで彼女を支え続けた恋人・河野実さんの実話で、映画では吉永小百合さん、橋田壽賀子さん脚本のドラマでは大空眞弓さん、昼の帯ドラ枠では島かおりさんが演じています。
私は、島かおりさんの世代なんですけどね。
映画「愛と死をみつめて」を観ました。
吉永小百合さん主演の代表作の一つ
有名すぎて逆に観た事なかった。
病気を抱えた主人公の悲恋物語
舞台が大阪で主役が阪神タイガースのファンだった。#映画ノート#おうち時間 pic.twitter.com/lsoysOvk7U— グッチ1970 (@1970gucchi) February 19, 2022
山本学と大空眞弓の「愛と死をみつめて」…?
見たすぎでしょ pic.twitter.com/WQk9WaCcH0— ちゃぶ台 (@_mui) December 5, 2015
それはともかく、本作『風立ちぬ』を、「夫婦のあり方や夫婦の幸せを描いたものの中では随一の傑作」と絶賛しているのは、「恋愛学」「結婚学」「不倫学」などでメディアで注目されている、森川友義さんです。
『風立ちぬ』が示す4つの視点から、幸せな夫婦のあり方について考える #9_2|光文社新書 @kobunsha_shin https://t.co/NseR7u7Bp9 #光文社新書 #コンテンツ会議
— 戦後史の激動 (@blogsengoshi) November 3, 2023
「相手を愛するとはどういうことなのか、「幸せな結婚」をするためにはどうしたらいいかについて、有益な知見にあふれています」と断言しています。
恋愛学で読み解く『風立ちぬ』
上記サイトによると、まず小説の中でどのような言葉が多用されているか、数量分析されています。
それによると、「幸福・幸せ」が37回でもっとも多く、続いて「シ」35回、「生・生きる」29回、「夢」23回となっている一方で、「未来」や「希望」はゼロだそうです。
ここで森川友義さんは、本作のメインテーマが、「「人生」における「生」と「シ」をどう見つめるか、「生」が続く間のつかの間の「幸福」とは何かいうこと」であると分析しています。
私も昔、源氏物語のセリフの数量分析というのを卒論でやりましたが、指導教官からは全く相手にされませんでした。森川友義さんの、ち密で目的意識のはっきりした分析に比べると、ただ漠然と数えていただけのお粗末なものだったからでしょうが、文学作品における数量分析の意義が認められたようで、40年ぶりに気持ちが晴れました(笑)
次に森川さんは、「夫婦における幸福とはなにか」という核心に迫っています。
まず幸福とは何かをこう定義しています。
「幸福」とは、ある結果または状態が自分の期待以上のときに生じるもの
そして、『風立ちぬ』では、「私」と節子が精神的な側面において、期待以上であると考えていること、愛し合うことに対してお互いに満足している状態にあることがうかがえるといいます。
ところが、幸福は慣れると消えてしまうものであることから、夫婦生活はマンネリに陥る可能性がある。そこで本作は……
① 夫婦関係が長期的でないこと
② 愛する気持ちを五感で伝えること
③ 与え合う補完的関係を構築すること
④ 減点制から加点制に転換すること
この4点への理解は、『風立ちぬ』を作品として深く鑑賞することにつながりますし、読者の方々の結婚生活を幸せなものにしてくれます。
「長期的でない」といっても、いったん20代で結婚したら、60年は一緒にいることになります。
その場合どうすれば夫婦関係を維持できるのか。
愛する気持ちを「五感」で伝えることとあります。
つまり、「幸福」な夫婦関係には、肉眼で見る、会話をする、至近距離にいてにおいを嗅ぐ、身体に触れる、キスをするという5つをしている状態が、恋愛が満たされている状態であり、この愛情表現が不可欠であるといいます。
森川さんの解説については、当該サイトをお読みください。
それにしても、「恋愛学」「結婚学」「不倫学」とは、実に興味深い学問分野です。
人間の業のかたまりのような営みも、学問になってしまうのですから。
私が最も知りたい分野であり、仏教よりも興味深くなりました(笑)
仏教も、文学作品のモチーフとして大いなる影響を与えていることは、これまで見てきたとおりですが、文学作品の醍醐味は、人が人を愛することをめぐる葛藤ですから、「恋愛」「結婚」「不倫」というのは、そのかなり重要な部分を占めています。
それらを勉強することで、文学作品について、さらに深い読み解きができるようになるかもしれません。
以上、『風立ちぬ』は、堀辰雄が自らの経験を中編小説にまとめたといわれる、結核を患った婚約者との切ない恋愛の思い出を描いた作品、でした。