村岡花子など「偉人のおはなし」を収録した『3分で読める 偉人のおはなし 頭のいい子を育てる』(主婦の友社)をご紹介します。累計部数130万部突破の「頭のいい子を育てる」シリーズから、1日3分の読書習慣が身につく36話のKindle版です。(文中敬称略)
『3分で読める 偉人のおはなし 頭のいい子を育てる』は、累計部数130万部突破の「頭のいい子を育てる」シリーズ。
1日3分の読書習慣が身につく36話。「今こそ出会って欲しい36人のおはなし」だそうです。
私はこのシリーズを存じ上げなかったのですが、累計部数130万部突破というのはすごいですね。
このシリーズを読んで、直接知能のアップにつながるわけではないでしょうが、読書習慣が身についたり、偉人の話を読んで、志を高くしたりすることで、結果的に教養豊かになるということだと思います。
私もこれまでも、このブログではいろいろ偉人伝の書籍をご紹介してきましたが、自分も青少年期に、コバカにせずにそれらをもっと読んでいたら、もう少し志の高い人生になったかもしれないとか、いやいや、今だからわかる偉大さもあり、当時だったら読んでもわからなかったかもしれない、なんていろいろ考えながらご紹介しています。
ということで、今回は「36人」の中から村岡花子(1893年6月21日~1968年10月25日)をご紹介します。
村岡花子は、日本の翻訳家・児童文学者として知られています。
彼女は特に、ルーシー・モード・モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズの翻訳で有名です。
子をなくして児童文学翻訳家へ
村岡花子は、山梨県甲府市で生まれ、幼少期から文学に興味を持ちました。
父親の影響でキリスト教徒となり、東洋英和女学校で学びました。
名前の通り、今の東洋英和高等部です。カナダ人の宣教師が建てた学校です。
本当は、私学に入れるほど裕福な家庭ではなかったのですが、頭の良い花子にきちんとした教育を受けさせたいと考えたクリスチャンの父親が学校に頼んで、花子を給費生(奨学生)として入れてもらいました。
卒業後は、山梨英和女学校で英語教師として働きました。
はな先生!!
先生、ありがとうございました!サンキュー!アイラブユー!(生徒たち)
< #花子とアン 第9週 > pic.twitter.com/vIlZxGEnW1— 「花子とアン」ファンbot (@hanakoto_an) September 2, 2024
その後、銀座にある教文館というキリスト教系出版社で編集者として勤務し、英米の家庭文学の翻訳を始めました。
1919年に村岡イ敬三と結婚。
翌年に長男・道雄が誕生しましたが、1926年に病気で失いました。
このことを機に、英語児童文学の翻訳紹介の道に入ることになりました。
1927年にマーク・トウェインの『王子と乞食』を翻訳。
これが彼女の翻訳家としてのキャリアの始まりとなりました。
その後も多くの児童文学作品を翻訳し、日本の読者に紹介しました。
そこで、カナダ人の女性、ミス・ショーと出会います。
戦争が始まり、ミス・ショーは帰国することになり、「いつか平和が訪れたら、これを日本の少女たちに紹介してください」と、花子に本を渡します。
その本の名は、「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ」。
講和条約を締結した1952年に、彼女の代表作である『赤毛のアン』シリーズの翻訳が上梓されました。
同作品は、日本におけるモンゴメリ作品(『アン』シリーズ)や、『フランダースの犬』などの普及に大きく貢献しました。
戦後は婦人参政権獲得運動にも参加し、女性の地位向上に尽力しました。
村岡花子の人生は、逆境を乗り越えながらも文学と翻訳に情熱を注ぎ続けた、まさに『赤毛のアン』のような物語です。
赤毛のアン記念館・村岡花子文庫は東洋英和に
出陣前は、花子とアンの世界にどっぷり浸っていた。
藤枝や甲府遠征の時、近くは通っていたのになかなか行くチャンスがなく、ようやく訪問できた。
スタッフの方が撮影時の秘話をたくさんしてくれた。#20240810#韮崎市民俗資料館#山梨県韮崎市#花子とアン #ロケ地#ザスパサポ清水遠征 だけど pic.twitter.com/r6yNJJSBdL
— え亥輪 (@eiwapiro) August 12, 2024
以前(1991年~2014年迄)、村岡花子の娘や義理の孫ら遺族の運営によって、赤毛のアン記念館・村岡花子文庫が大田区中央にありました。
ビルに建て直して、村岡花子の書斎を再現。村岡花子が生きた時代の児童書の展示もおこなっていました。
ただやはり、個人運営では永続的な維持は難しく、東洋英和に移管されました。
大田区は、赤毛のアン記念館・村岡花子文庫と、梅屋敷(『梅ちゃん先生』の舞台)と、NHK連続テレビ小説関係で2つのスポットがあったわけですが、そのひとつが移管されてしまったので残念です。
とくに、赤毛のアン記念館・村岡花子文庫は、馬込文士村の範囲にあったので、文士村の作家たちとは時代は違いますが、散策で回ることができました。
でも、入れ替わりで、TBSドラマ『下町ロケット』が、大田区の中部南端の下丸子を舞台にしたので、そちらの「聖地巡礼」(マニアのロケ地散策)が、今でもたまーに、XやFacebookで投稿されますね。
まちおこしは、まだテレビの影響は大きいのかな。
『赤毛のアン』読まれましたか。
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