息子に夫を殺させた母の心の闇(深井結己、ユサブル)は、毒親に翻弄された女性が自分も毒親として息子を追い詰めてしまった話です。収録した『ザ・女の事件』【合冊版】Vol.2-1は、実際にあった事件を元に構成した漫画を全5話収録しています。
『ザ・女の事件』【合冊版】Vol.2-1は、桐野さおりさん4作、深井結己さん1作を収載してユサブルから刊行されています。
サブタイトルは、「~特集/嫉妬と愛憎に狂った女たち」と記されています。
目次には、「本書収録の作品は、すべて実際にあった事件を元に構成したフィクションです」と書かれています。
主たる経緯は本当にあり、設定や登場人物名などを変えている、ということだと思われます。
ワイドショーでとりあげられやすい愚かで残酷な衝撃事件、捨てられた母親との恩讐を超えた事件、毒親の業が子孫の人生を翻弄した事件など、一口に「女の事件」といっても、犯行がそうだったというだけで、その内容も背景も様々です。
それだけに読み応えがあり、いろんな人の立場や事情を考えるよすがになっていると思います。
単独版と合冊版で刊行
本書『ザ・女の事件』【合冊版】Vol.2-1には、次の5作品が収録されています。
ブス4人組鉄パイプ暴行リンチ殺人事件(桐野さおり)
狂った姉妹の絆~姉が妹の姑を襲撃したワケ(桐野さおり)
母に捨てられた女殺人者(桐野さおり)
実母殺害!!おひとりさま女性の後悔(桐野さおり)
息子に夫を殺させた母の心の闇(深井結己)
サブタイトルには、『なぜ彼女たちは愚かな犯罪に走ったのかー』と記載されています。
いずれも、それ単独の単行本もリリースされています。
本作を読まれる際には、ひとつ、気をつけていただきたいことがあります。
2022年10月6日現在、『息子に夫を殺させた母の心の闇』だけでなく、他の作品も含めて収載した『ザ・女の事件【合冊版】Vol.2-1』は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
が、『息子に夫を殺させた母の心の闇』単独の書籍は、読み放題リストに入っていません。
つまり、『息子に夫を殺させた母の心の闇』を読み放題で読みたい場合には、それ単独収録ではなく、他の作品も読める合冊版を選ぶことです。
1作品が別料金で、それを含んだ5作品が読み放題というのは、一見変ですけどね。
これはたぶん、Amazon Kindleのインカムの仕組み上そうしているのだと思います。
Amazon Kindleは、本を買ってもらえばもちろん収入が発生しますが、それだけでなく、AmazonUnlimitedの読み放題で読まれただけでも、作者にとっては収入が発生するのです。
特定の作品目的ではなく、漠然と「女の事件」というタイトルにつられて読む人の閲覧もしっかり収入になるというわけです。
5作品はいずれも興味深いものがありますが、中でもラストに収録された『息子に夫を殺させた母の心の闇』には、毒親の業のようなものを感じてしまいました。
この記事では同作をご紹介します。
息子に夫を殺させた母の心の闇、とは
『息子に夫を殺させた母の心の闇』というタイトルですが、母親が息子にそれを命令したわけではありません。
むしろ、その現場を見て、母親は「どうしてそんなことを」とびっくりしているほどです。
しかし、なぜ息子が夫に手をかけたか、その原因を探っていくと、実は母親の生き様、さらにその親の生き様にたどり着くという、「毒親の業」が原因だったことが明らかになります。
その様子が、説明調ではなく、登場人物(母親と息子)の振り返りや葛藤の中で少しずつ明らかになっていく過程が圧巻で、毒親に多少なりとも苦しんだ人はおそらく、読んでいて泣けてくるかもしれません。
冒頭のシーン。
母親が買い物から帰ったときは、息子による夫のゴルフクラブによる撲殺が行われた直後から漫画は始まります。
息子は、ただちに自首しました。
「これは事故でしょ?あんたがそんなこと、するわけない」と、現実を受け入れられない母親。
「お母さん、ごめんね。でも僕は間違ったことはしていない。すっきりした。殺したこと後悔なんてしてないよ」と息子。
どうして
息子は未成年だったので後日、家裁の調査員がやって来ます。
「お義父さんは、近所でも評判のいい温厚な方だったようですね」
息子は、殺された夫の実子ではなく、母親の連れ子でした。
「ええ、ですから私の連れ子の忠広をかわいがってくれて」
しかし、調査員は見逃していませんでした。
「忠広くんと話をしている途中で、私が前髪をかき上げた瞬間、忠広くんが頭をかばう仕草をしたんです」
暴力に怯える姿だと、誰でも考えます。
しかし、母親はありがちな言い訳をしました。
「でも、忠広をあの子が殴ったのはしつけのためです。愛情があるから殴ったのです。本当は優しい子なんです」
まるで、自分にそう言い聞かせているようでした。
事件は、なさぬ仲がこじれて?
いえいえ、そんな単純な話ではありません。
母親は、妹ばかりを可愛がる父親にいつもいじめられていた不幸なおいたちを経験しています。
そこには、実父かどうかは書かれていませんが、実父にもそういう人はいます。
いずれにしても、そういう「ほしのもと」では、なかなか「健全」な人生を送るのは難しい。
そういう人に限って、息子・忠広の実父である最初の夫も、2番目の夫も、父親に似て暴力を振るうタイプを選んでしまい、結婚生活は長続きしませんでした。
そして、忠広に殺された3人目の夫も……
しかし、忠広は家庭裁判所の判事の聞き取りでそれを否定します。
「お義父さんが僕を殴るのは、僕が悪いんです。」
それを聞いた判事は、処分決定を延期しました。
母親は改めて、3人目の夫も過去の2人ほどではないにしても、暴力があったことを心のなかで確認します。
後日、行われた調査官の聞き取りで、忠広には改めてその点が問いただされます。
「お義父さんは、君をよく殴っていたんじゃないの?」
「理由があって殴るのは、しつけでしょ。暴力じゃないでしょ」と言い張る忠広。
しかし、その「理由」とは、「僕の目つきが気に入らない」とか、「僕の学費がかかる」とか、「理由」にならないものばかりでした。
「なのに、どうして判事さんの前で、『僕が悪い』なんて言ったの?」
「それは……お母さんが可愛そうだったから」
「じゃあ、なぜ、お母さんを泣かせるような事件を起こしてしまったのか、判事さんが処分の先送りをしたのはなぜなのか…」
忠広の胸にそっと手を当て
「君のここに、よく聞いて見なくちゃならないだろうね」
忠広は、自分の行為に至った心境と、それまでの生活を振り返ります。
その頃、母親のもとには、忠広の幼なじみの女性が訪ねてきます。
忠広から借りていた本を返しに、という用件ですが、事件を報道されて心配になって来たようです。
その本は、本当はゲームが欲しいと言ったら、義父はこれみよがしに自分にそのゲームを買い、忠広には「教育のためを思って買ってやった」と押し付けた陰険な経緯がありました。
女性は、義父に虐げられていた忠広を思い出して涙が出ます。
「おばちゃん、どうして再婚なんかしたの?」
夫らが暴力を振るっていたことは認めながらも、まだこの時点で母親は、みんなが私を責める、と心のなかで逆ギレしています。
そして、再度の審判。
「忠広くんが事件を起こしたのは、なぜだと思われますか」と判事が尋ねます。
「忠広は悪くないです。あの男…ほんとに怖い人だったんです。毎日毎日あんな目にあわされたら、誰だって頭がおかしくなります。どうか、重い処分にはしないでやってください」
「息子さんは自分が悪いことをしたと気がついている。『悪いことは悪い』それを抜きにしては、息子さんの更生はありえないと私たちは考えます」
判事は質問、というより糾弾に近い問いかけを行います。
「忠広くんは、いつもあなたを守ろうとして家庭の中で頑張ってきた。あなたは、彼を守るために何をしたのですか」
そのとき、忠広はおもむろに口を開きます。
「…何も、してくれなかった」
それを聞いて、自己防御で逆上する母親。
「母さん、あなたのために我慢して……あんなお義父さんでも……あなたには必要だからと思って」
「僕のためじゃない」
「忠広。あんたまで私を責めるの?みんなで……よってたかって忠広を変にしちゃって……!」
忠広は言います。
「お母さん、知らないんだね、僕のこと。僕の心はずっと悲鳴を上げていたのに、お母さんにはそれが聞こえないんだね」
半狂乱になって忠広を責める母親を諫めるように、判事がダメを押します。
「あなたが守ったのは、あなたの世間体ではないのですか。あなたは本当に守るべき彼の心を見ようとしなかった。父親が身体的精神的な暴力で彼の存在を否定し続けるのを止めようとしなかった。方法は柔らかくても、あなたの行動は刃物と同じです。毎日毎日、彼は心を切り刻まれながら生きてきた」
舞台のクライマックスのようです。
判事は、ここまで踏み込むんですね。
毒親の、暴力を伴わない「圧」こそが、まさに「方法は柔らかくても、あなたの行動は刃物と同じ」なのです。
毒親は、暴力の有無にかかわらず、子に対して「刃物」を突きつけているのです。
忠広は、自分の人生を振り返り、母親に対して憎しみが湧いたことを告白します。
「殺したいって本気で思った」とも。
しかし、判事の「君の心には憎しみしか残っていないのですか?」という問いに対しては、小考してからりんとした口調で……
「…いいえ…どんなに憎んでも…世界で一番憎いと思っても…やっぱり僕は、お母さんが大好きです」
母親は、「私と……同じだ」と思います。
自分の親からは、自己を否定させられる仕打ちばかりだったが、本当は自分を守ってほしかった。
ここに、毒親と子の複雑な思いが見て取れます。
どんな親でも親は親。
他の人がそれにかわることはできません。
嫌なら諦める、ことはできないのです。
憎まなければならないことを憎むのです。
母親はここで初めて、忠広に同じ思いをさせたことに気づきます。
母親は、カウンセリングを受けます。
「あなたはお父さんを恐れて憎みながら、お父さんと似たタイプの男の人を見つけては人生をなぞり直しているの。そのことに早く気がついて自分を変えないと、同じことを繰り返すだけなのよ。暴力に怯えて黙って従うだけの人生になってしまうの。そしてそういう人生を忠広くんも繰り返すことになる。諦めた挙げ句、暴力でしか人に心を伝えられなくなってしまうから」
いささか遅きに失しましたが、母親はやっと、自分の生き方と息子に対する接し方について「気づき」を得たのです。
毒は自分(の代)で断ち切れ!
毒親というのが、どんなに罪深いことか、本作の葛藤を見ていると実によくわかります。
おそらくは、この母親の歴代の夫たちも、親から暴力を受けて育ったから、そうなったのだと思います。
暴力、というより、毒親からは、人間らしい幸せをなにも生み出さないどころか、直接の実子だけでなく子の配偶者や子孫にまで迷惑をかけるのです。
ですから、私はその連鎖を断ち切るためには、毒親はおのれの毒、もしくは自分の親の毒を徹底的に明らかにして、子孫や配偶者に累を及ぼさないことにすべきだと思います。
毒は、自分(の代)で断ち切れということです。
以前ご紹介しましたが、仏教はそういう考え方をしません。
むしろ、親や先祖の棚卸しをしてはいけないことと戒めています。
不幸や不運は、すべて自分が種をまいている因果応報ということで完結してしまうのです。
ジョーダンではありません。
仏教には、毒親の問題は解決できません。
本作のように、葛藤の末に「真理」にたどり着くためには、本を返しに来た女性や判事のように、踏み込んだ他者批判が必要です。
自分で自分のことを的確に自己批判できるぐらいなら、人間過ちは犯しませんから。
批判から逃げている者に、「気づき」は訪れません。
とにかく、毒親育ちの方、毒親問題に興味のある方は必見の一作です。
以上、息子に夫を殺させた母の心の闇(深井結己、ユサブル)は、毒親に翻弄された女性が自分も毒親として息子を追い詰めてしまった話、でした。
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