がん六回、人生全快 復刻版(関原健夫著、ブックマン社)は、転移や再発を繰り返しながらも普通に働き続けた闘病記のバイブルです。がんになったら何もしないことを信奉する向きもありますが、治療できるならした方がいいということがわかります。
日本興業銀行(当時)ニューヨーク支店にて営業課長を務めていた関原健夫さんに、大腸がんがみつかりました。
その後、肝転移・肺転移により計6回の手術を受け、5年生存率20%といわれたがんを克服したのです。
みずほ信託銀行副社長、日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社取締役社長を歴任しました。
がん対策推進協議会委員として、「がん対策基本計画」策定にも参画し、現在は日本対がん協会常務理事を務めていました。
その関原健夫さんが著したのが、本書『がん六回 人生全快』です。
39歳で大腸がんを発症してから、肝臓や肺への転移を繰り返し、6回の手術に加え、心臓バイパス手術も受けるまでの16年間の奇跡的な闘病記です。
その後の心臓疾患、がん患者たちとの交流や、日本の対がん活動などについても加筆されています1。
『がん六回、人生全快 復刻版』は、関原健夫さんの著書をブックマン社が復刻しました。
Amazonの販売ページには、「『NHKスペシャル~働き盛りのがん~』でドキュメンタリードラマ化された、がん闘病記のバイブルというべき本書を復刻した理由。」として本書の内容が紹介されています。
がん患者が、がん患者にとって最も耐え難い転移・再発を繰り返しながらも、あきらめずにその都度手術等の治療を繰り返して普通に働き続けたことが、体験談として綴られています。
本書は、復刻版の本書がKindle版で、オリジナルが朝日新聞社から刊行されています。
近藤誠さんの「がんもどき」理論を改めて考える
2022年8月13日、「がん放置療法」「がんもどき理論」でおなじみの、近藤誠さんの訃報が話題になりました。
がん治療が辛く厳しい上に、絶対に治るとは限らないことや、医療過誤・ドクハラなどの風聞、経験などから、医療否定したい人たちにとって、大変心強い「理論」で信仰されていましたが、私の感想としては、素人ながら信用に足るものとは思えませんでした。
ところが、今回の訃報をもって、また一部のメディアでは「がん闘病論争」が行われています。
以前は、「がんの話」というと、なんか縁起でもない暗い話という感じで避けられていましたが、今はがんも告知される時代なので、公然と話題になるわけですね。それはいいことだと私は思います。
改めて、近藤誠さんの理論を振り返りましょう。
近藤誠医師の持論は一貫しています。
曰く、「がん」には他臓器に転移する「本物のがん」と、転移しないから慌てて治療しなくても命を落とすことのない「がんもどき」の2種類しかない。
「本物のがん」は現在の医学では治せない。
「がんもどき」は慌てて治療する必要はなく、最小の治療か経過観察でいい。
だから、どちらにしても「がん」は現在の三大療法のような、侵襲性の高い治療を慌てて行う必要はない、という立場です。
そのため近藤誠医師は、抗がん剤などの厳しい治療だけでなく、健康診断による早期発見自体に否定的です。
外科や内科の医師は一般に、この意見に対しては大反対。
とくに早期発見の否定は、助かる命も助からなくなるため、厳しい論調で批判する人も少なくありません。(ちなみに近藤誠医師は放射線医)
たとえば、外科医YouTuberでおなじみ『がん情報チャンネル・外科医 佐藤のりひろ』では、佐藤のりひろ医師が放置と治療の予後比較大規模調査の論文を紹介して、放置の方がずっと予後が悪いことを示しています。
【緊急配信】あらためて近藤誠氏の「がん放置療法」を考えてみた:標準治療を拒否してがんを放置するリスクとは? https://t.co/pSRXQuG6ZX @YouTubeより
— スケプティクス豚 (@butacorome) August 15, 2022
では、素人の分際で、私がなぜ「がんもどき」理論を信用に足るものとは思えなかったのか。
「がんもどき」は結果論で医学的根拠も積み重ねていない
ひとつは、近藤誠医師は「がんもどき」と「本物のがん」という分類を自らの主張の前提としていますが、では、その「本物」と「もどき」の違いについて、「わからないことが少なくありません」などと、何とも心もとないことを言っています。
つまり、結果として「がんもどき」であったとしても、診断時点で「もどき」を前提とした治療に留める条件が現在の医学ではできていないのです。
病気の診断というのは、「疑い」の場合、疑えるものを前提に徹底的に検査をし、その疑う根拠が完全に否定された時、初めてシロになるものです。
「疑わしきは治療せず」で取り返しがつかないことになって、近藤誠医師はいったいどんな責任が取れるのでしょうか。
さらに、近藤誠医師は、医学的根拠を積み重ねて自らの説を主張するという段取りを踏んでいません。
つまり、専門雑誌に晒される論文を発表していない、ということです。
前立腺がんのように進行の遅いがんもあります。
そこでしばし、「放置」が「良好」な現象があったとしても、この先どうなるか分からない。
合理的なサンプル抽出とともに、将来にわたってそのサンプルの経過を引き続き調査する必要があるでしょう。
たとえば、「がんもどき理論」は、がんを放置した患者が亡くなっても、「抗がん剤を使ったらもっと早く亡くなっていただろう」といい、命が続けば「がんもどきだった」と言います。
いずれも結果論と仮定の話だけですから、否定しようがないのです。
しかし、それでは何も解明したことになりません。
「本物のガン」でも治療して助かっている例はある
そして、もうひとつは明らかに近藤誠医師の言い分が当てはまらないことです。
つまり、「本物のがん」とただちに「闘う」ことで、がんを克服、もしくは寛解した例がいくつもあることです。
たとえば、本日ご紹介する関原健夫さんです。
東宝出身で、テレビドラマや映画、また歌でもヒット曲の実績がある黒沢年雄さんは、大腸がんや膀胱がんなどがん闘病通算8回。
きちんと手術して克服したそうです。
「水で治るとか信じるな。絶対に医者を信じて」と言っています。
80年代に売れっ子だった元チェッカーズのメンバー・高杢禎彦も、すさまじい「本物のがん」を経験した1人です。
2002年11月に「食道、胃接合部がん」で大手術を行い、胃や食道だけでなく胆のう、脾臓なども切除。
体には刀傷のように斜めに大きな傷跡が残り、手術から3年後には、担当医師から「開けても8割方ダメだろうって意見が大半だった」が「やってみなきゃ分からない」と半ばごり押しの手術だったと聞かされたそうです。
しかし、そうした壮絶な「闘い」の甲斐あって、2007年11月には公式サイトで術後5年の完治宣言をしています。
ソフトバンクホークスの王貞治会長も、すでに5年を過ぎた完治組です。
王貞治会長の胃がんは、ステージとしては悪くても2期でしたが、リンパ節に1ヶ所転移がありました。
転移しているのですから、近藤誠医師の分類によればこれも「本物のがん」です。
しかし、当時としてはめずらしい腹腔鏡手術で、体の手術跡もわずかで今も元気に仕事をしています。
王貞治会長の実兄が慶応大学外科教室出身で、執刀医の主任教授北島政樹医師の先輩だったという、エリート・ネットワークがものをいったわけですが、とにかく「本物のがん」から生還したことは事実なのです。
こうした人々は、病気が広がっていた「本物のがん」とたたかい、治療(切除)をしたから助かったのです。
もし、近藤誠医師の話を鵜呑みにして、「本物のガンだからたたかわない」などと諦めていたら、その人たちは今頃お星様になっていたのです。
肝転移や肺転移があっても生還した「本物のがん」
本書『がん六回 人生全快』を上梓した関原健夫さんは、大腸がん手術をうけ、その後6年間に再発と肝転移と肺転移を2度ずつ経験。
「5年生存率20%」から、タイトル通り6回の追加手術をして、がんを克服しました。
本書によると、大腸がんは肺や肝臓を通って全身に広がるので、フィルターである肝臓や肺の転移なら、まだ助かるチャンスがあるといいます。
39歳で日本興業銀行ニューヨーク支店の営業課長。
この時に大腸がんを経験。
ニューヨークで手術を受けましたが、担当医は「転移・再発の可能性が極めて高く、統計的には、5年生存率は20%程度です」と宣告。
その後6年間に再発と肝転移と肺転移を2度ずつ経験。
つまり転移があったわけですから、近藤誠医師の言い分によれば、助からない「本物のガン」ということです。
しかし、関原健夫氏は諦めず、6回に及ぶ手術によって克服しています。
サバイバーストーリー第7回 関原健夫さん(日本対がん協会常務理事)手術を6回経験、闘病を理解しサポートしてくれた職場への感謝 https://t.co/KmvYmSig83 @YouTubeより
— スケプティクス豚 (@butacorome) August 15, 2022
関原健夫氏はは京都大学を卒業後、日本興業銀行に入行したエリート。
その階層に存在する強力なネットワークを利用して、最新の治療を有力な医師のもとでよりはやくより確実に行うことができた恵まれたケースではあります。
ですから、一般庶民の闘病にそのままあてはめることはできない、という人もいます。
しかし、そうであったとしても、とにかく完治自体は事実なのです。
つまり、現代医学できちんと治療すれば、6度も転移する超強力な「本物のがん」であろうが完治できる場合があるということなのです。
アマゾン販売ページには、がん闘病記のバイブルというべき本書を復刻した理由が枚挙されています。
1.まず普通のサラリーマンが、歳若くしてがんを患い、がん患者にとって最も耐え難い転移・再発を繰り返しながらも、普通に働き続けた生き様をがん患者に伝え、闘病の励みになればと考えたこと。
2.日本とアメリカでがん手術を経験したこともあり、日米のがん告知・がん医療の違いや、患者の目を通して医師や看護師等医療従事者の、私生活を犠牲にした日本のがん医療の現場を伝えること。
3.著者の勤務先の日本興業銀行は私を健常者と差別することなく処遇し、仕事も与えてくれたことで、働き盛りのがん患者にとって
仕事の継続はがん闘病の原点であることを、企業経営者や人事責任者に理解して欲しかったこと。
4.最後は家族、友人や職場の上司と同僚達との良き人間関係が、闘病の最大の支えになったこと。
要するに、諦めないことと、仕事と家庭が闘病人生を支える、ということですね。
どうですか。
医学的云々以前に、「がんもどき」理論に比べて、なんて前向きな生き方だと思いませんか。
残念ながら、こんにちのがん治療は絶対ではありません。
といっても、より確率が高いもっとも信頼のおける治療は、現代医学に基づいた通常の治療であることは間違いないでしょう。
ですから、近藤誠医師のように否定するのではなく、限界と可能性をきちんと知った上で前向きにとらえ、自らの価値観で判断することが現時点での正解であると私は考えています。
関原健夫さんは、元みずほ信託銀行副社長、元日本興業銀行(現・みずほ銀行)取締役、前日本対がん協会常務理事などの肩書で活動後、2018年11月24日に心不全で死去しました。享年73歳でした。
以上、がん六回、人生全快 復刻版(関原健夫著、ブックマン社)は、転移や再発を繰り返しながらも普通に働き続けた闘病記のバイブル、でした。
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