ラーメン発見伝(久部緑郎/河合単、小学館)は、昼間はサラリーマン、夜は屋台ラーメンと二足の草鞋で修行するラーメンマニアの話です。グルメ漫画にありがちな「味対決」にとどまらず、現実的に理想を追求するビジネスとしてのラーメン店事業への道筋を描きます。
ラーメンマニアからビジネスとしてのラーメン事業者への成長漫画
『ラーメン発見伝』は、久部緑郎さん原作、河合単さん作画により、小学館から上梓されている漫画です。
『ビッグコミックスペリオール』(小学館)で連載され、すでに完結(1999年23号~2009年15号)しています。
単行本にして全26巻。
10年以上前の作品でネタバレしていますが、AmazonUnlimitedの読み放題リストに入っていることを知り、改めて読んでみました。
ダイユウ商事の藤本浩平は、サラリーマンでありながら、夜は屋台でラーメンを作っています。
ゆくゆくは店舗を構えて脱サラ開業を目指しています。
ラーメン好きの同僚女子社員・佐倉祥子をパートナーに、創作ラーメン勝負を行ったり、不人気店のコンサルを経験したりシて、味だけでなくビジネスとしてのラーメン店運営者として研鑽を積んでいく話です。
最初は、グータラ社員・藤本浩平と、いつも行動をともにしている同僚女子社員・佐倉祥子、という関係から『美味しんぼ』の亜流かなとも思いましたが、ストーリー展開が全く違います。
『美味しんぼ』は、「究極のメニュー」と「至高のメニュー」の対決が核となるストーリーとして続き、山岡士郎と海原雄山の因縁が絡むストーリーでした。
『ラーメン発見伝』は、タイトル通り大衆料理のラーメンにターゲットを絞り、レシピの改良や創作メニューだけでなく、ラーメン店経営の問題点なともテーマとし、敵役の芹沢達也も決して悪役ではないため、より現実的で、ある種スポーツライクなドラマツルギーとなっています
通ぶっている客は自分で判断できない
第1巻を読んでいて一番印象に残ったコマは、芹沢達也のセリフです。
「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ」
ラーメン発見伝26巻を大人買いして読破中。
「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ」
という芹沢のこのセリフはなかなか尋常じゃないゾ。
やはり歴史に残る漫画というのは、ワル役の個性が尖りまくっていて人間の弱い部分の本質を鋭くえぐって来る。
(ラーメン発見伝1巻より) pic.twitter.com/INYrrYOV1T— 聖丁 (@Fist_of_Phoenix) October 20, 2019
調べてみると、関連ツイートも複数ありますね。
藤本浩平と佐倉祥子は、ラーメン店の行列を見かけます。
そこは、芹沢達也の『らあめん清流房』。
鮎の煮干しラーメンが話題の有名店です。
テレビクルーが入る中で、佐倉祥子は話題の濃口らあめん、藤本浩平は「淡口」と言いかけて、やはり「濃口」を注文します。
そして着丼したラーメンをすすりますが……。
リポーターのマイクが向けられると、藤本浩平は、
「濃口らあめんは、ニンニクを揚げた牛脂の香りが強烈過ぎて、鮎の風味なんてケシ飛んでるじゃないですか。はっきり言って看板に偽りアリじゃないかなァ。なのに、“濃口らあめん”を食べながら鮎の煮干しがどうのこうの言ってる人がいる」
と、率直な意見を言ってしまい、他の通ぶった客と揉めてしまいます。
芹沢達也は最初、「油断大敵だな、こんな鋭いお客さんがいるんじゃ」と、藤本浩平の言い分を認めていましたが、藤本浩平が屋台を出している同業者とわかると、一転して厳しい物言いに。
「オマエはただのラーメン好きとしては味をわかっているほうだ。しかし、プロを目指す身としては、なにもわかっていない。ラーメンのことも客のことも商売のことも、何もかもだ」
芹沢達也の経験によると、最初は自分の理想の「淡口らあめん」だけで店を始めたものの、ギリギリやっていけるほどの客しか入らなかったといいます。
鮎の煮干しが醸し出す清涼な風味を軸に、比内鶏の鶏ガラ、鹿児島産黒豚の豚骨、有機栽培野菜など、本物ばかりの素材の持ち味が、絶妙に調和したラーメンなのに……。
しかし、いいものが常に認められるとは限らない。
大半の人間は、単純でわかりやすい刺激しか理解できない。
そのくせ、そういう鈍感ヤローに限って、自分はものをわかった人間はだと思いたがる。
それを悟った芹沢達也は、通ぶった鈍感ヤローの「下品な味覚」に合わせて、ニンニクを揚げた牛脂を加えた“濃口らあめん”を出し、こってり指向に合わせた。
藤本浩平が指摘したように、強烈な香りの前に他の素材の風味が飛んでしまうことは覚悟の上で。
にもかかわらず、“濃口らあめん”は大当たり。
牛脂を食らって、「鮎の風味がする」なんて通ぶっている客でごった返した。
そこで、上掲の芹沢達也のセリフです。
通ぶっている客は、ひっきょう、自分の舌では判断していない。判断できない。
マスコミやインターネットの情報があって、初めてうまいと思う。
つまり、情報さえあれば、まずいラーメンでもうまいというようになる。
理想の淡口らあめんがわかる一部の人たちのために、値段も味もよくしたい。
そのための財源は、濃口を欲しがるボンクラ客で稼がせてもらう。
芹沢達也は、「商売をしていく上で、現実をわきまえて理想を追求するっていうのはそういうことなんだ」と締めくくります。
ビジネスと人の心のあり方を考えさせてくれる
なぜ、ここが印象に残ったかというと、
- 綺麗事でないビジネスとしての実情を読者に提示している
- 「情報を食ってるボンクラ客」は、実はこの話に限ったことではない
ということです。
「1」は、芹沢達也という敵役が、悪役ではないことを示しています。
得てして、主人公がお客のことを考える優等生で、適役は儲け主義という対立を描きがちですが、現実の消費者の「民度」と、一方で上質の客に対して誠実でありたいという積極的な気持ちを描くことで、たんなる勧善懲悪とか、客第一か金儲け第一か、といったステレオタイプの対立に留めない奥の深いストーリーを展開しています。
「2」についていえば、大衆の情報との関わり方を批判的に描いています。
大衆はマスコミを「マスゴミ」などと罵りいい気になっていますが、だったらその情報は全く無視しているのかというとそうではない。
要するに、都合のいい情報はうのみにするくせに、都合が悪いもの、自分の意に沿わないものについては、悪しざまに罵っているだけなのです。
たとえば、政治についての議論。
言論の自由は大変結構です。
しかし、その中身は本当に自分で考えているのでしょうか。
自分で一次資料にも当たらず、自分の頭で論考もせず、政治家やマスコミの、どのような思惑かもわからない言説を鵜呑みにしてポジショントークに明け暮れる。
そんな民度を考えさせられました。
ラーメンという大衆的なメニューに絞った、ビジネスと人の心のあり方を考えさせてくれる話です。
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