『細胞が自分を食べるオートファジーの謎』(水島昇、PHP研究所)は、細胞内のリサイクルの仕組みや病気との関わりを解説しています。今やシンプルな健康法としてトレンドにすらなっているオートファジー。はたしてそれほど万能なのでしょうか。
巷間、オートファジーについて言及した書籍やYouTube動画はたくさんあります。
そのほとんどは、試され済みのいい事ずくめのように表現されています。
しかし、そもそもそれは本当のことなのか。
かりに本当のことだとして、欠点や弱点はないのか。
それを知りたくて、オートファジーの研究者である水島昇さんの書籍を読むことにしたのです。
オートファジーは細胞の中で起こる自食作用
『細胞が自分を食べるオートファジーの謎』は、医学者・生物学者の水島昇さんがPHP研究所から上梓しました。
私は、Kindle版を読んでいます。
水島昇さんは、オートファジーの研究者です。
オートファジーの研究でノーベル賞を獲得した、大隅良典東京工業大学栄誉教授のもとで研究をされているそうです。
オートファジーといえば、今や年間3000本以上の研究論文が発表される生物学のテーマがあります。
パーキンソン病など神経変性疾患にも関係すると言われ、その研究は今、世界中で大きな注目を集めています。
オートファジーについては、先日、『空腹こそ最強のクスリ』(青木厚著、アスコム)についてご紹介しました。
16時間食べることを断つと、「無駄な栄養」を摂取しないだけでなく、細胞内のタンパク質のリサイクルや、病原微生物の排除などを行うと書かれていました。
その「リサイクル」こそが、まさにオートファジーの作用なのです。
オートファジーとは、私たちの細胞の中で起こっている「自食作用」なのです。
すなわち、細胞が自らを分解して再利用することを指し、簡単にいえば古い細胞を新しく生まれ変わらせる真核生物というジャンルの生物特有の仕組みです。
部屋にゴミが溜まると空気が澱みますが、それは細胞でも同じ。
そこで、オートファジーは細胞内の老廃物を分解して、その分解物で部屋をリフォームまでしてしまうのです。
語源は、ギリシャ語の自分(オート)と、食べる(ファジー)を組み合わせた科学用語です。
Autophagyと書きます。
自分で自分を食べてしまうということ。
イスラム教ではラマダンといって、ある一定の時間、断食を行う儀式があります。
そんなことして大丈夫なのか。
栄養を入れないで、体がおかしくならないのか。
と思いますが、たんなる「信仰のなせるワザ」ではなく、生物学的に断食は可能であり、かつ有意義であることがわかったわけです。
オートファジーは、飢餓状態で生きのびるために細胞内のタンパク質を分解するのです。
具体的には、細胞自身の細胞質成分をリソソームで分解する作業です。
もたらす効果としては、古い細胞が淘汰される細胞の鮮度保持、飢餓時に対応するための栄養確保、分化のための細胞の再構築など。
さらには免疫系としての機能など非常に多彩な役割を果たしています。
体内の脳神経以外の細胞は、飢餓によるオートファジーでリサイクルを行うそうです。
胃や腸、肝臓や膵臓などがそうです。
心臓のように、生涯休むことなくはたらいている器官ですら、オートファジーは行われるそうです。
本書では、線虫などの生物が、オートファジー活性化でやはり長寿になったことも解説されています。
一方、オートファジーの働きが悪くなると、病気になることが実験で分かっているそうです。
オートファジーが関係するといわれている病気として、神経変性疾患やがん、2型糖尿病、筋萎縮症などが枚挙されています。
もっとも、研究は近年急速に発展してきた分野で、まだまだ未解明な部分が多いことも本書は告白しています。
オートファジーと細菌・ウイルス
オートファジーは、細胞内に侵入する細菌類について、「主に細菌を分解するということにオートファジーが関わっている」と書かれています。
具体的には、次の菌です。
- 結核菌
- A群レンサ球菌
- サルモネラ菌
- レジオネラ菌
- リケッチア
- クラミジア
- 赤痢菌
- リステリア菌
赤痢菌と、リステリア菌については、オートファジーによる貪食を防ぐ仕組みを持っているそうです。
ウイルスについては、「ウイルスがオートファジーによって分解される場合と、ウイルスの増殖にオートファジーがむしろ役立っている場合が絡み合っている」とのことです。
オートファジーは万能なのか
本書のコラムには、『ヒトはどれだけ飢餓に耐えられるか?』というテーマの文章も記載されています。
オートファジーは、飢餓によってやむを得ず自分自身を過剰に分解。そこから栄養素を得ることてす。
ですから、短期間の飢餓であれば、オートファジーが活性化され体はリフレッシュされるでしょう。
しかし、それがさらに続いたら、もともとあった細胞が枯渇してしまうのではないでしょうか。
絶食がさらに続いて脂肪の蓄えも尽きてしまうと、ふたたびタンパク質が急速に分解され始め、それはまさに死に直結する。つまりオートファジーが重要なのはおそらく最初の数日間であろうと推測される。
やはり、「最初の数日間」でした。
もっとも、私たちがオートファジーを働かせたいからといって、何日にも渡って断食をしようとはたぶん考えず、冒頭でご紹介した「16時間」がせいぜいのところと思います。
ですから、「脂肪の蓄えも尽きてしまう」ほどにはならないでしょう。
オートファジーはがん細胞も元気にする?
オートファジーは、「腫瘍の自然発生を抑えている」一方で、「細胞活性化」だから、正常細胞だけでなく、がん細胞にとっても有用ということも書かれています。
すなわち、がんができた人には不都合かもしれないということになります。
ちょっと怖い話ですね。
人間の体内で、がん化する細胞は1日に5000個もできているといわれていて、それらは通常は免疫細胞によって退治されたりアポトーシス(自死)したりします。
それらが、オートファジーによって元気になってしまったら、少なくとも免疫細胞では太刀打ちできなくなり、むしろオートファジーはがん増殖を助ける行為ということになってしまうのではないでしょうか。
これはどうなんでしょう。
たぶん、事態はもう少し複雑で、オートファジーではミトコンドリアが活性化されるといわれています。
ミトコンドリア自体は、抗がんに貢献する小器官です。
5000個のがん化する細胞は、何か問題が生じたときには、それを修復できない場合は消滅、つまりアポトーシスするようにプログラムされているといわれています。
アポトーシスにはさまざまな因子が関わっているといわれていますが、タンパク質を分解する酵素であるカスパーゼの活性化が、細胞の分解と消滅を行うとされており、その有力なルートがミトコンドリアを介したルートなのです。
細胞のDNAが損傷した際に、細胞分裂をストップさせようとする遺伝子が働きます。その時、「分裂をストップさせるぞ!」というシグナルが発せられます。ミトコンドリアはそのシグナルをキャッチして、チトクロームcという物質を放出し、それがさらにほかの物質と結合したりしながらカスパーゼを活性化させ、核を凝縮させたり、細胞を断片化させたりして、異常を起こした細胞を消滅させてしまうのです。そうなると、ミトコンドリア自身も生き残れません。まさに自らをも犠牲にして、全体を救おうとするのです。(https://tokyocancerclinic.jp/column/cancer-1/)もっとも、このサイトには、「しかし、ミトコンドリアの機能が低下すると異常な細胞のアポトーシスを行えず、細胞のがん化につながってしまうのです。」とも記載されています。
要するに、ミトコンドリアを量質ともに十分にすることで、がん化細胞対策になるわけです。
そのためのオートファジーと考えれば、やはりオートファジーは、抗がんも含めた健康作用といっていいのではないでしょうか。
「発生してしまった腫瘍細胞」が何を指すのかにもよりますが、最初の「5000個」ではなく、アポトーシスだの免疫細胞だのの関所をくぐり抜けた、もう少し進んだものかもしれません。
まあ、これは私の願望込みの考察ですけどね。
水島昇さんも、本書の最後でこう結んでいます。
本書は、全体を通して、人に対して断定しているものはありません。
なぜかといえば、根拠は主にネズミに対する実験で、人に対する実証ではないからです。
ぜひ、「将来の応用」に期待したいと思います。
本書は、AmazonUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
以上、『細胞が自分を食べるオートファジーの謎』(水島昇、PHP研究所)は、細胞内のリサイクルの仕組みや病気との関わりを解説、でした。
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