『こころ』(夏目漱石/作、高橋ユキ/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、エゴと倫理観の葛藤を描いた小説の漫画化

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『こころ』(夏目漱石/作、高橋ユキ/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、エゴと倫理観の葛藤を描いた小説の漫画化

『こころ』(夏目漱石/作、高橋ユキ/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、エゴと倫理観の葛藤を描いた小説の漫画化です。恋愛と友情の間に悩みながらも、友人よりも恋人を選択。自分自身をも信用できなくなった自己嫌悪の心理が描かれています。

『こころ』は、1914年に発表された夏目漱石さんの代表作の一つであり、上「先生と私」中「両親と私」下「先生と遺書」の三部で構成されています。

発表当時のタイトルは『こゝろ』で、『こころ』は新仮名です。

それを底本に高橋ユキさんが漫画化。

秋水社で制作し、学研パブリッシングから刊行されたものです。

青空文庫によると、『こころ』は、集英社文庫、集英社から刊行。

1914(大正3)年4月20日~8月11日まで、朝日新聞に『心 先生の遺書』というタイトルで連載。

初版発行日が1991(平成3)年2月25日で、1995(平成7)年6月14日第10刷改版されています。

そして、1996(平成8)年6月30日第14刷。

初版発行日が比較的最近になっていますが、これは青空文庫が底本にした集英社版であり、岩波や新潮社など他社からすでに刊行されていたからです。

Wikiによれば、新潮文庫版は、2016年時点で発行部数718万部を記録しており、同文庫の中でもっとも売れている。作品としても「日本で一番に売れている」本だそうです。

太宰治さんの『人間失格』とともに、文芸作品としては異例のベストセラーでありかつロングセラーです。

『人間失格』(太宰治/作、比古地朔弥/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、人間関係に迷う生き様を描いた小説の漫画版
『人間失格』(太宰治/作、比古地朔弥/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、人間関係に迷う生き様を描いた小説の漫画版です。他人の前では道化に徹し、本当の自分を誰にもさらけ出せない男の、幼少から青年期までを男の視点で描いています。

長編文芸作品はハードルが高そうだと思われる方は、本書を含めて漫画化されたものが何冊か出ているので、それをまず読まれればいいのではないかと思い、今回ご紹介させていただきます。

ストーリーは、『私』が『先生』と出会い、交流、そして終盤は一気に先生の過去が描かれます。

人間の深奥にある感情が描かれ、明治から大正への時代の移ろいを感じることができます。

まず、登場人物を簡単にご紹介します。

主人公、というよりナレーションと狂言回し的な役割は、「」。

「書生」と表現されていますが、学校を卒業することが話題になるので途中までは大学生です。

田舎に両親がいて、兄妹は兄と妹(既婚者)。

父親が腎臓の大病を患っていることで、たびたび帰郷します。

「私」とともに物語の重要な役割を担っているのが「先生」。

実家が裕福だったため、叔父に騙されて財産をとられたものの、それでも定職につかずに屋敷を持ち妻帯の身です。

先生の妻」(お嬢さん)は唯一名前がわかっていて「静」(しず)といいます。

先生とは、わりない仲に見えますが、その一方で先生が距離を取っている風でもあります。

K」は、先生とは同郷で、専攻は別ですが同じ大学に通っています。

先生の提案で彼の下宿で一緒に生活することになりますが、これが先生の命まで奪う苦悩の契機となります。

『こころ』は、底本がすでに著作権の法的な保護期間を過ぎて、青空文庫からファイルをダウンロードして読むことができます。


本書については、マンガ図書館Zで無料で読むことができます。


ただ、マンガ図書館Zの無料リストは固定的なものではないので、無料期間のうちに読まれることを勧めします。

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なかなか明かされない深い「心の闇」が明かされたときは……

『こころ』のストーリーを要約します。

主人公の「私」は、本来カッコ書きですが、以下要約の部分は、私も先生もカッコなしで書き進めます。

上 先生と私

私はその人を先生と呼んでいた

物語はそこから始まります。

先生と言っても、私の通う大学の先生ではありません。

海で偶然にであった無職の男性です。

暑中休暇を利用して鎌倉の海に来ていたとき、西洋人と歩いている先生がいました。

「どこかで会ったことがあるような…」

私は気になって、連日その場所で先生を確認に行きます。

ある日、先生がメガネを落としたことで、やっと口を聞く機会が訪れると、「私は以前、貴男を見たように思うのですが、どうにも思い出せないのです」と切り出します。

先生は最初、「人違いじゃないですか」と、木で鼻をくくったような返事でしたが、それがきっかけとなって、会話を交わすようになり、東京に帰ってからも自宅に訪ねるようになります。

私はこういう事でよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安に揺うごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。

私は、先生が留守のときに訪ねると、「美しい奥さん」が応対してくれました。

先生は例月、その日になると雑司ヶ谷の墓地にある或ある仏へ、花を手向たむけに行く習慣であることがわかりました。

以来、たびたび訪問するようになりましたが、先生はいつも静かで、静か過ぎて淋さびしいくらいであり、近づきがたい不思議があるように思っていたものの、私にとってはどうしても近づかなければいられないという感じが、どこかに強く働いたと書かれています。

秘密めいたものを知りたくなったわけですね。

たとえば、誰の墓参りをしているのか、どうして行くのかは、奥さんにも言っていないのです。

そして、先生は「淋しい」という言葉をよく使う。

こんなやりとりもありました。

「子供でもあると好いんですがね」と奥さん。
「一人貰もらってやろうか」と先生。
「貰もらいッ子じゃ、ねえあなた」と私に奥さん。
「子供はいつまで経たったってできっこないよ」と先生。
奥さんが黙っていたので、「なぜです」と私が代りに聞くと、先生は「天罰だからさ」といって高く笑いました。

それでも、私からみて先生夫妻は「仲の好いい夫婦の一対であった」といいます。

先生は時々奥さんを伴れて、音楽会だの芝居だのに行ったり、一週間以内の旅行をした事もあるといいます。

先生からはこんな話も聞きました。

「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女はほとんど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思ってくれています。そういう意味からいって、私たちは最も幸福に生れた人間の一対いっついであるべきはずです」

気になったのは、「最も幸福に生れた人間の一対であるべきはずです」の一言。

先生はなぜ幸福な人間といい切らないで、あるべきはずであると断わったのか、私の謎は深まりました。

そうなることを妨げる理由があるかのようです。

肝心の二人の恋愛については、この時点で、ふたりとも私には何も話しませんでした。

私は大学生でしたが、教壇に立って指導してくれる偉い人々よりも、ただ独ひとりを守って多くを語らない先生の方が偉く見えました。

ところが、先生はそれを「お気の毒に思う」とたしなめます。

「私はそれほど軽薄に思われているんですか。それほど不信用なんですか」と私が気色ばむと、

「信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです。私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪のろうより外ほかに仕方がないのです」

私は、ますます先生の「心の闇」が気になって仕方ありません。

奥さんは、そのヒントをこう言ってくれました。

「実は私すこし思いあたる事があるんですけれども……。先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いいお友達が一人あったのよ。その方かたがちょうど卒業する少し前に死んだんです。急に死んだんです。実は変死したんです。それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後のちなんです。先生の性質が段々変って来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれどもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」

「その人の墓ですか、雑司ヶ谷にあるのは」

「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪まらないんです。だからそこを一つあなたに判断して頂きたいと思うの」

その後、私の父が病気のため、私は先生から金を借りて帰郷。

父の病気は思ったほど悪くなかったので、東京に帰ると早々に先生に金を返しました。

先生は、私の実家の家督を問います。

先生は、父親の生きているうちに財産を分けてもらうことを勧め、自分も「元は財産家なんだがなあ」と言います。

定職にもつかないのに、妻も「下女」もいる先生は十分財産家だと思われますが、もとはもっとあったといいたかったようです。

「あなたのお父さんが亡くなられるのを、今から予想してかかるような言葉遣いをするのが気に触さわったら許してくれたまえ。しかし人間は死ぬものだからね。どんなに達者なものでも、いつ死ぬか分らないものだからね」

「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚なぞの中に、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」

「私は他に欺かれたのです。しかも血のつづいた親戚のものから欺かれたのです。私は決してそれを忘れないのです。私の父の前には善人であったらしい彼らは、父の死ぬや否や許しがたい不徳義漢に変ったのです。私は彼らから受けた屈辱と損害を小供の時から今日きょうまで背負わされている。恐らく死ぬまで背負わされ通しでしょう。私は死ぬまでそれを忘れる事ができないんだから。しかし私はまだ復讐をしずにいる。考えると私は個人に対する復讐以上の事を現にやっているんだ。私は彼らを憎むばかりじゃない、彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を覚えたのだ。私はそれで沢山だと思う」

具体的なことは言われていませんが、先生の「闇」は、ひとつには血縁関係のある人に欺かれたことで人間不信につながっていることが、示唆されています。

しかし、他者を信用しないだけでなく自分自身も信用できない、というところは、親戚に欺かれただけでは説明がつきません。

私は踏み込みました。

「先生は何かを隠してますね」

「あなたは、私の思想と私の過去とをごちゃごちゃに考えてるんじゃありませんか。私の過去を語ることはまた別問題です」

「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから私は重きをおくのです。切り離せません」

「あなたは大胆だ」

「ただ真面目なんです。真面目に先生の人生から教訓を受けたいんです」

「私の過去を訐いてでもですか。あなたは本当に真面目なんですか。私は過去の因果で人を疑い続けている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうにもあなただけは疑いたくない。私は死ぬ前にたった一人で好いから他(ひと)を信用して死にたいと思っている。あなたはそのたった一人になってくれますか。あなたは腹の底から真面目ですか。」

「……も、もし私の命が真面目なものなら、私の今言った事も真面目です」

「よろしい。私の過去を残らず」

お、いよいよです。

私はツバをごくんと飲み込みました。

……が、

「今は話せません。適当の時が来たら話します」

あら、また先延ばし?

……などと急いたのは、ブログ主の方の「私」です。

物語の私の方は、先生のこの言葉に圧を感じたそうです。

中 両親と私

その年のお盆に、私は帰郷しました。

父親は日に日に衰えていきましたが、明治天皇が亡くなった報道にショックを受けていました。

そして、9月になって私が東京に帰ろうとしたとき、父親が突然倒れました。

「乃木大将に済まない。実に面目次第がない。いえ私もすぐお後あとから」

そんなとき、いくら帰郷先から手紙を書いても返事のなかった先生から電報が来ました。

「ハナシタイコトアリ トウキョウマデコラレタシ」

母親は、「きっとお頼たのもうしておいた口の事だよ。それにしても間の悪い」と嘆きます。

大学を出ても無職の私に、先生に相談してみろと母親に言われて手紙を書いたのです。

しかし、それは母に言われて書いたことで期待はしておらず、そもそも手紙は電報と行き違いで、まだ届いていないはずです。

私は、父のことで兄と妹の夫を呼んだばかりだったたに、先生には行けないという返電と、細かい事情を知らせる長い手紙を出しました。

先生からは、手紙を出して二日目に「来ないでよろしい」という内容の電報が届きました。

やがて、父は昏睡に陥り、話をするときも不明瞭なことを言うようになってきました。

そんな時、私宛に先生から分量の多そうな重い手紙が届きました。

「あなたから過去を問いただされた時、答える事のできなかった勇気のない私は、今あなたの前に、それを明白に物語る自由を得たと信じます。しかしその自由はあなたの上京を待っているうちにはまた失われてしまう世間的の自由に過ぎないのであります。したがって、それを利用できる時に利用しなければ、私の過去をあなたの頭に間接の経験として教えて上げる機会を永久に逸いっするようになります。そうすると、あの時あれほど堅く約束した言葉がまるで嘘うそになります。私はやむを得ず、口でいうべきところを、筆で申し上げる事にしました」

つ、ついにこれまでの謎が、先生の「心の闇」の謎が解き明かされるときが来たのです。

とにかく最後のページまで順々に開いて、それを畳んで机の上に置こうとしたところ、ふと結末に近い一文が目に入りました。

「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世には居ないでしょう。とくに死んでいるでしょう」

それは、先生の遺書でした。

私は、これまで知りたかった「闇」などはいっぺんにどうでもよくなり、先生の安否だけが気になって手紙を後ろから速読しましたが、得心できる話は書かれていませんでした。

これは大変なことになった。

父の様態は良くなったわけではありませんが、私はそのまま俥を駅へ向かわせ、母と兄へと手紙を書き、東京行きの汽車に乗り、先生の手紙を読み始めたのです。

下 先生と遺書

手紙には、次のようなことが書かれていました。

先生は20歳になる前に、両親をほぼ同時に同じ腸チフスで亡くしました。

先生は一人っ子だったために鷹揚に育てられ、知識も経験も分別もありませんでした。

その前から東京へ出ることになっていたので、父と懇意であった叔父の計らいで東京へ行き、高等学校へ入りました。

先生は、自分の父親が褒めていた叔父のことを信頼していたのです。

ところが、叔父の娘、つまり従姉妹との縁談を持ちかけられ、それを断ると、叔父家族が急に良い態度ではなくなりました。

叔父は、父母が亡くなった後、妾を囲いました。

一時失敗しかかった事業も盛り返したと聞きました。

先生が私に、「多くの善人がいざという時金によって悪人になる」と言ったのは、その叔父のことを考えていたそうなのです。

叔父は財産をごまかしたのです。

結局、先生の手元に残ったのは、予期より遥かに少ない金額で、先生は2度と叔父の顔は見まいと東京に出てきました。

宅を構えてみようと思った先生は、軍人の遺族、つまり夫人と娘の住んでいる家を紹介されて入居しました。

「はじめまして。静と申します」

叔父にひどい目に合わされ緊張していた先生の心は、遺族によってほぐされ、先生はそのうちに、そのお嬢さんに好意を抱くようになりました。

夫人は先生とお嬢さんを、近づけようとしつつも用心しているような態度を取っていました。

先生は自分の境遇を二人に話しました。

その話に感動した夫人は、先生を自分の親戚のように待遇しました。

しかし先生は、夫人を疑いしまた。

叔父と同じ理由で、私の財をアテにしているのではないかと。

そのような猜疑心があっても、静さんのことだけは例外で信じていました。

そんな3人の中に、もうひとり男性、Kが入ってきます。

というより、入れたのは先生自身でした。

Kは浄土真宗の僧侶の子でしたが、中学の時には医者の養子に入っていました。

養家はKを医者にしたがっていましたが、Kは宗教や哲学の道を志し、先生と同じ科に入りました。

そのため、仕送りが止まってしまったので、仕事をしながら勉学に励んでいたのですが、生活に困窮したKは、次第に健康と精神に異常をきたしていったのです。

そこで、見かねた先生がそれを止めて、自分の下宿に住まわせて物質的な援助をすることにしたのです。

女性を軽蔑していたKは、当初は夫人や静さんに心を許さなかったのですが、先生がそうだったように、次第に心を許すようになりました。

先生は「Kの変りようが愉快」と安堵する反面、Kがお嬢さんに惹かれているのではないかと心配になってきました。

そう、ヤキモチです。

2人がひとつの部屋で楽しそうに話しているのを、盗み聞きすることもありました。

夏休みの房州の避暑には、心配でKも付き合わせ、しかも「Kさえいなければ」と、トンデモない気を起こしかけもしました。

Kの神経衰弱はだいぶ良くなっていったらしいのに、先生のほうがだんだん過敏になっていったのです。

避暑から戻っても、お嬢さんとKの関係にヤキモキする日々に変わりはありませんでした。

夫人にお嬢さんをくれと談判しようかと考えるものの、お嬢さんがKの方に心を傾けているような素振りを見ると、なかなか踏み出すことができませんでした。

そんなある日、先生の部屋にKがやってきて、「お嬢さんが好きだ」と告白したのです。

先生は、すぐ失策ったと思いました。先を越されたなと思いました。

「その時の私は恐ろしさの塊りといいましょうか、または苦しさの塊りといいましょうか、何しろ一つの塊りでした。石か鉄のように頭から足の先までが急に固くなったのです。呼吸をする弾力性さえ失われたくらいに堅くなったのです。」

先生は、自分も心の内をKに打ち明けるべきだと思いながらも、「もう時期が遅れてしまった」と決めつけます。

先生は、自分がKを下宿に引き入れたくせに、Kを相手にするのが気味悪くなりました。

Kが一種の魔物のように見え、永久に祟られのではないかと思ったそうです。

そこまでいうか?

と、ブログ主の方の私は思いました。

誰だって人を好きになる権利はあるし、それは内心の自由でお互い様じゃないですか。

告白後も、とくにお嬢さんたちに変わりはなかったので、先生はKに、告白は自分だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかを確認しました。

彼は、誰にも言っていないといので、先生はホッとしました。

さらに先生はKに向って、「それが単なる自白に過ぎないのか、またはその自白についで、実際的の効果をも収める気なのか」と問いました。

いや、そんなの大きなお世話だろうと思うのですが、それはともかくとして、Kは答えませんでした。

「おれは迷っている。進んでいいのか。退いていいのか」

先生は、そんなKにこう言い放ちました。

「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」

「もうその話はよそう」とK。

「君の方から持ち出した話じゃないか。一体、君の平生の主張をどうするつもりなのか。君の心でこの事を止めるだけの覚悟がなければできまい」

畳み掛けたつもりの先生でしたが、Kは意外な返事をします。

「覚悟なら、ないこともない」

これを聞いた先生は、また焦りました。

それは、Kがお嬢さんに対して進んでいくという意味なのだと。

また私は出し抜かれるのか。そうはいくかい。

焦った先生は1週間後、仮病を使って学校にいかず、こっそり夫人に「お嬢さんを私にください」と願い出ます。

「あんまり急じゃありませんか」

「急にもらいたいのです」

「よござんす。差し上げましょう。あの子がお稽古から帰ったら、すぐにでも話しましょう」

話は、簡単に片付いてしまいました。

先生は落ち着かず、外に出て散歩をし、帰ってくるとKが戻っていました。

自分のために薬まで買ってくれたKを見て、先生は後悔しました。

それでも、謝罪も釈明もしませんでした。

お嬢さんが帰ってきて妙な雰囲気になり、先生は自分で説明するのも嫌になって、できるなら言わずにごまかしたくなりました。

「要するに私は正直な路みちを歩くつもりで、つい足を滑らした馬鹿ものでした。もしくは狡猾こうかつな男でした。そうしてそこに気のついているものは、今のところただ天と私の心だけだったのです」

しかし、いつまでもそういうわけにはいきませんから、夫人がKに話をしました。

Kは「最も落ち付いた驚きをもって」それ迎えたようです。

夫人が、「あなたも喜んで下さい」と述べた時、Kは微笑を洩もらしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立ったそうです。

そうして、「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません」といったそうです。

先生はそれを聞き、胸が塞ふさがるような苦しさを覚えたといいます。

その後も普段と変わらない様子のKを見て、先生は策略で勝っても、人間としては負けたと思いました。

なのに、この期に及んで、先生は、今更Kの前に出て、恥を掻かかせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛でした、と書いています。

そして、とにかく明日そのことについてまた考えようと思った晩、Kは頚動脈を切って自殺してしまいました。

遺書には、他者への恨みつらみは一切書かず、自分の意志の弱さだけをはじていました。

先生はお嬢さんと結婚しましたが、顔を合わせるたびに、Kのことが脳裏に浮かぶようになりました。

先生はただ、その一点で彼女を遠ざけていきました。

すべてを打ち明けようと思ったこともありましたが、妻の記憶に暗黒な一点を印するのにしのびなく、結局は言えませんでした。

こうして、他人に愛想を尽かした先生は、自分にも愛想を尽かしてしまったわけです。

夫人の死後、2人きりとなり、先生は罪滅ぼしで妻を大切にしましたが、罪悪感からは逃れることができず、その頃から死ぬべきだと考えるようになりました。

明治天皇が亡くなり、先生は明治の影響を最も受けた自分が生き残るのは時勢遅れだというと、奥さんは「では殉死でもしたらよかろう」と言いました。

もちろん冗談ですが、先生はその気になってしまいました。

そして、自殺を決意するのですが、それでもやはり、妻には何も知られたくないと記しています。

「妻が己おのれの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一ゆいいつの希望なのですから、私が死んだ後あとでも、妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、すべてを腹の中にしまっておいて下さい。」

この一文で、物語は終わっています。

相手のあることなのに自意識過剰だったのでは?

ということで、先生は自意識の高い方ですね。

自己愛と言ってもいいと思います。

そして、明治時代というのは、死ぬか生きるかという結論を出す時代だったのでしょう。

現代でもありますよね。

同じ人を好きになって、出し抜くとか抜かれるとか。

でも、後先がどうであっても、先方がいいと思った人ならイエスと言うし、そうでなければノーというべきですから、Kが先を越しても先生は焦らなくても、なるようにしかならなかったかもしれませんよ。

自己愛の強い人は、一方で自己肯定感は高くない場合が多いですね。

みなさんの感想をお聞かせください。

以上、『こころ』(夏目漱石/作、高橋ユキ/構成・作画、学研パブリッシング/秋水社)は、エゴと倫理観の葛藤を描いた小説の漫画化、でした。

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