植木等さんは、クレージーキャッツのボーカルであり、1960年代の東宝映画の屋台骨を支えた俳優です。その活躍を振り返っているのは『週刊現代別冊 週刊現代プレミアム 2020Vol.1』。記事のタイトルは、『昭和の「無責任男」その光と影』です。
『週刊現代別冊 週刊現代プレミアム 2020Vol.1』は、昭和の芸能界を代表する人物18人をを、貴重な写真と秘話で綴るムックです。
先日は、その中で石立鉄男さんの記事をご紹介しました。
一昨日は、田宮二郎さんの記事をご紹介しました。
タイトルに『週刊現代別冊』とあるように、週刊誌記事ののような構成をとった書籍ということです。
18人をご紹介しておきます。
- 鶴田浩二
- テレサ・テン
- 渥美清
- 美空ひばり
- 勝新太郎
- 丹波哲郎
- 松田優作
- 田宮二郎
- 石原裕次郎
- 高倉健
- 横山やすし
- 植木等
- 力道山
- 向田邦子
- 三波伸介
- 森繁久彌
- 石立鉄男
- 川谷拓三
今回は、その中の植木等さんについてご紹介します。
『わかっちゃいるけどやめられない』のエピソード
植木等さんといえば、ハナ肇とクレージーキャッツのボーカル兼ギター担当。
私は子供の頃は、すでにクレージーキャッツは映画やバラエティ番組に引っ張りだこでしたので、てっきり「お笑い」の人だと思っていました。
しかし、もともとはジャズを奏でるバンドミュージシャンだったのです。
東洋大学時代からバンドボーイのアルバイトを始め、フランキー堺さんが立ち上げたフランキー堺とシティ・スリッカーズに所属。
スパイク・ジョーンズをまねた冗談音楽を演奏するバンドでしたが、桜井センリ(ピアノ)、谷啓(トロンボーン)、稲垣次郎(テナーサックス) など、後にハナ肇とクレージーキャッツで活躍したメンバーもいました。
クレージーキャッツは、『おとなの漫画』という帯番組で人気が出て、1961年は『シャボン玉ホリデー』の出演と『スーダラ節』のヒットでいよいよ売れていきます。
1962年には、その人気から東宝映画より声がかかり、『ニッポン無責任時代』『ニッポン無責任野郎』がヒット。
その後は、東宝の社風に合わせるように「無責任」を「日本一」に変えてシリーズ化。
さらに、クレージーキャッツ全員が出演する『クレージー作戦シリーズ』も制作されます。
その総称が、いわゆる東宝クレージー映画であり、合計30本制作されました。
本書は、リアルでは真面目な植木等さんが、『スーダラ節』を歌うことを嫌がったものの、尊敬する父親・徹誠さんが、「この歌詞は我が浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の教えそのものだ。親鸞さまは90歳まで生きられて、あれをやっちゃいけない、これをやっちゃいけない、そういうことを最後までみんなやっちゃった。人類が生きている限り、このわかっちゃいるけどやめられないという生活はなくならない。これこそ親鸞聖人の教えなのだ。そういうものを人類の真理というんだ。上出来だ。がんばってこい!」と諭され、植木等さんは歌うことを決意したエピソードを書いています。
まあ、これは結構有名な話ですね。
クレージーの笑いは「悟りの笑い」
かつて、『植木等とのぼせもん』というドラマが、NHKで放送されたことがありました。
その第4回では、1965年のクレージーキャッツ結成10周年記念映画『大冒険』(東宝)の撮影エピソードが描かれています。
古澤憲吾監督(勝村政信)の演出はいつも破天荒です。
悪者に追われて、植木等が高層ビルの屋上から綱渡りで隣のビルに逃げるシーンがあり、スタントマンもたてなかったため、サーカス団員でもない植木等は案の定怪我をします。
付き人の小松政夫は、なんでそんなつらい仕事をするのだろうと、疑問を持ちます。
植木等の父親・徹誠(伊東四朗)は、「好きなことだけやって生きてる人間なんて誰もいないだろ」「やりたい仕事とやらなければならない仕事がある。今にお前さんにもわかる」と答えます。
植木等は、「自分がやらなかったら、スタッフの生活はどうなる」といい、綱渡りのシーンを何とか撮り終えると、「植木等もラクじゃねえな。でも、だからこそ面白いんだよな」と、悟ったように小松政夫に語ります。
「ラクじゃねえな。でも、だからこそ面白い」
この一言には、まさに人間の不幸や苦悩や苦労を救う重みを感じます。
クレージーキャッツの笑いは「大人の笑い」といわれましたが、私には「悟りの笑い」に感じました。
では、なぜそのような「悟りの笑い」にたどり着いたのか。
『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジンVol.28』(講談社)には、クレージーキャッツの歌の作詞や出演番組の構成作家を担当した、青島幸男氏の長女である青島美幸さんが興味深いエピソードを綴っています。
だから落ち込んだときに聴くと元気が出ます。私はいじめられっ子でしたが、中学3年生のときにクレージーが歌う父の曲で暗い気持ちが吹っ切れました。以来、私はスーダラ教の信者なんです(笑)。
ここを読んだとき、私はポンッと膝を打ちました。
なぜ東宝クレージー映画を見ると元気が出るのか
クレージー映画というと、根拠はないけど、見ると明るい気持ち、前向きな気持ちに、なるというのは、私だけでなくみなさんのほぼ共通した感想です。
ですが、ではどうしてそうなれるのか、ということについて、私は明確な答えを見出せずにいました。
たしかに作中、設定は違えど毎回植木等は、「明るく行こうよ」「パーッと行こうよ」と言っています
しかし、ストーリーはよくよく見ると、挫折や失敗が多く、しかもそれは自分の力不足というより、他人に裏切られたり、足を引っ張られたりする、結構暗くて痛ましい展開ばかりです。
かといって、その後の展開は決して、黒いものでも屁理屈で白いと思い込んで自分をごまかす「ポジティブシンキング」とは違うんですね。
落ち込むシーンもちゃんとありますから。
要するに、不幸・不運の事実は素直に落ち込む。
逃げずにとことん落ち込んだ上で、でも、まあ人生そういうこともあると思い直す。
生きている限りは、道を探して前に進まなければならないんだと、粛々と切り替えていくわけです。
つまり、クレージー映画の明るさは、無理に心がける、建前やキレイ事の明るさではなくて、人生のあらゆる出来事を真正面で受け止める「悟った明るさ」なので、そこには哲学的な説得力というか、真実を感じるのです。
鶴田浩二さんや上田吉二郎さんも仰天したエピソード
テレビ番組の代表作である『シャボン玉ホリデー』については、『シャボン玉ホリデーースターダストを、もう一度』(五歩一勇著、日本テレビ放送網) という書籍に、面白いエピソードが載っていたので、こちらもご紹介します。
そう質問したら、植木は迷わずその人物の名をあげた。
「オフィスの受付があってさ。受付嬢って形でピーナッツがいて、鶴田浩二さん扮する客が、何やら会話している。カメリハのとき、そこへボクがオオクニヌシノミコトの格好で入って行ったら、鶴田浩二さんが思わず一言、『時代が違う』(笑)、こう言ったんだよ。なんなんだお前は、って顔でさ。ソレが狙いなんだけど、『時代が違う』って言われてもネェ…カッカッカッカ」(中略)
スタジオ入りした上田(吉二郎)親分にときのAD、こうリクエストした。
「あのゥ、上田さん、今度のシーンなんですが……」
「なんですか?」
と真顔の当人。
「冒頭のコントが終わって、突然、牛がモォ~ツって言ったら、スタジオになだれ込んで……」
「はァ?」
「バラホロヒレハレって感じで、大騒ぎしていただけますか」
と、注文をつけるAD。
すると本人、思わぬ質問をしてきた。
「それは、どういうワケですか?」
「……いや、その、べつに深いワケはないんですが……」
前代未聞のリアクションに、戸惑うAD。
植木たちにも助けを乞う目線を送る。上田の親分は親分で、
「すると、皆さんはワケのないことをやってるんですか?」
と、これまた植木に聞いてくる。
「いやあ、これには返事に困ってね」と、真面目さゆえのおかしさを語る植木。
「リハーサルのときには腕組んで、やってくれなかったの。“どういうことなんだ、コレは”って顔してネ、眺めてらして……」
いよいよ本番。植木が近づいて、お伺いを立てた。
「上田さん、おわかりいただけましたか?」と聞いたら、「皆さん、よくやるネェ」と言いつつも、本番はOKしたそうだ。
「アレにはまいったネ(笑)。〝意味のないコトやってるんですか〃って、参りましたヨ、ホント。だから〝お呼び″に至ってはもう、我慢できないのネ。〝なぜ、ココに入ってくる?〟てなモンで (笑)」
それだけ、当時の番組としては斬新だった、ということだと思います。
浅草芸人とも違う、ミュージシャンとしての独自の笑いでもあったのです。
そんな植木等さんも、70年代後半からは、「無責任」でも「日本一」でもなく、俳優として様々な実績を積んでいることも本書では触れています。
論より証拠で、ぜひ記事をご覧ください。
本書は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
以上、植木等さんを振り返る『週刊現代別冊 週刊現代プレミアム 2020Vol.1』。記事のタイトルは、『昭和の「無責任男」その光と影』です。でした。
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