斜陽(原作/太宰治、漫画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、没落華族から滅びの美しさを描く太宰治の代表作です。東京帝大在学中に、左翼運動、女性問題、薬物中毒、数度の自殺・心中未遂など、波乱の青春時代を送った著者ならではの陰翳に富んだ作品です。
『斜陽』といえば、太宰治の原作、バラエティ・アートワークスの漫画で、Teamバンミカスから上梓されました。
まんがで読破シリーズ第11巻です。
この記事は、Kindle版からご紹介しています。
2023年02月27日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
人間は、恋と革命のために生まれてきたのだ、というモチーフは、日本共産党員ともいわれた太宰治の、左翼的思想らしいものです。
主人公のかず子は華族の生まれですが、戦後の影響で没落。母は死に、弟も自殺しますが、主人公は家族のある男性に恋をし、男性の子を身ごもる「成就」をもって生きていくことを「革命」と呼びます。
戦後、いったんは脱落したと思われた太宰治が、日本共産党に再入党することは、増山太助著『戦後期左翼人士群像』(柘植書房新社、2000年)に記されていますが、まさに本作には、没落した華族が、革命の意識を以て再び生きる意欲を抱くという、著者自身の生き様に重なるものがあります。
Amazonの販売ページには、こう紹介されています。
それでは、すでに多くの方がご存知かもしれませんが、あらすじを見ていきます。
貴族に生まれたのは、僕たちの罪でしょうか
原作では、主人公のかず子の家で、母がスープを飲むところから始まります。
本作では、わかりやすく、天皇の玉音放送を聞く「臣民」、すなわち敗戦と没落の描写から始まります。
そして、スウプを一さじ、すっと吸うシーンになります。
「あ」と、かすかな叫び声。
「髪の毛?」とたずねる、主人公のかず子。
「いいえ」
そして、おむすびに手を伸ばします
「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」
とくだん、驚くほどのシーンではありませんが、なぜそれを描いているのか。
かず子の家は、食事マナーにも然るべき「たしなみ」が求められる華族だからです。
華族は、明治憲法下において制定された、貴族階級の一つです。
しかし、敗戦後の華族制度廃止から没落貴族になりました。
大学の中途で召集され、南方の島へ行った主人公の弟の直治はこう言っていたそうです。
「貴族なんてものの大部分は、高等な乞食みたいなもんさ。本物の貴族はママぐらいなものだろう」
進駐軍からは、屋敷を立ち退くように言われ、静かな伊豆の山荘に引っ込みます。
引っ越し早々、母親は倒れます。
この後、床の生活中心になりますが、結局結核となります。
直治が帰ってきますが、相変わらず家のお金を持ち出します。
もともと直治は、作家のマネをして薬物中毒になって、その薬代で母親に大変な散財をさせていました。
それを、また始めたというのです。
もっとも、直治は直治なりに、伊達や酔狂でそうなっていたわけではありませんでした。
直治が麻薬中毒で苦しんでいたときの手記には、日本の戦争はヤケクソであり、ヤケクソに巻き込まれて死ぬのはゴメンだ。デカダン(退廃的な生き方)でもしなきゃ生きていけない。非難する人よりは「死ね」と言ってくれる人のほうがありがたい、と描いてありました。
さらに、1946年2月の金融緊急措置法もありました。
政府は「預金封鎖」と「新円切替」を宣言。
要するに、市中のお金を整理したわけです。
その上、財産調査を行い、それに対して財産税を課税。
莫大な資産を所有する皇族や華族は、最大で全財産の約90%を財産税として納めなければならなりませんでした。
何十人という使用人に囲まれ、料理が次々運ばれる生活から、今日の米の心配をせねばならない生活に一変したのです。
少しもいいことがない、かず子の人生です。
ただ、かず子には、唯一の生きる希望として、母にも「秘事」としていることがありました。
弟の直治が、親しく付き合う小説家・上原二郎の存在でした。
といっても、そんなに深い付き合いがあったわけではなく、数年前に一度だけ顔を合わした際にキスをされただけです。
しかも、「べつに何も好きではなかった」のに、それ以来彼に対する想いが募っていきました。
当時、かず子は夫のある身でしたが、うまくいっておらず、夫の小言に対抗して「私には恋人があるの」と口走ってしまいました。
しかし、これはまずかったですね。
かず子は妊婦でもあったのですが、「恋人の子」と疑われ、流産を機会に離縁されて出戻りの身だったのです。
かず子は考えます。
ただ私自身の生命が、こんな日常の中で、おのずから腐っていくのを予感せられるのがおそろしいのです
かず子は、上原二郎の愛人になることで、人生の活路を見出したいと思っています。
かず子は、上原二郎に手紙を書きます。
それなら、私も、私の虹を消してしまわなければなりません。けれども、私の生命をさきに消さなければ、私の胸の虹は消えそうもございません。
御返事を、祈っています。
上原二郎様(私のチェホフ。マイ、チェホフ。M・C)
しかし、上原二郎は、貴族が嫌いだと公言していました。
そんななかで、さらに母の具合が悪くなります。
かず子は直治と葬儀を含めてこれからを話し合いますが、「私には行くところがある」といいます。
「自活か?働く婦人?よせよせ」
「自活でもないの。私ね、革命家になるの」
「へ?」
母親が亡くなると、かず子は「戦闘開始」します。
上原二郎宅を尋ねると、夫人と娘がいました。
夫人から、居場所を聞き出します。
「好き焦がれる。恋しいのだからしょうがない。少しも自分をやましいとは思わぬ。人間は恋と革命のために生まれたのだから」
飲み屋で上原二郎を見つけたかず子。
「しくじった。惚れちゃった」と二郎。
「キザですわ」
「この野郎」
2人はその晩、結ばれます。
しかし、その朝、直治は服毒自殺していました。
「貴族に生まれたのは、僕たちの罪でしょうか」という遺書を残して。
上原二郎とも結ばれることはありません。
かず子は、二郎に最後の手紙を書きます。
原作より、一部抜粋します。
どうやら、あなたも、私をお捨てになったようでございます。いいえ、だんだんお忘れになるらしゅうございます。
けれども、私は、幸福なんですの。私の望みどおりに、赤ちゃんが出来たようでございますの。私は、いま、いっさいを失ったような気がしていますけど、でも、おなかの小さい生命が、私の孤独の微笑のたねになっています。
けがらわしい失策などとは、どうしても私には思われません。この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。
私には、はじめからあなたの人格とか責任とかをあてにする気持はありませんでした。私のひとすじの恋の冒険の成就だけが問題でした。そうして、私のその思いが完成せられて、もういまでは私の胸のうちは、森の中の沼のように静かでございます。
私は、勝ったと思っています。
革命は、いったい、どこで行われているのでしょう。すくなくとも、私たちの身のまわりに於おいては、古い道徳はやっぱりそのまま、みじんも変らず、私たちの行く手をさえぎっています。海の表面の波は何やら騒いでいても、その底の海水は、革命どころか、みじろぎもせず、狸寝入たぬきねいりで寝そべっているんですもの。
けれども私は、これまでの第一回戦では、古い道徳をわずかながら押しのけ得たと思っています。そうして、こんどは、生れる子と共に、第二回戦、第三回戦をたたかうつもりでいるのです。
こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。
半自伝に独自のモチーフ
以前ご紹介した、『人間失格』は、実は著者の自伝ではないかといわれている、と書きました。
今回の『斜陽』については、太田静子という女性がモデルになっているのではないか、とされています。
太田静子という女性は、やはり妻帯者の太宰治の子を宿したと言われているからです。
名作は、実在のモデルを、著者のモチーフで描く形で完成したものが、文学史上、少なくないですね。
私は大学時代、小説作法という授業で、「書くことは他者献身であり自己救済だ」と教わったことがあります。
どうしてもこのことは書きたい、という、まさに自己救済の強い思いが、作品としてあらわれているんでしょうね。
まんがで読破シリーズは、このほか、
などをご紹介しているので、そちらもご覧いただけると幸甚です。
以上、斜陽(原作/太宰治、漫画/バラエティ・アートワークス、Teamバンミカス)は、没落華族から滅びの美しさを描く太宰治の代表作、でした。
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