教科書では教えてくれない日本文学のススメ(関根尚著、学研プラス)は、文学史に名を残す文豪に関する意外なエピソードを漫画化しています。「ちょっとためになって、だいぶ笑える日本文学コミック決定版!」とコピーが付いた『楽しく学べる学研コミックエッセイ』です。
本書は、近代日本文学に名を残す文豪のトンデモエピソードを漫画化したものです。
彼ら文豪は、幽霊として、文豪荘というアパートに住みついている設定です。
そこを管理するのは、真黒不動産会社。
入社したばかりの女性社員・本田凛が、家賃の集金を命じられます。
凛は、管理人の武藤泰司とともに、各部屋をまわって文豪たちから家賃を集金するのですが、その際のやりとりで、文豪たちのぶっ飛んだキャラクターに驚く、という構成です。
そのキャラクターが、伝えられている作家たちのエピソードをもとに描かれています。
Amazonの販売ページで明らかにされているのは、「夏目漱石は自分の間違いを認めない」「森鴎外は元祖キラキラネームの名付け親」「太宰治は芥川龍之介が好きすぎ」などです。
片腕のない生徒に謝れなかった夏目漱石
目次から見ていきます。
ガンコで不機嫌、でも愛される人気者(夏目漱石)
多くの男を虜にした文壇のモテ女(樋口一葉)
作品とはウラハラ……金にだらしないお坊っちゃま(石川啄木)
医者で作家、キラキラネーム名付けの先駆者(森鴎外)
不器用でお茶目、やさしい不思議ちゃん(宮沢賢治)
ネクラで頭脳派でモテ男、この世を憂いた天才(芥川龍之介)
自分の弱さを隠せない、リアル人間失格(太宰治)
小説執筆に映画主演に!大人気のナルシスト(三島由紀夫)
驚異の自力でノーベル賞も受賞!?(川端康成)
働いたら負けだ、元祖ニートの詩人(中原中也)
先日は、本書から樋口一葉のエピソードをご紹介しました。
文学界隈の話としては有名なエピソードばかりですが、初めて聞く人も少なくないでしょう。
たとえば、「その3」の石川啄木。
「はたらけど はたらけど 猶わが生活 楽にならざり じっと手を見る」
という生活苦を読んだ詩人ですね。
このほかにも、しみじみとした心に迫るいい詩をたくさん発表しています。
ところが、本作では、凛が家賃を集金に行くと、「2日前に(代用教員の)給料はもらったけど、全部使っちゃったなあ。すでに月給55ヶ月分の借金もあるし」と平然としています。
啄木を溺愛した母親が出てきて、「おまんじゅうができたよ」と啄木にを出すと、啄木は「待っている間に食欲失せたわーっ」と言って、その饅頭を母親の顔面に投げつけます。
えーっ、石川啄木と云えば、そのお母さんをおぶって、
「たはむれに母を背負いてそのあまり、軽きに泣きて三歩歩まず」
って歌ったはずなのに。
しかし、啄木の実妹は、「あのワガママな兄が、母を背負うなんて絶対にありえません」と証言していました。
曹洞宗住職の息子であった石川啄木は、唯一の男の子だったために、母親に溺愛されいたそうです。
夏目漱石も教員の時がありましが、生徒が左手を出さないので「手を出せ」と注意すると、生徒は「ぼくは片腕がないんです」と言います。
すると負けず嫌いの漱石は、「私も、ない知恵を絞り出しているんだ。君もたまには、ない腕を出したまえ」と言い返したと、そのとき生徒だった作家の森田草平が証言しています。
いや、それは当時であってもまずいでしょう。そもそも無茶な話です。
こんな感じで、作品イコール作者の人格と信じ込む衆生の幻想を、どんどん打ち砕いてくれます。
私は、こういう作品が大好きなのです。
特定の分野でいい仕事をシた人は、人格的にもすばらしいのではないかと聖人化する傾向が、残念ながらとくに日本の文化としてありますよね。
でも、その人の職務上の能力や名声があるからといって、人間性も申し分ないかどうかなんてわからないですよ。
というか、申し分のない人なんかいません。
松本人志とか長渕剛とか、話題の人たちについて、信者は「そんなことするはずがない」と頭から否定しますが、私から見れば、そいつらは本当のファンじゃねえな、と思います。
たとえ、その報道が本当だったとしても、私はトータルとしてファンである、ということを言えるようじゃないと本当のファンとはいえません。
長所も欠点もすべて「その人」
仏教では「因縁」といいますが、すべての物事は、因果関係で繋がっていると考えます。
美しい短歌を書くのも、そこで描いた母親に饅頭を投げつけるのも、どちらも石川啄木の真の姿なのです。
では、どう繋がっているのか。
そこを知ることは、まさにヒューマンインタレストなんです。
たぶん、その2つの一見相反する行為をつなげているのは、「母親の溺愛」なんだろうと思います。
私たちも、よく「あの人は、酒さえ飲まなければいい人なのに」なんて言いますが、そうじゃなくて、酒席の醜態も、腰の低い人当たりも、どちらも「その人」なのです。
「いい人」だからこそ、酒で溜まっていたものが出てしまうのではないでしょうか。
本書のような裏エピソードは、文豪の名作はいかなるバックボーン(因縁)で作られているかを知るよすがになります。
つまり、文学的により深く作品を理解する突破口になってくれるかもしれないわけです。
映画やドラマのレビューもそうですよ。
作品の映像が綺麗だとか、演技がいいとか、そんな主観と上滑りの美辞麗句で完結するうすっぺらい批評じゃなくて、そうした作家や役者のリアルな人間性まで含めて、その「因縁」を考えながら鑑賞することで、より深いレビューに到達できると私は考えるわけです。
上記目次のうち、エピソードの知りたい文豪はいませんか。
以上、教科書では教えてくれない日本文学のススメ(関根尚著、学研プラス)は、文学史に名を残す文豪に関する意外なエピソードを漫画化、でした。
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