『俺の家の話』について論評するハフポストの記事が話題です。発達障害を「当たり前」に描く展開がフィクションが、インクルーシブな社会を示すモデルになるだろうという指摘です。おそらくその背景には、『どですかでん』へのオマージュがあると見られます。
『俺の家の話』とはなんだ
『俺の家の話』は、TBS系で放送されているドラマです。
能の宗家に生まれた主人公(長瀬智也)は、父親に反発してプロレスラーになりますが、脳梗塞で倒れ余命宣告された父親(西田敏行)の介護のために家に戻ってくる話です。
宮藤官九郎さんの描き下ろし脚本です。
ハフポストの記事は、小学5年生である主人公の息子(羽村仁成)が、学習障害(LD)と診断を受け、多動症(ADHDの特性のひとつ)の兆候もあると医師に言われていますが、フリースクールに通い、能の「観山流」を受け継ぐ父の実家で稽古を始めます。
その展開について、著者の遠藤光太さんは、発達障害が「当たり前」に描かれていると評価しています。
発達障害傾向のある人物はフィクションでしばしば描かれるが、主人公としてその行動がフォーカスされたり、ストーリーをかき乱したりする特異な描かれ方が多い。しかし本作の秀生は、主人公でもなければ、発達障害が特異なものとして描かれるわけでもない。ごく当たり前のこととしてサイドストーリーに現れ、当たり前に自分に合ったフリースクールを選んで通い、当たり前に「お薬」を飲む。
「「当たり前」に発達障害の特性が描写される本作は、フィクションがインクルーシブな社会を示すモデルになるだろう。」とし、「日本でも、マイノリティが作品に登場し、制作に携わることが「当たり前」になることを望む」と、まとめています。
『 #俺の家の話 』は発達障害を「当たり前」として描く、稀有なドラマだ。
脚本を務める #宮藤官九郎 は、過去にもドラマ『ゆとりですがなにか』で学習障害について、ふれていた。(遠藤光太 @kotart90)https://t.co/G2yLOX1qpN
— ハフポスト日本版 / 会話を生み出す国際メディア (@HuffPostJapan) February 26, 2021
記事では触れられていませんが、宮藤官九郎さんが「障碍者を当たり前に描く」背景は、黒澤明監督の『どですかでん』(1970年、東宝)にあるのではないかと思われます。
『人気脚本家・宮藤官九郎がこっそり教える、人生で何度も見返す映画3選』の1本目に同作を挙げているのです。
「一本目は黒澤明監督のどですかでんです。僕が生まれた70年に公開された黒澤監督の隠れた名作といいますか、何本か黒澤明監督の映画がその後リメイクされているのですけど、多分「どですかでん」はこの先誰もリメイクできないんじゃないかと。ひとつの街を舞台にした群像劇なんですがどのエピソードも素晴らしいので毎年、年に一回は絶対に観返します。」
『どですかでん』は、ゴミの集積所の一画に形成されたガレキ街を舞台に市井の人びとの生活を描いた群像劇です。
山本周五郎の小説『季節のない街』が原作で、黒澤明監督が初めてカラーで撮った作品として知られています。
ただし、映画ファンはご存知と思いますが、『どですかでん』の評価は、それまでのクロサワ作品に比べて、必ずしも芳しいとはいえません。
その理由は主に、
- 黒澤明はオーソドックスに大作を撮っていればいい。
- 登場人物が変人ばかりで、生活ぶりも気味が悪く結末も救いがない
- カラーを意識しすぎて色使いが気に入らない。
といったことがいわれています。
しかし、文芸大作ならほかにもあるでしょう。
『どですかでん』は、人間なんてみんなおかしなところがあり、些末なことに悩んだり目くじら立てたりしているだけじゃないか、という悟りを、シニカルに描いている作品です。
作品は「変人」が描かれているように見えるが、実は“良識ある一般市民”と紙一重であり、変人は悪人ということではありません。
救いがないように見えるものもありましだか、それも含めて私たちの社会は、死・貧困・愚かさで回っているということを淡々と描いています。
そんなモチーフの中で、知的障害のロクちゃんが「当たり前」に描かれているのです。
冒頭から登場する、かき揚げ屋の一人息子である六ちゃん(頭師佳孝)は知的に障害があり、学校にも行かずに電車のエア運転をするのが日課。
母親(菅井きん)は“おそっさま”を拝みながら息子の行末を案じています。
“普通の小学生”たちは、六ちゃんに石を投げつけるが、ガレキ街の人たちは、ロクちゃんをいじめるでもなく、かといって腫れ物に触るように特別扱いするでもなく、一人の人として普通に扱い、みんなそれなりに日々の営みを続けています。
これほど、障碍者とインクルーシブな関係を築いている映画はないと私は思いました。
ですから、その作品を「何度も見返す映画」としている宮藤官九郎さんが、障碍者をインクルーシブなモチーフで描くのは、私にはあり得ることだなあと思いました。
まあ“論より証拠”で、『どですかでん』を未見の方は、ぜひご覧ください。
以上、ドラマ『俺の家の話』で発達障害を当たり前に描くのは知的障害者を当たり前に描いた『どですかでん』オマージュという声、でした。
どですかでん – 頭師佳孝, 田中邦衛, 菅井きん, 加藤和夫, 伴淳三郎, 芥川比呂志, 松村達雄, 黒澤明, 黒澤明, 小国英雄, 橋本忍, 黒澤明, 松江陽一
コメント