袴田事件ー冤罪・強盗殺人事件の深層(山本徹美著、プレジデント社)は、1966年静岡強盗殺人放火事件のリポートと論考です。丹念な取材と、裁判や、捜査の記録をじっくり読んで不審な点を浮き彫りにし、鋭い思索と慎重な判断でまとめています。
1966年(昭和41年)6月30日に、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で発生した強盗殺人放火事件は、無罪を主張しながらも死刑が確定した袴田巌さんの名前をとって、袴田事件と呼ばれています。
その袴田事件について、2023年3月13日、東京高等裁判所は再審=裁判のやり直しを認める決定をしました。
袴田巌さんの再審認める決定 東京高裁 証拠“ねつ造”の疑いに言及 | NHK https://t.co/HcWIp3AeYC
— 倉持 薫 (@l4ikwgs8) March 14, 2023
理由は、有罪の根拠とされた証拠について、決定は「捜査機関が隠した可能性が極めて高い」と、“ねつ造”の疑いに言及したからです。
要するに、以前から言われていた冤罪の可能性がきわめて高くなりました。
本書『袴田事件ー冤罪・強盗殺人事件の深層』は、その袴田事件について、2014年3月に死刑執行停止と再審が決定した時点で、山本徹美さんが丹念な取材と、裁判や、捜査の記録をじっくり読んで不審な点を浮き彫りにし、事実と道理をもとにまとめたものです。
Amazon販売ページには、こう記載されています。
にもかかわらず1980年、袴田巌の死刑判決は確定した。
2014年3月に死刑執行停止と再審が決定した袴田事件を、
殺人事件の取材、ドキュメント収集、ルポルタージュ執筆に豊富な経験をもつ著者が、
事実吟味の視点から徹底的に追った1冊。
事件現場見取図、問題の「5点の衣類」など、付図・付表を多数収録。
絶版状態だった文庫版に新たに再審決定の経緯も加え、改めて世に問い直す。
本書は2023年3月15日現在、KindleUnlimitedの読み放題リストに含まれています。
不条理冤罪温床のフルコース
1966年6月30日未明、静岡県清水市(現・静岡市清水区)の味噌工場が放火され、焼け跡から一家4人が刺殺された焼死体が出てきました。
警察は、「近所の聞き込み」などといういい加減なソースと、元プロボクサーという前歴から、従業員の袴田巌を犯人と目星をつけ、強盗殺人、放火などの容疑で逮捕され、同9月に起訴されたます。
しかし、物証がないまま、勘を絶対化した逮捕は、すでに間違いの始まりです。
自白に辻褄を合わせなければならないので、刑事は、無理に「うたわせる」ために相当ひどい取り調べをしたようです。
しかも、捏造の疑いのある証拠まで登場します。
熊本典道主任判事は、供述がくるくる変わっている警察の取り調べに疑問を持ちますが、裁判官3人のうち2人が「有罪」という「多数決」で、袴田巌被告の死刑が決定してしまいます。
ですから、
物証なき逮捕⇒自白強要の取り調べ⇒多数決で死刑
という、不条理のフルコース。
冤罪は、被疑者にされた人の過失ではなく、勝手にでっちあげられるわけです。
1968年9月には地裁で死刑判決が下され、1980年11月には上告が棄却されて死刑判決が確定しました。
しかし、2014年3月27日、静岡地裁が再審開始を決定し、1980年に死刑が確定していた刑は執行停止に。
袴田巌さんも東京拘置所から釈放されました。
事件発生からは57年近く、第2次再審請求はすでに約15年にも及びます。
本書は、その事件の経緯や、事件現場見取図、争点になった「5点の衣類」など、付図・付表を多数収録して真実への肉薄を行っています。
それにしても、袴田さんは87歳、無実を信じ支えてきた姉ひで子さんは90歳と、いずれも高齢です。
人生を棒に振ってしまいました。
これを教訓に、取り調べの可視化を絶対に行うべきです。
主演が収監中でなければ注目されたドキュメンタリーもあった
この事件は、映像化されています。
『BOX 袴田事件 命とは』(2010年、スローラーナー)です。
映画『BOX 袴田事件 命とは』予告編 https://t.co/DrxgN96CoJ @YouTubeより
暴力団山口組【懲役の山口】がポンと??3億円払った映画??w草
— 高畑麗子 (@7ropongi) March 13, 2023
袴田事件における、警察の強引な取り調べや、判決が判事の「多数決」で決められる様子が描かれています。
立松刑事(石橋凌)は、近所の聞き込みや、元プロボクサーという前歴などから、従業員の袴田巌(新井浩文)を犯人と目星をつけます。
刑事は、「証拠がなければでっちあげればいい」と、何の疑問も抱かず、自分の行為は正しいと信じ切っています。
物証がないままの逮捕で、自白に辻褄を合わせなければならないので、刑事は、無理に「うたわせる」ために相当ひどい取り調べをしたことが描かれています。
主任判事・熊本典道(萩原聖人)は、供述がくるくる変わっている警察の取り調べに疑問を持ちますが、石井裁判長(村野武範)、高見判事(保阪尚希)は有罪と結論し、「多数決」、しかもたった3人の挙手で袴田巌被告の死刑が決定してしまいます。
ぜひ、1人でも多くの人に見ていただきたい作品なのですが、残念ながら主役が刑事事件を起こして収監中なので、おそらくはCSでも無理でしょう。
袴田事件について、大半の人は冤罪をけしからんと思うでしょう。
物証のない、決めつけた取り調べも、「袴田さんも気の毒になあ」ぐらいは思うでしょう。
でも、まだ他人事なんじゃないかな。
「冤罪は可愛そうだけど、火のないところに煙は立たずで、疑われるなにかがあったんじゃないの?」
なんて思っている人もいるかもね。
きっと、そういう大衆は、自分に限って「袴田さん」の立場にはならないだろう、とたかをくくっているから、そんなふうに他人事でいられる。
そうじゃないんですよ。
「疑われるなにか」がね。刑事が勝手に「勘」できめつけただけだったら、決めつけられた人としてはどうにもならないでしょう。
その「勘」によって、誰でもある時突然、袴田さんのような冤罪のフルコースに乗せられてしまうかもしれないのです。
たとえば、名もなき一庶民の私は、12年前に火災を経験した時、突然妻子が意識不明の重体になっただけでなく、近所の人々の無責任な放言で、放火犯にされたかもしれないのです。
火災事故わずか数行の記事で「放火の犯人」を決めつけるネット民の悪癖は当事者に大変迷惑な影響を及ぼすことを考えて欲しい https://t.co/OOKRBlViA0
— 石川良直 (@I_yoshinao) December 18, 2020
鼻くそほじくり、コバカにしながらこれを読んでいるあなただって、いつ「第二の袴田巌」になるかわからないということですよ。
袴田事件、「近所の聞き込み」なんかで目星をつけるこの刑事はダメですが、こういう事件の報道があると、裏も取らずに容疑者を無責任に断罪する一部ネット民だって、同じなんです。
しかも、冤罪の可能性が出てくると、今度は一転して「マスゴミ」などと言い始める。
でも、その「マスゴミ」の字面で遊んだ自己批判は、一切ないんだよな。
それが日本の大衆の民度なんです。
そういうことも含めて考えさせられるのが、この袴田事件だと私は思います。
以上、袴田事件ー冤罪・強盗殺人事件の深層(山本徹美著、プレジデント社)は、1966年静岡強盗殺人放火事件のリポートと論考です。でした。
袴田事件 ─ 冤罪・強盗殺人事件の深層 – 山本 徹美
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