『鬼熊事件』は、荷馬車引きの岩淵熊次郎が復讐から4人を殺害したものの、村の人々は彼を捕らえさせまいと匿い続けた特異事件として知られています。『殺人犯の正体』という殺人事件9件をマンガにまとめた本に収録されています。
鬼熊事件とはなにか
鬼熊事件とは、鬼熊こと岩淵熊次郎の起こした事件のことです。
岩淵熊次郎は明治25年生まれ。
女性にだまされた恨みから、大正15年千葉県久賀村(多古町)で4人を殺傷し、山中ににげこみました。
村人の同情で匿ってもらい、警察が山狩りを行ったにもかかわらず40日間つかまらず。
事件は演歌にもうたわれるほどの社会的一大事になりました。
本事件を収録しているのは、『殺人犯の正体』(鍋島雅治 (著), 岩田和久 (著)、大洋図書)です。
日本の犯罪史上で語り継がれる殺人事件9件を、マンガにまとめた書籍です。
一家支配解体殺人事件、愛犬家連続殺人事件、池田小児童殺傷事件、ロボトミー殺人事件、尊属殺人事件、レッサーパンダ通り魔事件、宗教殺人事件、ホームレス襲撃事件、そして鬼熊事件……。
このブログでも、過去に3つの事件についてご紹介しました。
共通して言えることは、なぜそのような犯罪に走ったのかを考えるためのよすがになるものですが、実際にあった殺人事件ですから、絵柄そのものは全体的に控えめであるものの、やはり凄惨さを感じます。
地上のもつれから女を殺して関係者を殺し警官すら殺した男が日本中から「大したものだ」と英雄視すらされたことがある。
鬼熊事件で検索すればわかるが、なかなかに村社会を象徴する事件でなんともいえない気分になる。
これ殺された女性は殺した鬼熊に言い寄られてるけど嫌っていたんだよな。はっきり— みやびちん(Amazonの悪魔) (@hmiyabi) March 29, 2020
ただ、その中で唯一、鬼熊事件だけが、嘘のような本当のエピソードによっていささかユーモラスにストーリーが進んでいます。
殺人事件が許されるはずがないのに、なぜかばう人がいたのか、そこに興味がありました。
あらすじ
発端からオチまで、ザ・日本の村社会という構図が素晴らしいですね。|「熊次郎出た!」猟奇的犯行が「鬼熊事件」として日本中の注目を集めるまで
鬼熊事件――「代替わり」大正15年夏の犯罪 #1 #岩淵熊次郎 #鬼熊事件 https://t.co/SeLfOg1W7Y— 衲僧 (@busterbonze) April 10, 2019
荷馬車引き(今で言う運送業)の岩淵熊次郎は、大酒飲みで気が荒いものの、高齢者や病人、女手しかない所帯など困っている人を見ると放っておけないような性格で、いつも弱い者の味方であることから、村人たちから好感を持たれていました。
ただひとつ、欠点は女性に見境がないこと、といわれていました。
妻とは律儀に5人の子をなしていますが、妻だけでは物足りず、いろいろなところで、今で言う愛人を作って不倫も盛んだったのです。
私が見るところ、鬼熊にはもうひとつ、欠点というべきか、性善説で動いては煮え湯を飲まされる気の毒なところがありました。
旅館ではたらくおはなという女性が、借金のカタに働かされていることを知った鬼熊は、自分の商売道具の馬を売り払って自由の身にさせ、知人に預かってもらうことにしました。
ところが、知人からはあわせてもらえず、おはなは夫のもとに帰ってしまいます。
しかも、借金という話自体が嘘だったのです。
まんがでは、知人がおはまと通じて、鬼熊が激昂したシーンがあります。
鬼熊は、いったんは「金輪際女にゃ惚れぬ」と誓ったものの、今度は小料理屋(漫画では小間物屋)のおけいを見かけて、またしても惚れてしまいます。
しかし、おけいは村の人々の評判が悪く、「熊さんは、あの女にだまされている。熊さん、あの女だけはやめたほうがいい」と忠告されている“札付き”でした。
鬼熊は、おけいにも随分貢いだようですが、恋人がいたため、またもや道化に。
おはな、おけいと続けざまにフラレて、鬼熊は復讐の鬼と化しました。
おけいを殴殺すると、おはなの関係者や駐在など、2人を殺し、4人に怪我を負わせ、1軒に火をつけて逃亡。
千葉県下、1000名以上の警察官と、6000名以上の消防団・青年団が動員され、未曾有の山狩りが行われたそうです。
鬼熊は、自分に煮え湯を飲ませたやつ全員に恨みを晴らすまでは捕まりたくないと逃亡。
マスコミは鬼熊に同情的に報じました。
普段世話になっていた村人たちも逃亡を手伝ったため、逃走劇は40日を超えています。。
逃げ切れないと思った鬼熊は、新聞記者を呼んで自殺を宣言。
しかし、なかなか死ねず、すると毒入り最中が村人から差し入れられ、鬼熊はそれを食して“無事”自殺を遂げました。
匿った上に“介錯”まで関わった人々は、後に裁判にかけられますが、すべて執行猶予か無罪で済んだそうです。
鬼熊事件が掲載されている『殺人犯の正体』は、Amazon Unlimited読み放題でも読むことができます。
『殺人犯の正体』(原作・鍋島雅治)が、各電子書店で絶好調発売中です!https://t.co/HdjGWWUeP8
実在の事件に取材し、殺人犯の正体に迫る。あの事件はなぜ起こってしまったのか!?一家支配解体殺人事件、愛犬家連続殺人事件、池田小児童殺傷事件、ロボトミー殺人事件、他9本収録!!#殺人犯の正体 pic.twitter.com/k09XaBCbGL— 岩田和久 (@kazkazkaz2017) July 19, 2018
どんな背景があろうと、犯罪には違いないはずです。
要するに我が国は、仇討ちを心情的に容認する価値観があるのかもしれません。
事件をどう見るか
鬼熊事件
1926年8月20日、荷馬車引きの岩淵熊次郎が、親しかった小間物屋の女性・けいが他の情夫と交際していたことを知り殺害。その後、けいと情夫の仲を取り持っていた知人の菅松の家を放火、けいと交際していた情夫とけいの働いていた小間物屋の店主も殺害、駆けつけた警官に重傷を負わせ逃亡。 pic.twitter.com/vTbhg4U5hl
— 久延毘古?陶 皇紀2681年令和三年水無月 (@amtr1117) August 19, 2020
事件が起こったのは都会ではありません。
そのため、事件を取材するために報道関係者などが多数訪れたことで、商店や宿屋などを経営している村人からは感謝されていたフシもあります。
またマスコミも調子に乗って、鬼熊の復讐を美化や同情のテイストで描いたきらいはあったように思います。
さらに、当時は「おいこら」の特高警察といわれ、要するに居丈高に威張り散らしていたので、村人が警察官には協力しなかったり、鬼熊の警察官殺傷が逆に全国的な人気を得る一因ともなっています。
はっきり書いてしまえば、今で言うストーカーの話です。
根が真っ直ぐなだけに暴走する。
増加するストーカー犯罪の心理に触れた気がしました。
ただ、その背景には、鬼熊に限らず人間の弱さを見た思いです。
鬼熊を利用していく悪い女もいれば、鬼熊が殺人犯になってもかばう人もいる。
情を考えたら鬼熊を裏切ることはできるはずがないし、だけど刑事事件を情で処することはできません。
つまり、どちらも周囲の人も間違っているのです。
結局、鬼熊のような性善説にたっていると、こんな結末になってしまうのかな、という気がします。
よく、人間観で、性善説か性悪説か、という対立軸で議論になりますが、私はもうひとつ、性弱説というものがあるのではないかと思います。
つまり、悪気はなくても、というより場合よっては善意ですらあっても、情で結果的に正しくない方向に流れてしまう。
この事件では、鬼熊も、かばった周囲も、性弱説のそしりは免れないと思いました。
以上、『鬼熊事件』は、荷馬車引きの岩淵熊次郎が復讐から4人を殺害したものの、村の人々は彼を捕らえさせまいと匿い続けた特異事件、でした。