Y氏の隣人完全版(吉田ひろゆき著、電書バト)は、いじめられっ子が不思議な道具を与えられる1話完結の短編オムニバス作品。主人公が幸福になったり不幸になったりすることで、世の中の不条理や、人間のエゴを描いています。
『Y氏の隣人』は、吉田ひろゆきさんが、1988年~2002年まで『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に連載。
単行本は全19巻。文庫版全8巻(傑作選)も刊行されました。
2020年、著者監修完全版として復活!!
『Y氏の隣人』は2022年8月30日現在、全20巻中、10巻がAmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
内面を変えるツールでうまくいくこともいかないことも……
『Y氏の隣人』は、昭和の終わりから平成にかけて、コアな人気に支えられたブラックユーモアのオムニバス短編集です。
要するに、同一タイトルではありますが、毎回の設定やストーリーはその都度全く違うものです。
主人公は毎回違いますが、学校でいじめられっ子だったり、会社の成績が伸びなかったりする「落ちこぼれ」です。
そこに、幸福の伝道師・ザビエールや、薬売りのトヤマ、福の神など、怪しげなバイヤーが訪れ、不思議な道具を与えます。
それによって、幸福な結果をもたらしたり、不幸な結果を招いたりします。
著者が吉田ひろゆきさんですから、タイトルの「Y氏」は著者のことだと思われます。
Y氏=吉田氏の隣人
主人公は、どこにでもいるありふれた人物、ということなのでしょう。
似たようなプロットですと、『ドラえもん』を思い出します。
ダメ人間の野比のび太に対して、見るに見かねてドラえもんが、窮地を脱するためのツールを与えるのですが、のび太は中止にのって、それを悪用したり使いすぎたりして失敗する、というオチですね。
『ドラえもん』の場合には、ジャイアン&スネ夫が絡んで変な方向に行ってしまうことがあるのですが、本作にはそれはなく、あくまで主人公がそのツールを使ってどうなったか、ということだけが描かれます。
また、そのツールは、『ドラえもん』の場合には、どこでもドアだのタケコプターだのといった魔法のようなツールですが、本作の場合は、あくまでも主人公の内面が変わるものになっています。
ツールによって、心を変える。
それでうまくいくことがあれば、そうでないこともある、というのが基本的なストーリーです。
もっとも、ツールが登場するのは2話目からで、第1話はそれはありませんでした。
ということで、今回は第1巻を振り返ってみましょう。
悲しいけどこれもハッピーエンドなのか
第1巻の目次からまずご紹介します。
幸福の木
愛神かんばせ(顔)
ハムちゃんのこと
コンプレックスバンク
ラジオ・デイズ
ラッキーカード
ぐうどるさんの手袋
など計8話を収録しています。
いの一番収載の「幸福の木」を見ていきます。
主人公は「榎田くん」。
彼を、級友の「小柳くん」の視点で描いています。
榎田くんは青森から上京して、アパートを借りながら進学校に通っています。
しかし、気が弱くて、級友に金を貸してくれと言われると、返ってこないとわかっていても断れません。
その榎田くんが、1週間も学校を休んでいるので、友人である「ボク(小柳くん)」は榎田くんのアパートを訪ねます。
榎田くんの部屋には、たくさんの鉢植えがあります。
「外に出る気がしないんだ…。人に会うのが怖くって…」と榎田くん。
よく聞いてみると、新興宗教の人からツボを買わされ、英会話の教材セットをキャッチセールスに捕まり購入。
驚く小柳くん。
「君みたいなことやっていたら、それこそ尻の毛残らず抜かれちまうぜ!」
しかし、小さい頃からいじめられっ子だった榎田くんは、イジメっ子たちから身を守る処世術として、いつも言いなりになっていることが習性になってしまったというのです。
「自分でもなさけなくなってくるよ」と、榎田くん。
1週間、こもっている間は、鉢植えと会話をしていたそうです。
そんなとき、小柳くんは、クラスの原さんの写真を見つけます。
「好きなのかい?」と小柳くん。
「あ、でも憧れてるだけだから」と否定はしない榎田くん。
小柳くんは、榎田くんのために、原さんと2人きりで話せる機会をセッティングしました。
そして、2人はデートの約束をするところまでこぎつけたのですが、ある日、学校の黒板には、2人の関係を茶化す落書きが。
「榎田くん、殴れよ」
小柳くんは、落書きの犯人を指して言いますが、榎田くんは殴れません。
そのとき、犯人の頬をひっぱたいたのは、原さんでした。
榎田くんは、別の意味でショックを受けました。
本当なら、自分が怒らなければならないのに、自分は何もできなかった。
好きな娘があんなにひどい目にあって何もできないなんて……。
榎田くんは小柳くんに言います。
「最近思うんだ。植物になれたらなあって。こいつらは陽の光と水さえあれば生きていけるんだ。ボクには人間社会はちょっとしんどいや」
小柳くんは、気を取り直すように、山歩きに誘います。
「それじゃ、土曜日に迎えに来るからね」
と言ってちらっと榎田くんを見ると、アタマから芽が出ているような気が……。
当日、小柳くんがアパートに迎えに行くと、なんと布団には1メートルぐらいの木が。
枕元には書き置きがあり、その木を原さん宅の庭に植えておいてほしいと。
次の日の朝、原さんが雨戸を開けると、木はいくつも花を咲かせていました。
ハッピーエンド……といえるでしょうか。
でも、たぶん榎田くんは、かりにそのまま暮らしていても、いつか自殺してしまうかもしれません。
自己肯定感も事故意思決定能力も低い私も、榎田くんのような心境になること、ありますよ。
現実は、木にはなれませんから、そのままズルズル生きていますけどね。
「よかったね、榎田くん」と言いながら、ちょっと泣けて来るようなエンディングでした。
もちろん、この話は以前読んだことがあるのですが、今回改めて読み、そんな心境になりました。
著者と私は同い年なので、そのへんでもなにか通じるものがあるのかもしれません。
ま、論より証拠で、ぜひみなさんにもお読みいただきたい作品です。
以上、Y氏の隣人完全版(吉田ひろゆき著、電書バト)は、いじめられっ子が不思議な道具を与えられる1話完結の短編オムニバス作品。でした。
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