泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。(漫画/ひらはらしだれ、興陽館)は、泉鏡花による短編小説の漫画化です。伯爵夫人と執刀医との恋をテーマとしており、身分違いの関係の美しさと儚さがメインとなっています。
『泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。』は、原作がもちろん泉鏡花さん、それを漫画化したのがもひらはらしだれさんで、興陽館から上梓されています。
この記事は、Kindle版をもとにご紹介しています。
ストーリーは、伯爵夫人と医師の高峰の、実らぬ身分違いの恋を描いた短編小説です。
タイトルの「外科室」は、そこが舞台であることから、つけたものと思われます。
泉鏡花さんは、明治後期から昭和初期にかけて活躍した作家です。
小説家と書かなかったのは、小説のほか、戯曲や俳句も手がけたからです。
文学史上に名を知らしめたのは、『高野聖』という作品です。
「江戸文芸の影響を深く受けた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで、幻想文学の先駆者としても評価されている」とのことです(Wikiより)。
本作も、「特有のロマンティシズム」が存分に発揮されています。
作画の、ひらはらしだれさんは、本書のプロフィールによると、片々櫻絲(ひらはらしだれ)として2015年にデビューしたそうです。
本書は2023年2月15日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
麻酔無しで手術する覚悟の背景
本作は、上下2章による短編小説で、高峰医師と貴船伯爵夫人の話ですが、高峰医師の友人である画家の「予」による語りで物語が進んでいきます。
『外科室』は、泉鏡花の短編小説です。1895年(明治28年)に『文芸倶楽部』に掲載されました。
この物語は、医学士の高峰と伯爵夫人の密やかな恋愛を描いたものです。
身分違いの恋が描かれます。二人が互いに恋心を押し隠していた理由は、彼らの身分の違いにあります。
この物語は、前半が「外科室」、後半が「植物園」で話が進んでいきます。
「外科室」では夫人と高峰の一幕が、「植物園」では二人が初めて互いを見たときが描かれます。
物語の中心となるのは、前半の「外科室」の場面です。
手術台の上にいる夫人とメスを握る高橋は、言葉数少なく会話をしますが、発した言葉以上の感情が二人の間に行き交っているのが分かります。
書き出しの部分です。
貴船伯爵夫人が手術をするのですが、第三者の画家がそれを語ることについて辻褄が合うよう、ナースセンターで手術の見学を求めるシーンから物語は始まります。
「かたいこというなよ。美を追い求めるのが私の仕事なんだから」
「いくら高峰先生のご友人でも、のぞいたら怒りますよ」
すると、手術室からは、「いやよ、やめて」という声が。
図々しく手術室に入っていてく「予」。
「どうしたんです」と看護師に尋ねます。
「夫人が麻酔を嫌がっているのです」
看護師の一人が優しき声で夫人に尋ねます。
このとき夫人の眉は動き、口は曲みて、瞬間苦痛に堪えざるごとくなりし。半ば目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みひらきて、
「そんなに強いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂いうと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快なおらんでもいい、よしてください」
そう聞いたら、夫の伯爵が黙っていられません。
「秘密って、それは夫のわしにも聞かされぬことなんか。え、奥」
「はい。だれにも聞かすことはなりません」
伯爵は、嫌な気持ちになります。
そんな夫の気持ちを察して、周囲も黙ってしまいます。
再び口を開いた夫人は言います。
「高峰先生が執刀してくださるのよね」
「は、はい、外科科長の高峰が執刀を……」
「それなら私は、麻酔なしでも動きません(キッパリ)」
看護師は諌めます。
「それは夫人、いくらなんでもちっとはお痛みあそばしましょうから、爪をお取りあそばすとは違いますよ」
「いいよ、痛かあないよ」
「夫人、あなたの御病気はそんな手軽いのではありません。肉を殺そいで、骨を削るのです。ちっとの間御辛抱なさい」
あまりの頑固さに、伯爵は手術の延期を提案する始末。
しかし、高峰医師は、「一時後おくれては、取り返しがなりません」と、手術を決意します。
「夫人。私が責任持って執刀させていただきます」
「どうぞ……」
メスを入れる高峰医師。
ことのここに及べるまで、医学士の挙動脱兎(だっと)のごとく神速にしていささか間(かん)なく、伯爵夫人の胸を割(さ)くや、一同はもとよりかの医博士に到(いた)るまで、言(ことば)を挟さしはさむべき寸隙(すんげき)とてもなかりしなるが、ここにおいてか、わななくあり、面を蔽(おお)うあり、背向(そがい)になるあり、あるいは首(こうべ)を低(た)るるあり、予のごとき、われを忘れて、ほとんど心臓まで寒くなりぬ。
「痛みますか」
「いいえ、あなただから、あなただから」
といいつつも、
「でも、あなたは、あなたは、私(わたくし)を知りますまい!」と、突き放します。
麻酔無しで胸を割かれて、このような会話ができるのでしょうか。
高峰医師は、「忘れません(キッパリ)」と答えます。
夫人はそれを聞くと、あどけない笑みを浮かべて絶命します。
その時は、まさに世界は2人しかいませんでした。
そして、物語は「下」章に。
2人の出会いが語られます。
あれは9年前のことでした。
小石川の植物園。高峰医師と画家は橋の下で貴族の婦人の集団とすれ違い、ただその一瞬に高峰医師と夫人は恋に落ちました。
夫人とすれ違いざまに、高峰医師は言います。
「見たか。真の美というのは、ああいうものなのだ。画家よ、勉強したまえ」
以来、高峰医師が、夫人について語ったことはありませんでしたが、それは身分の差を自覚していたからでしょう。
気持ちだけはそれを貫きたかったのか、高峰医師は誰とも結婚観しませんでした。
そして手術の同日、夫人の後を追うように高峰医師も亡くなりました。
「私」は心の中で、この2人は罪悪があって、天国に行くことはできないのだろうかと問い、物語は終わります。
恋愛は「罪悪」なのか
原作の最後の一行は、漫画では表現されていません。
語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。
どういう意味なんでしょうね。
身分差があって、結婚しなかった2人。
自分の気持ちよりも、世の習いに従い、別の伯爵男性と結婚してしまった夫人。
一方、自分の思いを大切にして、結婚そのものを拒否した高峰医師。
いずれにしても、2人の選択は罪悪があって、天に行けないものだろうか、といったことでしょうか。
しかしまあ、罪悪と言うなら、身分なんてものがある社会それ自体が罪悪だと思いますけどね。
原作は、青空文庫でリリースされています。
切ない恋愛を描いた短編小説の漫画では、『葉桜と魔笛』(原作/太宰治、イラスト/だらく)をご紹介したことがあります。
姉妹の美しくも切ない心の交流を描いています。
ぜひ、本作を読まれることをおすすめします。
以上、泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。(漫画/ひらはらしだれ、興陽館)は、泉鏡花による短編小説の漫画化、でした。
―泉鏡花『外科室』―あの極限の文学作品を美麗漫画で読む。 – 鏡花, ひらはらしだれ
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