喰王スペシャル(土山しげる、日本文芸社)は、食べることが好きなキャバクラ店長が、食べ物で問題を解決する日常を描く漫画です。“飯テロ”的なエキセントリックなシーンもなく、グルメ漫画の多い作者としては異色ともいえる作品です。
『喰王スペシャル』は、土山しげるさんが日本文芸社から上梓しました。
『喰王』と書いて、『クウキング』と読みます。
土山しげるさんは、『食キング』の作者のため、似た名前にしたのかもしれません。
ただし、『食キング』のような、エキセントリックな特訓や、食べるシーンなどはありません。
あくまでも、食べることが好きなキャバクラの店長が、従業員や関わりを持った人たちとのちょっとした摩擦を、食べ物で解決するというストーリーです。
土山しげるさんについては、定年を迎えた還暦男性がありふれた食堂を巡る『漫画版野武士のグルメ カラー版1st01』(久住昌之/原作、土山しげる/画、幻冬舎)、
商社に勤める無類の麺好き主人公が、立ち食いそばや町中華の焼きそばなどで騒動を解決する『男麺』(土山しげる、ゴマブックス)など
グルメコミックの作家としてたくさんの作品を遺されていますが、キャバクラの店長、というその中でも異色の主人公によって、いろいろなストーリーが展開されています。
本書『喰王スペシャル』(土山しげる、日本文芸社)は、Kindle版をもとにご紹介します。
2022年11月10日現在、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
謎のチョビヒゲ店長がトラブルも食べ物で解決
『喰王スペシャル』の表紙は、
『日本全国美味いモノ案内人!!』
『喰わせ上手なチョビヒゲの店長、ネオン街の「喰わせもの」!!』
『土山グルメ最新作 初単行本化』
と書かれています。
ということは、遺作と見ても良いのでしょうか。
上の2行は、まさに主人公の設定が説明されています。
主人公は、桑瀬主水(くわせもんど)。
通称、くわもんさん。
『食わせもん奴』とも読めます。
見かけは、鼻の下にちょび髭を生やした、少し太めのありふれた中年男性です。
キャパクラの店長で、全国の名産に精通しているグルマン。
しかも、食べるときは、たとえば博多ラーメンを前にしたら博多弁など、その名産の地方の方言を話すという本籍不明の人物です。
そもそも、主人公の背景は全く謎です。
それをストーリーには一切使っていないからです。
たとえば、どこで生まれて、どうしてキャバクラの店長になったり、食通になったりしたのか。
家族構成はどうなっているのか……。
1度、従業員が、くわもんさんの住まいに遊びに来るのですが、夫人が正月だけ来ていたことが語られています。
さすれば、単身赴任なのか。
また、キャバクラの店長になる前は、営業マンだったようですが、何を売っていたのかはわかりません。
食通になるには、それなりの動機や事情があり、それがストーリー展開に大きく影響するのが、土山しげるさんの作品を含めた他の作品の「お約束」なのですが、本作にそれはありません。
とにかく食通で、物語中展開されるゴタゴタは、食べ物で解決しています。
本編は、全21話です。
そして、『もんどセレクション』として、『桑瀬主水が厳選!!全国津津浦浦故郷の味』というタイトルとともに、ストーリーにでてきた地方の名物を紹介しています。
たとえば、こんかいわし(石川県金沢市)、静岡おでん(静岡県中部地方)、小豆雑煮(島根県松江市・鳥取県東部)、塩ブリののた(滋賀県竜王町)、ぜんご寿司(大分県佐伯市)、ねきそば(福島県大内宿)などです。
具体的には、こんなふうに紹介されています。引用します。
昔は旬を迎える春になると、能登から加賀の 海域でイワシが大量に水揚げされておりまし た。なにせ傷みやすい魚ですから一時に集中し して獲れると保存に困り、塩漬けにしたイワ シを更に糠に漬けるという方法で保存してみ たところからコンカイワシがうまれたそうな のですだ。イワシの旨みと塩っぱさがヤミツ入 キ ご飯はもちろん、お酒も進みますぞ!
2静岡おでん 静岡県中部地方
静岡県中部地方では大正時代から庶民の味としておで んが親しまれてきました。飲み屋や駄菓子屋におでん 鍋があり、子供も大人も一年中おでんを食べます。静 岡市には「おでん横丁」があり、湯気のたつ鍋を覗くと、 真っ黒スープからにょきにょきと竹の串が生えてます。 牛すじのダシのきいた濃いつゆで「黒はんぺん」や練 り物を着て、ダシ粉(かつおぶしの粉)と青海苔をか けて食べるのです。もう、たみゃらんですぞ!
主人公のくわもんさんの話し言葉で書かれているわけです。
ストーリーは、全体としておとなしめです。
ライバル店の店長が、時々仕掛けるのですが、『食キング』ほど壮絶ではありません。
あっさり、くわもんさんが勝っています。
そもそも、くわもんさんは、ライバル店と「勝負」という考えはなく、お互いが頑張れば良い、という考え方です。
ですから、ストーリーの中には、ギスギス感はなく、比較的刺激は少なく読めます。
『食キング』のような大掛かりなストーリー展開を期待すると、少し物足りないかもしれませんが、『孤独のグルメ』以来の、ストーリーにギスギス感を持ち込まないグルメストーリーという「トレンド」にあるものなので、そちらのほうがお好みなら期待に答えた作品であると思います。
各地の方言を話す本籍不明の男
本編は全21話の中で、第1話『くわもん登場』から簡単にご紹介します。
トップページの説明から。
ちょっと前にこの街にふられと現れて、今ではちゃっかり馴染んでいるけど、前職では日本全国を飛び回っていたらしく、日本各地の美味しいものを何から何までよおく熟知しております。
郷土料理、名物料理、B級グルメに、ご当地グルメ!
キャバクラなのに、料理が名物!
人呼んで「得恋レストラン」!!(笑)
漫画は、くわもんが、立ち食いそばでイカ天そばを食べるところから始まります。
すると、のレンの外から、「高い!!ぼったくりじゃなかか」という声。
くわもんは、食べかけの丼に自分のハンカチをかけ、「これ、後で食うから取っといて」と店員に伝えて声の主のもとへ。
スナックの客が、勘定が高いと言い、店員がそれをなだめていました。
くわもんが、「あんた、博多モンね。博多ン漢ならサクッと払わんね?」と仲裁に入ります。
安堵の表情を見せる店員にVサインしたくわもんは、客に「飲んた後のラーメン食わんね。おごるけん。この街にもうまか博多ラーメンの店があるとよ」と誘います。
店で注文後、客が「ところで、あんた誰ね」と尋ねるので、くわもんが答えようとすると、ラーメンが出来て着丼。
客は、「見た目と香りは本物っぽかばってん…スープを飲んだらばれるけん」と言いながらレンゲで一口。
「うまかーっ」
次々麺をすすります。
「地元以外でこげんうまか博多ラーメン、初めてったい!……ところで、あんた何者…」
といって客がくわもんのいた隣りを見ると、もうくわもんはいません。
テーブルには、600円と、くわもんの名刺が。
くわもんがスナックに戻ってくると、店員が礼を言います。
「くわもんさん、ありがとうございました。くわもんさん、博多の人だったんスね。知らなかったスよ」
すると、くわもんは……
「ちゃうちゃう。博多とちゃう」
本籍不明の男です。
くわもんは、立ち食いそば屋に戻り、ハンカチをとり、冷めてのびきった残りのそばをすすります。
「またうまい!トロトロになったイカ天の衣とそばを一緒にツユごと飲み干す」
店に帰ると、店長としてテキパキと指示を出します。
そうしているうちに、今度は前日面接に来た女性が「ル・ジャーナで働かせていただくことに決めました」とやって来ます。
面接の後に、お好み焼きを2人で食べたのが決め手だったようです。
「お好み焼きもおいしかったですが、店長さんと食べているともっとおいしくなって……」
くわもんは、もちろん彼女を歓迎します。
「ようこそ、ル・ジャーナへ!!まずは体験入店を」
キャバクラは、まずお試しで働いてもらうんですね。
初めて知りました。
くわもんは、今度は東北弁になります。
「あの娘、人気出っぺよ」
ということで、この回だけでも、博多ラーメンとお好み焼きが解決ツールになっています。
こんな感じで、毎回各地の食べ物、とくに大衆的なものが次々登場します。
その一方で、キャバクラ店長の仕事やキャバクラの営業方法、「キャスト」についてなどがさりげなくわかるようになっています。
全21話は、なかなか読み応えがあります。
いかがですか。
以上、喰王スペシャル(土山しげる、日本文芸社)は、食べることが好きなキャバクラ店長が、食べ物で問題を解決する日常を描く漫画、でした。
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