般若心経は間違い?(アルボムッレ・スマナサーラ著、Evolving)は、テーラワーダ仏教の立場から阿含経と般若心経の違いを解説しています。お釈迦様の仏教は、お釈迦様の没後に様々な潮流に分かれましたが、般若心経は大乗仏教のお経です。
『般若心経は間違い?』は、アルボムッレ・スマナサーラ長老が著者で、Evolvingから上梓しています。
般若心経は、お釈迦様の仏教の教えとは違う、という内容です。
般若心経といえば、写経を行うなど、日本では仏教の象徴のようなお経です。
宗派では、浄土真宗と日蓮宗以外では、般若心経を唱えます。
それが、お釈迦様の仏教徒は違う、という話なのです。
上座部仏教と大乗仏教の違い
アルボムッレ・スマナサーラ長老は、『それならブッダにきいてみよう』(アルボムッレ・スマナサーラ著、Evolving)でもご紹介した通り、テーラワーダ仏教教会という、お釈迦様の仏教(初期仏教)に対して、その教えに架上のより少ない、いわばもっとも保守的な潮流です。
仏教は、お釈迦様の悟りに始まったものですが、お釈迦様の没後、時代の移り変わったことで、なるべくそれを守っていこうという潮流と、時代に合わせてそれを少し変えてもいいんじゃないかという潮流があらわれました。
そして、保守的な潮流と、大衆的な潮流に分かれたと言われていますが、それが、現在の、上座部仏教(テーラワーダ仏教)と、大乗仏教(マハーヤーナ仏教)といわれています。
本書の著者アルボムッレ・スマナサーラ長老は、テーラワーダ仏教の伝道と瞑想指導のためにスリランカから国費で来日。
駒澤大学大学院博士課程に留学し、現在も日本テーラワーダ仏教協会の長老として活躍しています。
上座部仏教は、仏陀(お釈迦様)の言葉を、厳格に直接的に理解することを重視し、パーリ語で書かれたテーラワーダ経典の教えを実践することを目指しています。
本来のお釈迦様の仏教は、出家して厳しい戒律の中で修行し、個人の救済と精神的な解放を追求するものです。
一方、大乗仏教は、私たちのような在家の一般の人々でも成仏できるように、仏陀の教えに「多分こういうことを言いたかったのだろう」と、架上した大衆向けの広範囲な救済を目指した経典や教義を開発しています。
ですから、大きな違いとしては、上座部仏教が、仏教徒の自己実現を達成することを目指す「自利」の追求ですが、大乗仏教は、仏教徒が他の人々を救済すること、そして全人類のために慈悲の行為を行う「利他」を強調します。
つまり、善行を施す利他の行いによって、お釈迦様の仏教が追求する修行に替えるという考え方です。
これらの違いは、上座部仏教と大乗仏教が異なる理解を持ち、別々の目標を持っていることを示しています。
ただ、いずれにしても仏教である限り、
- 創造主(神様)を前提としない世界観
- 涅槃寂静
- 諸法無我
- 一切皆苦
という共通点は外していません。
……と書きましたが、「諸法無我」を書いたのに、「諸行無常」とは書きませんでした。
『方丈記』には、諸法無我を思わせる件りもあるのに。
なんとなれば、大乗仏教のお経である『般若心経』は、お釈迦様の直接の教えであるとされる『阿含経』の概念を否定しているのです。
それは論理的に、「諸行無常」自体を否定していると、本書では指摘しています。
ということで、本書はテーラワーダ仏教の立場から、『般若心経』がお釈迦様の教えと違うところを指摘しています。
本書は2023年4月13日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
般若心経を徹底的に読み解き、お釈迦様の仏教と向き合わせる
本書では、「はじめに」から、般若心経は「正等覚者である釈迦牟尼ブッダその人が語った経典ではない」つまり、お釈迦様の直接の教えではない、ということを述べています。
まあ、これがもう結論なんですけどね。
だから、般若心経で、わからないことがあったら、お釈迦様の教えに立ち返ろう、と述べています。
以後、般若心経の一文一文について、お釈迦様の教えはこうだが、その点でこう違っている、という解説が書かれています。
主な点を抜粋します。
- 観音菩薩は架空キャラ
- 空即是色は間違い
- 「諸行無常」の否定
- 虚無主義への転落
- そして神秘主義へ
まあ、大乗仏教に出てくる菩薩や如来は、ほとんど架空でしょう。
なぜ、そのような架空のキャラが必要かというと、大乗仏教は、お釈迦様の仏教で言われている「出家して厳しい戒律を守りながら修行する」のではなく、六波羅蜜という「利他」を重ね、その善行を本来の修行に振り替えなければなりません。
そうした日常的な善行のエネルギーを、すべて悟りのほうに向ける(回向する)のが「空」の論理であり、その主体は、菩薩であったり、如来であったり、お経そのものであったりするのが大乗仏教なのです。
般若心経は、お釈迦様が構築した因果律を否定して、「空」の論理を唱えています。
色即是空空即是色っていいますよね。
後半の「空即是色」は間違いと本書では指摘しています。
「りんごは果物である」からといって、「果物はりんごである」というのは間違いです。
「肉体は空である。実体はない」からといって、「空は肉体である」とはいえないのです。
ですから、「色即是空」ではあっても、「空即是色」ではないのです。
お釈迦様の仏教では、「一切の現象は生じて滅するものである」「一切は無常である」という立場です。
ところが『般若心経』は、生滅がないといっているのです。
「舍利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舍利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減」
舎利子よ、この諸法は空を相とし、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減らず。
要するに、なにもないんだから物理的な変動は何もないよと。
でも、人も他の生物も、みんな生成発展消滅していますよね。
せっかくお釈迦様が見つけた因果律なのに、「何もない」わけないじゃないかと、それではお釈迦様の「無常」を否定しているではないかと長老は指摘しているのです。
「是故空中 無色無受想行識」
このゆえに、空という中には、色もなく、受も想も行も識もなし。
長老は、「空」と「無」は同じではないのに、いきなり「無」がでてきた。
「無」というのは何もないということだから虚無主義だ、と述べています。
「生きている」ことの分析の一つが、「私はなにからできているのか」という分析です。
お釈迦様の仏教では、私たちの問題のすべてが「生きている」ことから生じているので、「無」といって生きているがゆえのあらゆることを捨ててはいけないといいます。
「故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚故」
ゆえに知るべし、般若波羅蜜多は、これ大神呪なり、これ大明呪なり、これ無上呪なり、これ無等等呪なり。よく一切の苦を除き、真実なり、虚ろならざるがゆえに、と。
ここで長老は、『般若心経』は虚無主義から神秘主義に「引っ越してしまった」と呆れています。
何の脈絡もなく、「これはすごい呪文である」と言っているからです。
と唾棄しています。
こんな感じで、『般若心経』を一文ずつ、順番に読み解きながら、お釈迦様本来の教えはこうである、と解説しています。
それでも大乗仏教を信じてはいけないということではない
もっとも、アルボムッレ・スマナサーラ長老が留学した駒澤大学は、大乗仏教である曹洞宗の学校。
アルボムッレ・スマナサーラ長老は、大乗仏教を否定しているわけではありません。
お釈迦様の仏教と『般若心経』はここが違う、という話です。
もとより、大事なのは、その宗派がいかなる価値でその人に存在するのか、ということです。
〇〇如来とか、××菩薩に念仏を唱えることで自分の気持ちが落ち着き安らぐ、ということなら、それを辞める必要はありません。
これは、以前から書いてきましたが、『大乗仏教 ブッダの教えはどこへ向かうのか』(佐々木閑著、NHK出版新書)にかかれているとおりです。
「迷信」と「神秘」は違うという話です。
「迷信」とは、2つの現象の間に、誤った因果関係を想定すること。
カラスが、庭に来て鳴いた翌日に、母親が亡くなったとして、「母が死んだのはカラスが鳴いたからだ」としてしまうのは、そこに生成性も契機性も見ない、つまり因果関係は存在しないから、ただの思い込みにすぎない。
一方の「神秘」とは、現象の奥に人智では説明不可能な力を感じ取ることだといいます。
あと1週間の命と言われていた人が、娘の結婚を見届けるまではと、お経を唱えて頑張り半年以上生きたとします。
お経そのものに延命の力があるかどうかはともかくとして、その人がお経を心の支えに頑張ったことは確かで、そこに人智を超えた不思議な力を感じ取るならば、プラシーボであろうが何であろうが、その人にとってお経は神秘な力を持っていたということになる、との説明です。
プラシーボであるかないかは、疫学調査ならともかく、その人自身には意味のないことですからね。
半年は頑張りたいと思って、それを達成できたことが大事なのであって、その原因が何かというのは、医学者が別途調べたければ調べて頂戴、という感じでしょう。
ただし、科学的に証明されたものでない以上、再現性が約束されているわけではありませんから、あくまでそう信じられるか、信じて実践できるかという話になりますから、それはやはり科学ではなく宗教というわけです。
みなさんは、いかがお考えになりますか。
以上、般若心経は間違い?(アルボムッレ・スマナサーラ著、Evolving)は、テーラワーダ仏教の立場から阿含経と般若心経の違いを解説、でした。
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